ザイマックスが2000年にリクルートから独立して24年!
独立時も会社の成長も共に過ごしてきた、新卒入社25年目のお二人に、ザイマックスで働く醍醐味についてお話いただきました。
リクルートビルマネジメントへの入社理由──
緩鹿:“アメフトがしたかったから”
渡邉:“他の会社と違う!”
<企業年表>
・1982年 (株)リクルート ビル事業部創部
・1990年 ビル事業部が分社し、(株)リクルートビルマネジメントを設立
──ザイマックス誕生の前年入社のお二人。当時のリクルートビルマネジメントへの入社理由とは?
緩鹿:大学4年間は体育会の部活動に明け暮れていました。なので社会人になってもアメフトを続けたかったからですね。
当時、リクルートは社会人リーグトップのチームで、就職活動ではリクルートグループ中心に受けていました。
ちなみに、元日本代表でワールドカップで優勝した経験を持つ社員もいて。スポーツと仕事を両立している社員をテレビで見て、リクルートに憧れました。なのでリクルートビルマネジメント(以下RBM)が何をしているのかとかは、正直気にしていなかったですね(笑)。
ただ、結局入社してもアメフトチームには入れずでしたが、周りの上司や先輩が仕事にのめり込むように仕向けてくれたことで、ガムシャラに営業していました。おかげで、1年目が終わった時、全社総会で新人賞として表彰してもらえたことは本当に感謝しています。
現在は、母校の大学のアメフト部でゼネラルマネジャーとして関わり、なんだかんだと仕事とスポーツの両立をしていますね。
渡邉:僕はもう少しまともな就活で(笑)、建築学科出身だったんですが、当時はとても不景気で建築の学生はほとんどが大学院への進学を選んでいました。学部卒で就活する場合、設計の仕事はほとんどなく、ゼネコンや不動産系を受けていました。
ゼネコンなら現場スタートが当たり前で、不動産はマンション・事業用などのデベロッパーが人気。当時の就活の軸は「企画や開発」。施工の仕事はあまりピンとこず、デベロッパーを中心に、建築学生の王道を進んでいました。
ただ、子どものころにバブルが終わり、その遺産のような、建ったけど廃墟になった建物を見かけて、人が使わない建物は新築でもどんどん朽ちるということを実感しました。だから、漠然と人が不動産を使うみたいなところに関わる仕事がしたいと思っていました。
その中で、たまたまRBMに出会いました。当時は、プロパティマネジメント(以下PM)なんて言葉もなく、まだビルマネジメントと言っていた時代で、リクルートの所有するビルを運用し、その延長で外部のオーナー様の不動産を代わりに経営する。
今でこそ、PM会社は複数ありますが、当時は他の人が所有している不動産の経営代行をする会社なんてなかったので、他社と違うところに魅力を感じ、そして最終的には人で入社を決めました。
ちなみに、当時のリクルーターが今の上司で、尊敬している人です。
入社して10カ月。会社変革時の気持ちとは──
緩鹿:“違う名前になるんだな”、“楽しそうだな”
渡邉:“不安はなく、おもしろそうだった”
<企業年表>
・2000年 (株)リクルートから、マネジメントバイアウト(MBO)にて独立
・同年 (株)ザイマックス誕生
──入社して10カ月で会社が大きく変わりましたが、当時の様子や気持ちを教えてください。
緩鹿:僕は、そもそもリクルートグループや、RBMに入「社」するのが目的ではなかったので、独立するというのが「違う名前になるんだな」くらいの感覚でした。
リクルートに残った人も辞めた人もいるけど、社員みんなが大きな変化を歓迎していたし、すごいやる気に満ちあふれていた。「よし行こう!」みたいな雰囲気だったので、一切迷いはなく、楽しそうだなと思っていました(笑)。
