トヨタ自動車のデータサイエンスルーム(以下、D-ROOM)は、生成AIやIoT、ビッグデータ解析など、データサイエンス全般をサポートする部門です。2023年9月1日に開かれたグループ社員向けイベント「Toyota × AWS Cloud Day」では、D-ROOM支援グループの奥山 学がこれまでの活動について発表しました。
立場に関係なくDXを学び、試せる場を提供するD-ROOM
トヨタのD-ROOMは、もともと三好工場でスタートした活動です。当初はトヨタの号口設備(量産設備)にAI機能を内製で取り込む活動から始まりました。現在は、その活動がIoTやデータベース解析などデータサイエンス関連に広がっており、D-ROOM自体も全社で38カ所運営されています。
「D-ROOMは、立場に関係なく学べる場の提供であり、モノを使って即座にDXを試せる場所です。そのため現在は、IoTプラットフォームのSORACOM(※)のデバイスをはじめとするIoT関連のツールや、解析用コンピュータ、専門書などをそろえており、ユーザーが使いたいと思ったときにすぐ手元に届き、DXについて大体のことが試せるというサービスを展開しています。
またツールの貸し出しと同時に、新しく生み出したDXの仕組みを評価できる場が必要と考え、コミュニケーションの場も立ち上げました。こちらは現在、DX交流会という名前で運営しており、事例を気軽に話し、共感できる場として2週間に1度開催しています。開催回数はすでに80回になりました」
※ IoT システムを構築・運用するための IoT プラットフォーム
さらに全社の38カ所に広がったD-ROOM同士の交流の場として、Teamsを使ったバーチャル組織「おいでよD-ROOMプラネッツ」を立ち上げ、情報共有も進めています。
「基本的には各拠点のD-ROOMに常駐しているメンバーが、自分の拠点のDXを進めますが、出てくる課題などは似てきます。それを組織間で共有し、助け合うのが狙いです。プラネッツという名前は、惑星のようにつながるイメージでネーミングしました」
こうした活動の広がりを受け、今年度からは生産本部の生産デジタル変革室に、D-CENTER を設立。各拠点をつなぐハブ機能として、運営や統括を強化しています。
「D-ROOM設立から1年後の2022年には約700人だった参加人数も、今では約4,300人にまで増えています」
現在は当初の狙い通り、職種に関係なくIoTを駆使した改善を自分たちで生み出す一方、困っている人にアドバイスを送るなど、誰かの役に立つ行動をとる動きも広がっています。
ユーザーの視点に立ち、まずはIoTを気軽に試せる環境を整備
現在さまざまな活動を行っているD-ROOMですが、当初は技術的な課題や処理するデータ量が多すぎるといった問題や、そもそもIoTデバイスの調達方法がわからない、予算がないなど、さまざまな課題があり、IoTへのトライがなかなか広がらない時期がありました。
「クラウドを使うということもあり、社員の皆さんの中には、これらのツールを使ってIoTを進めるのは大変だという意識がありました。だからエクセルを使うのと同じぐらいのレベルまで敷居を下げれば、IoTのツールも使い始めるのではと考えました」
社内の状況を分析したところ、Microsoft365(MS365)のSharePoint やPower Appsは使える人間が増えているのでデータの加工はできる。課題はIoTデバイスの使い方と、取得したデータをトヨタのイントラネットに送るところだと判断したD-ROOMグループは、この部分をより簡単にできる仕組みを構築します。
「トヨタで利用可能なAmazon Web Services (AWS)と親和性の高いSORACOMのIoTデバイスを使って、使える人を増やす活動を始めました。ユーザー側の作業を可能な限り簡単にするため、IoTデバイスをD-ROOM支援グループが一括して購入。
一方で、インフラはすぐ使えるものをこちらで用意し、一カ所で集中管理するようにしました。実際にIoTをやってみたいという人は、SORACOMデバイスが手元に届き、あとは試すだけという状況にしたんです」
仕組みとしては、D-ROOM側でSORACOMのデバイス側で作動しているSaaSとAWS環境をつなぎます。データの転送にはAWS Lambda(※)を使います。
※ サーバーを管理せずにコードを実行できるフルマネージドサービスのこと
これにより、SORACOMのデバイスで取得したデータは、AWS Lambdaを経由して社内のMS365のSharePointに飛んでいき、ローデータが格納されます。ユーザー側からは蓄積されたローデータだけが見えている状態で、MS365のPower Appsを使って目的にあわせたアプリを開発すれば、必要なデータ加工ができるようになっています。
「ユーザーは複雑なプログラムを組まなくても、IoTデバイスをつなげば、そこからの情報が自動でリスト化された状態で見えるので、あとはアプリを作って加工するだけ。かなり簡単で、手間も軽減されます。
