日本ヒューレット・パッカード(HPE)へ新卒で入社し、入社6年目でHPE Australiaへの転籍にチャレンジした小笠原 優香。ネットワーク部門のプリセールスとしてグローバルに活躍する小笠原のリアルな体験談を、連載のインタビュー形式でお届けします。今回は第二弾として、海外で働くことへの想いや、転籍を実現するまでの経緯について伺いました。
※第一弾インタビューはこちら
「いつか絶対に海外で働きたい」──チャンスをつかむために続けた努力
──学生時代に海外でのインターンシップの経験もされていたということですが、「海外で働きたい」という気持ちは入社前からありましたか?
はい、元々海外で働きたいという想いはありました。プリセールスの仕事を選んだ理由として「技術を売るのであれば、技術から学ぼう」と考えていましたが、逆に技術があればどこででも通用できると思っていたので、いつかは海外に出て、英語でキャリアを積みたいと思っていました。
そのために、日本でもなるべく英語を使うように周りの環境を整えることは心がけていました。社会人になってから、仕事では日本語でのやりとりがほとんどだったので、プライベートの時間に海外のドラマを見てインプットしたり、海外の友人と遊びに行ってアウトプットしたりと、英語力を維持できるように努力していました。
──HPEに入社してから、海外で働くチャンスをつかむために何かアクションを起こしましたか?
入社初日、配属先部門のArubaの責任者である役員に宛てて「新卒の小笠原です。絶対に海外で働きたいです」という内容のメールを送りました。マネージャーからは、「入社おめでとうございます。ちょっと一度おいで」という返事がきましたね(笑)。
マネージャーに会いに行くと、新入社員の私に対してITやネットワークについていろいろな話をしてくれました。そのお話から、Arubaという部門がどれだけエキサイティングな組織なのかということが強く伝わってきたのを覚えています。そこで、「早く海外に行きたい」という想いから「Arubaっておもしろそう」という方向に、気持ちが切り替わりました。
その後も、率直な気持ちとして「早く英語を使いたい」とは常に考えていましたが、自分にはまだ何も実力がないということも重々承知していたので、まずは実力をつけるため、1、2年は勉強とトレーニングに励みました。
それ以降は、直属のマネージャーに「英語が使える仕事はないですか?英語で海外の人とやり取りできる仕事はないですか?」と、ことあるごとに聞いていましたね。業務上、海外のエンジニアと英語でやりとりしたり、トレーニング資料の翻訳で英語に触れたりすることはありましたが、機会は限られていたため、もっと担当業務として英語のミーティングに出るようなことをやらせてほしい、とずっとお願いをしていました。
グローバルに広がる「人のつながり」によってつかんだ海外転籍のチャンス
──入社6年目にして海外への転籍を叶えられたということで、それまでの経緯を教えてください。
私が所属部門でお世話になっていたDirectorレベルのマネージャーは、キャリアを長い目で見ていて、私が提案したことに対しても否定することなく「それ、叶えようよ」と言ってくれるような、夢のある方でした。
その方はグローバルに多くのつながりを持っていたので、「自分のチームに意欲的なチームメンバーがいる」と、雑談のようにさまざまな人たちに紹介してくれていました。それがこうして花を咲かせたということなので、その方のサポートがなければ実現できなかったと思います。
ある時、オーストラリアでちょうど私のジョブレベルに合うポジションを募集する予定だという情報が入り、応募を勧められました。
──公募の選考はどのような流れで進んだのですか?
社外からの応募も受け付けるポジションだったため、オーストラリア国内外から多くの応募者が集まっていたそうです。選考のプロセスは他の応募者と同じで、約1カ月間、面接を繰り返しました。
国は違っても同じ会社なので、社内の特定の製品の話などについての会話も多かったです。最終的にカントリーマネージャーとの面接を経て、内定をもらいました。
最終面接では、技術的な話ではなく、「一緒に働いている営業のチームメンバーとどのようなコミュニケーションをとっているか」など、コミュニケーションのスタイルについて聞かれたことが意外でした。
ベースにあったのは「技術さえあれば、世界中どこでも通用する」という強い信念
──「海外で働く」という夢を叶えるまでの期間を振り返ってみていかがですか?
一般的に、外資系企業でも日本法人のビジネスは日本のお客様が相手となるので、海外勤務のチャンスはなかなかないというイメージを持たれている方もいるのではないかと思います。私も同じ認識だったので、まさか外資の日本法人から海外の法人に異動ができるなんて、本当に想像していませんでした。
日系企業に就職した友人たちが次々と海外赴任を決めていく姿を見て、何度も羨ましく感じていました。でも、私はやはりどうしてもITにこだわりたくて、「技術さえあれば、その技術の言語で話ができる」という想いだけは変わらず持っていました。
そのベースには、「世界中どこでも通用できる人になりたい」という強いビジョンがあったのだと思います。その自分の軸をぶらさなかったことが今回の結果につながりましたし、最終的には良い選択ができたと感じています。
──小笠原さんのように「海外で働きたい」という希望を持っている方に向けて、アドバイスをお願いします。
自分の希望があったらそれを叶えるために自分自身に言い聞かせ、周りにも積極的に伝えていくと良い、と私は思っています。言ったからには次のアクションがないと口だけになってしまうので、具体的なアクションまで考え、実行することにもつながります。自分の夢や目標に対して、いつか本当に叶うかもしれないと信じることが一番重要だと思います。
※ 記載内容は2023年5月時点のものです