渡邉:会社が変わるから辞めようとか不安とかは何もなく、普通におもしろそうだと感じていました。MBOという言葉も初めて聞いたので、何をするか調べたり、みんなで自社株を買う話になったり、いくら出せばいいかわからないけどお金をかき集めようか、なんて同期とも話していました。
会社の雰囲気とかは何も変わらず、むしろビジネスの転換期を迎えていて、外資系の投資物件を受託したり生命保険会社が倒産したりしたことで、一斉に多くの物件を受託するなんてこともあり、査定して受託してを繰り返して、とにかく目の前の仕事をやるという忙しさでした。それはそれで、活気溢れる感じの雰囲気でやるしかない状況だったと思います。
転機になった仕事──
緩鹿:“グループが大きく変化した時の、採用として携わった仕事”
渡邉:“これまでのたくさんの経験がつながった仕事”
──転機になった仕事を教えてください。
緩鹿:入社後オフィスビルの賃貸営業を4年経験した後、総務人事部に異動して採用や研修を担当しました。
転機になったのは、当時ダイエーのビルメンテナンス会社をザイマックスグループに迎え入れるタイミングで新卒採用担当として出向した時のこと。当時ザイマックス300人の時代に、3000人の会社がグループ会社に加わる……これまでの文化や風土がまったく異なる会社だから、新卒採用の考え方も当然違う。
全国の事業所をまわって、リクルーターや現場の社員と意見を交わしながら、ときにはお酒を飲みながらグループの未来を語り、採用活動という側面からお互いの文化を理解していくことに努めました。
新卒採用を通じて、一つのグループになっていく、変化していくことに携われたと思っています。歴史・文化が積み重なっていて、いろんな人たちが関わることによって変化し、今のザイマックスができているのだと思います。
大変だったけど楽しかったし、変化を厭わないザイマックスらしい働き方だったなとも思います。
渡邉:僕のキャリアはPMから始まって、その後もいろいろ異動しているんですが、マックスリアルティ(三井住友銀行様とザイマックスとの合弁会社)に出向して、銀行が所有する不動産のコンサルティング営業をしていた時が転機だったと思います。ザイマックスでは仕事の変化だけでなく、地域間異動などいろんな経験をさせてもらってきましたが、これまでやってきたことが初めて仕事で噛み合ったという感覚でした。
銀行は、全国に多くの不動産という資産を持っていますが、その一つひとつの不動産に対し、たとえば店舗の建て替えとか、移転・購入、場合によっては閉店するので売却・開発するなど、何をすべきかを考え提案していくような仕事でした。これまでの経験一つひとつが楽しかったのですが、なんとなくうまくつながって、はまったと感じたんです。
それと、もう一つ。たとえば不動産を売却するなら、当社の売却のプロが。多拠点の運営管理なら、当社のファシリティマネジメント部が。というように、当社にはそれぞれの分野のプロがいて、たくさんの引き出しがあって。
それは、ザイマックスの社員がこれまで作り上げてきたものなんだと実感し、自身としても今までの経験が活きて、ザイマックスと一緒に大きく成長できたと思っています。
緩鹿:MBOした時が100名弱の社員数。その時代だとできなかったことが、会社が一緒になることで組織的に協力しながらできることが増えたと考えると、100人のままだったらできなかった仕事だったかもね。
渡邉:確かにそうだね。当時は出向で外に出て、いろんな課題に直面して、みんなの力を頼るしかなかったことで「だったらザイマックスのすべてを活用して仕事をしよう」という発想に至ったんだと思う。とにかく、ザイマックスの事業の広さを実感した仕事でした。
次世代に残したい会社の風土──
緩鹿:“言い出しっぺがやる”と“自分がどうしたいか”
渡邉:“チャレンジできる土壌・仕組みづくり”
──次世代に残したいザイマックスの良さはなんだと思いますか?
