新卒で大手総合ITベンダーに就職。銀行のシステム開発/保守に従事した28年の軌跡
もともと地元志向が強かったと言う斉藤。出身地である秋田で働くことを想定して選んだ就職先は、全国の地方に子会社としてSIerを展開する大手総合ITベンダーでした。ところが、入社1年目に出向したまま、組織体制の変更に伴い、本社の社員に。金融機関向けシステムを担うビジネスグループに所属し、銀行向けシステム開発/保守などに携わりました。
斉藤 「はじめの3年ほどはATMを担当。リモート管理システムのパッケージを開発したり、全国の地銀のお客様に拡販したりしていました。
システムの構築は子会社に委託されることが多く、本体となる親会社の社員は拡販やお客様対応など、PM的な動きをするのが一般的です。プログラミングがしたくてその会社に入社したので、上司に頼み込み続け、念願かなって開発業務も担当させてもらうことができました。
デモシステムを持って見込み顧客を訪問し、要望を聞きながらその場でつくってみせながら売り込み、導入していただいた後は保守・修復までやっていました」
続いてメガバンク2行を担当することになった斉藤。店舗の窓口で使用する営業店システムの大幅な更改に従事するなど、約8年にわたってシステム開発を手がけました。
斉藤 「サブリーダーとして、店頭で使用する端末に関わった後、サーバー側の開発チームにリーダーとして入ることになりました。前者ではJavaを、後者ではC++を使っていました。その後、PMのような立場でお客様と折衝するような業務も担当しました。チームの規模は数十名で、ピーク時には50名ほどにもなりました。プロジェクト全体ではどちらの銀行も数百人が関わっていましたね」
そのうちの1行では、Webシステムを新たに構築。トラブルが多く苦労した反面、学ぶことも多かったと言います。
斉藤 「当時、日本では前例のない試みでした。オブジェクト指向によるクラス設計を取り入れるなど初めて挑戦することが多く、専門のエンジニアたちと対等に会話するために相当量の本を読みました。
また、エンジニアの中には、無口な職人タイプのような人もいるので、モチベーションを高めたり、エンジニア同士のコミュニケーションを活性化させたり。自分が期待するような動きをしてもらうために、人をよく観察するようになりました。加えて、お客様に納得していただくための論理的思考と交渉のスキルも向上したと思います」
その後、アカウントマネージャーとしてある都銀を担当し、さまざまなシステムの開発・保守に関わった斉藤。それと並行して業務改革にも取り組み、成果をあげました。
斉藤「その銀行では、ペーパーレス化やシステムの効率化など、業務改革が進められていて、ただ指示されたものをつくるのではなく、今でいうDX推進のような取り組みも必要でした。役員の方と相談しながら方向性を一緒に決めていく場面も多く、楽しく仕事できていたのを覚えています」
そんな斉藤がもっとも印象に残っていると話すのが、とある地銀のグループを対象に行った業務改革支援。大手総合ITベンダーで最後に手がけた仕事でした。
斉藤「複数の銀行で事務手続きの統一を目指した画期的な取り組みでした。しかし、さまざまな要因からプロジェクトに暗雲が立ち込め、これではうまくいかないと頭ではわかりながらも最後までその状況下で進めた結果、本来、4年で終わるはずのところ、6年ほどかけて幕引きとなりました。銀行側との窓口役を務めていたので精神的な負担が大きく、苦くも印象的なこととして、いまでも忘れられない仕事です」
働く自由度の高さ、システム開発に関われる環境に惹かれ、フレクトへ
前職では夢中で業務に取り組み、気がつけば50歳になっていたと言う斉藤。大手総合ITベンダーを退職する決意をします。実は地元で働くことへの志向は依然として強くあり、実家のある秋田に戻りたいと考えたのが理由でした。
斉藤 「まずは、行動しようと考えSESの会社へ転職しました。その会社は地方に本社がありながら、関東や関西にもオフィスを構えていたことから、東北オフィスへの妄想も抱きつつ入社することにしました」
ただ、実際、おもしろい開発には従事できたものの、その会社での立ち位置で本来必要なミッションは事業拡大。そこにモチベーションの高まりは感じられず、もう一度開発プロジェクトへ専念しようと、ふたたび転職を考えるようになったといいます。
斉藤 「秋田に拠点を移したいとの想いはありましたが、実際のところ家族もいますし、それは難しいと考え、たとえば単身でも赴任できそうなところ、もしくはリモートで働けそうなところを探していました。
また、システム開発に関われるかどうかも重視していた点でした。私の年齢や職務経歴からだとコンサル会社からのオファーは多かったのですが、その場合、お客様対応の仕事が基本になるため、リモートでの対応が難しいと思っていました。
そんなとき、転職サイトで目に入ったのがフレクトでした。“クラウド専業”とあるのを見て、これはなかなかおもしろそうだと感じ、話を聞いてみることに。カジュアル面談では、さまざまな業界の大手企業案件を手がけていること、これまで経験のない業界、及びBtoC案件も多いことを教えてもらいました。