緩鹿:入社したころとは今は全然違います。ある意味でアドベンチャーだった。今は、大人になったということかもしれません。
多くの人が集まり、いろんな会社ができて、どうしても薄まっていく文化はあるんだと思いますが、ザイマックスのコアとなる人材が忘れちゃいけないものがあると思っています。
「言い出しっぺがやる」。誰かがやってくれるのを待つんじゃなくて、言ったら自分がやるという世界感。あとは「自分がどうしたいか」を聞かれること。自分の意見を持って導きたい方向性を考えた上で仕事をすることは、ザイマックスの文化だと思います。
今の職場でも「失敗してもいいからやってみよう」という話はしています。失敗できる文化をどう作るかというか、失敗しても大丈夫っていう空気感。そういうことは残していきたいなと思いますし、人から言われてやるのではなく、自分なりに試行錯誤してみる……そういう繰り返しが自信や仕事のおもしろみになると思っています。
渡邉:創業者精神とか、「後追いするな、先行せよ」とか、いろいろな言葉がよく社内で使われています。結局は「チャレンジし続けましょう」ということだとすれば、チャレンジできる土壌・仕組みづくりがすごく大事で、そこが文化として残ればいいなと思っています。
世の中は時代と人によって変わっていくと思うので、これからもチャレンジし続けるのは当然必要。ただ、みんなそれぞれがむしゃらに頑張れば良いということではないと思っています。
一人でチャレンジして、たとえ失敗したとしても立ち直って、また走れる人もいるけど、みんながそうとは限らない。なのでチャレンジをフォローする周囲が居ることもとても大事だと思います。
つまりは「個人のチャレンジ精神+興味を持ってくれる周囲」。それが僕たちの良さだと思うし、残したい文化だと思っています。
ザイマックスで働き続ける理由──
緩鹿:“家族的な居心地のよさ”
渡邉:“いつも変化する会社に期待もあるし楽しみだから”
──新卒25年目、転職しなかったのはどうしてだと思いますか?
緩鹿:なんでだろう(笑)。仕事がつらいとかネガティブになることもあるんですが、本当に辞めたいと考えたことはないですね。居心地のよさ……家族のような存在のように感じます。
甘やかすということではなく、成功を喜んでくれる先輩がいたり、つまずいてたら相談できる同僚がいたり、ときには厳しい意見や指摘をくれる上司や仲間がいたり。そういう組織の中で自分が自然体でいられたからだと思います。
渡邉:僕は、自分の市場価値について考えて、転職サイトに登録したことはあります。だけど、5年後何をやっているかわかんない会社だからこそ、ザイマックスはおもしろいと思っていて。
今はコース別で採用しているケースもあって、いろいろ変化していきたい人とプロフェッショナルを極めたい人と、選べるような環境になっていますが、僕が長くザイマックスにいるのは、そういう変化に対する期待と楽しみなんだと思います。
期待する人材とは──
緩鹿:“自然体でいられる人”
渡邉:“どういう社会人になりたいかを考えている人”
──どんな学生に仲間になってほしいですか?
緩鹿:僕が何も考えていない学生だったので、自然体で心の本音を知りたいですね。採用の場面でも、お節介かもしれませんが、アドバイスしたり、不自然さを指摘したりしていました。
お互い向き合える、本音で話ができる仲間と一緒にやっていきたいですね。
渡邉:どういう社会人になりたいかというビジョンがある人かなと思います。
そもそも僕たちがやっている事業は、外からはイメージしにくいし、わかりにくい。ザイマックスで本当にやりたいことがあるのであれば、もちろんそう伝えてほしいですが、中途半端にこの分かりにくい事業内容を志望動機とするくらいであれば、かっこ悪くてもいいので「ここでこういう社会人になりたい!」とか「事業への興味は弱いかもしれないけど、ここで社会の変化に身を投じたい!」みたいな思いがある方がいいなと思います。
そういう僕自身は、無難に「PMをやりたい!」と言って、入ってきたんですけどね(笑)。
※ 記載内容は2024年3月時点のものです