しかも、これまでの職務や経歴に関係なく、興味ある案件には積極的に挑戦させてもらえると聞いて、自由度の高さと、おもしろいシステム開発がたくさんできそうだと感じ、入社を決めました」
大学の新教育支援システムPMとして培ったスキルを遺憾なく発揮
斉藤がフレクトに入社してまず驚いたというのが、1カ月の研修期間が設けられていて、その内容が充実していたこと。技術だけでなく社内の組織文化や制度についても理解が進んだと言います。
斉藤 「それまで知識がほぼゼロでしたが、研修のあいだにAWSの資格を取得しました。また、プロジェクトが動いている様子をオンラインで見学させてもらったり、メンターと気軽に雑談したりする中で、会社の戦略や方針や職場の風土、組織文化なども学習していきました」
2022年12月現在は大学向けの新教育支援システム移行を担当する斉藤。Salesforceの教育機関向けアーキテクチャを用いてデータエントリーシステムの開発にPMとして携わっています。
斉藤 「大学の事務職員の方や教員の方が学生さん向けにシラバスや試験に関する情報を提供したり、採点したりするためのシステムです。大学内で無理なく運用できるよう、Salesforceを使ってできるだけシンプルで手のかからないものにしたいとのお客様方針を大切にして、プロジェクトを運営しています」
技術的な面では新しく学ぶことばかりである一方、これまでのキャリアで培ってきたことが活かせていると話す斉藤。
斉藤 「プロジェクトは諸行無常です。安定して動かしていくためには、臨機応変の対応が欠かせません。銀行というミスが許されない厳格な環境であらゆる場面をくぐり抜けてきたことで、プロジェクトの建て付けだけでなく、お客様に安心していただくためには、どういうタイミングで、どういう情報をどんなかたちで出すべきかを学んできました。いまの仕事でも、これまで数十年のあいだに培った経験値が大いに役に立っていると思います」
デュアルワークで地方のタレントを発掘し、若手の独立・チームづくり支援で貢献したい
フレクトには、前職にはなかった魅力があると話す斉藤。次のように続けます。
斉藤 「社員のモチベーションが驚くほど高いと感じています。たとえば、一緒にプロジェクトを組んでいるメンバーの中には、『それは僕にはできない』という人がいなくて、課題が積まれているのを見つけると、片っ端から解決していくようなタイプばかり。皆にやる気があるから会話していて楽しいですし、刺激をうけて自分のモチベーションにも火がつきます」
そう話す斉藤には、いつか実現したいと考えているキャリア計画があります。
斉藤 「以前、実家では米をつくっていたので、もともと新卒の頃からいずれは兼業農家になるつもりでいました。その夢はずっと大切にしてきていて、将来は、いま住んでいる神奈川と実家のある秋田の2拠点で仕事ができるようにしたいと思っています。
地方には、それなりに技術はあっても、その土地を離れられないさまざまな事情があって地元で生活している人が少なくありません。当社では、日本全国どこでもフルリモート勤務が可能ですが、対面でコミュニケーションをとりながら仕事をすることも非常に大切です。たとえば秋田サテライトオフィスの拠点をつくり、そのような地方の有望な人材を採用して、現地で一緒に仕事ができたらと考えています。
それと並行してやりたいと思っているのが、プロジェクトを動かしていくための方法論や考え方、メンタルの保ち方など、自分がこれまで培ってきた知識やスキルなどを体系化し、若い人たちに伝えていくこと。若手の独立・チームづくりをサポートすることで、現在の東証グロースからプライム市場への上場を目標に掲げているフレクトのビジネス拡大につなげられたらと思っています」
入社7カ月目で、すでに管理職を務めている斉藤。かつての自分のように、転職へ踏み出す前の経験豊富なエンジニアに伝えたいことがあると言います。
斉藤 「転職活動をしていない方であれば、まずは行動してみてほしいと思います。エージェントや企業の採用担当の方と話をすることで、自分がいまもっているスキルをベンチマークすることができるからです。
また、『果たしてこれまで身につけた自分の技術が役に立つだろうか』と考えがちですが、大事なのは、スキルそのものよりも、スキルを身につけるために自分がどう考え、どう行動したかだと思っています。きっとそこに自分の本当の強みがあるはず。それを見つけることができれば、それを起点に新しい選択肢が見えてくるのではないでしょうか」
これまでの技術者としての豊富な経験を活かす方法は、自身が想像しているよりも遥かに広い範囲に、いくらでも存在しています。すでに必要な知識、スキル、経験などの資産はある。あとは、夢を実現しようという想いと、一歩を踏み出して行動する勇気だけ。
斉藤が神奈川と秋田でデュアルワークを実践している日々も、意外と近いのかもしれません。