ちなみに、AWS Lambdaを使う最大のメリットは、サーバレスでの開発が可能なところです。開発に必要なサーバーを自前で用意・管理する必要がなく、クラウド上で実行プログラムさえ作れば良いので、実装がとても楽になります」
D-ROOMグループは、手を動かすところから始めてもらった方がユーザーは利用しやすいという視点で、まずは体験してもらえる仕組みを考案したのでした。
システムを使った改善から、自分でカスタマイズする改善へレベルアップ
一方で奥山は、IoTの活用法を体験することで知識や技能が身につけば、そこからまた違う視点が生まれ、新たな改善案が出てくるという点も期待していました。その狙い通り、トヨタ内ではさまざまな改善が生まれています。
「コロナ禍の折、たまった社内便を整理するためだけに出社しなければならないと困っている社員がいました。そこでSORACOMのボタン型デバイスの説明をすると、そのデバイスを使って社内便の到着通知ができる仕組みを開発したんです。
具体的には、社内便が届いたことをマグネットスイッチが感知し、その情報をクラウドに飛ばす。するとクラウドから、到着通知がTeamsに転送されるというものです。出社の手間が省けたのはもちろんですが、この仕組みは別のチームでも採用され、そこでは初めてIoTを知った人が、3日で同じような仕組みをつくりました」
内部システムの仕組みは見せず、より簡単にIoTを試せるようにした結果、使える人が増えていると語ります。またこうした動きは、製造現場にも広がっています。
「元町工場では、車両の組み立てを行っていますが、組み立てた車両は現場の従業員が運転して検査場まで持っていきます。帰りは自動運転カーが迎えに来てくれる仕組みですが、この自動運転カーが途中で止まってしまい、結局歩いて探しに行く事態が起こっていました。
そんな折、GPSマルチユニットを使いこなせる従業員が、SORACOMの存在を知り、そのユニットを自動運転カーに取り付け、どこで止まったかがわかるように改善しました。ただその仕組みでは、情報がTeamsに飛んでくるため、現場にいる人は情報を見ることができません。
そこでAmazon ConnectというAWSが提供する自動音声応答システムを使って、社給の電話に合成音声で異常を通知するという仕組みを考えました。ただこのケースでは、データ転送に使っているLambdaの機能を少し変更しなければなりません。そこでLambdaについてレクチャーしたところ、この方は自分自身でLambdaファンクションを変更したものを実装し、実際にシステムを完成させたのです」
このように一つの課題をクリアしていくにつれ、実際に使用する側の人間も、デバイスを借りて終わりではなく、仕組みも含めたさらになる改善をめざすようになり、どんどんレベルが上がっています。
自発的に生まれた、社員同士で助け合う風土
こうした活動を進めるにつれ、各拠点でもナレッジが蓄積され、IoTにトライする回数も増えていきます。その結果、現在は社員同士がみんなで助け合う状況も生まれています。
「最初の準備物などはわれわれが入りますが、その後は、勉強して、使えるようになった人同士がコミュニケーションを取って改善を進めています。
そうなると、まず自分で考えて行動するようになっていきます。質問も『どうしたらいいですか?』ではなく、自分で調べた上で『こんな風にできそうですが、力を貸してもらえませんか?』という言い方に変わってきています」
現在は、実際に改善を行ってきたメンバーが、自発的に社内の支援チームを立ち上げ、さまざまなサポートを行うといった動きも出てきています。
「Teams上に、チームキュアというチームが立ち上がっています。偶然ですが、紹介したIoTツールを使った改善は、ほとんどIoTやAIに初めてチャレンジした女性陣が手掛けたもので、『個人でもここまでできるのであれば、みんなで協力すれば、多くの人を助けられるのではないか』という思いで、チームを立ち上げてくれました。
今も、困っている人から実際にやりたい内容をヒアリングし、改善をサポートしてくれています。ちなみにチームキュアのキュアには、治療や解決、救済などの意味があり、『可憐に実践、みんなを助ける』を合言葉に、活動を進めてくれています」
この活動では、実際に誰かの改善活動を助けた社員は、キャラクター化してもらえるという遊び心のある特典もあり、楽しみながら改善を進める風潮を奥山自身も歓迎しています。
DXの源流とは──自分の範疇を自発的に少しだけ越えてみること
「DXの出発点は、自分の範疇を自発的に少しだけ越えてみること、自分への可能性に気づくことだと思っています。
その意味で、DXにはこれまでと違う意識の変革が必要ですが、意識そのものを変えるのは非常に困難です。ただ行動を変えることは比較的容易で、行動が変われば意識も変わってきます。行動変容というものですが、こうした変化を促していくことが、DXを進めるポイントになると考えています」
奥山は、その行動を変えるための手段を提供するのが、自分たちの役割だと語ります。
「安全にそして気軽にトライできる環境や、道具を提供することで、まだまだユーザーのレベルを引き上げていけると思っています。これからも、みんなが一歩踏み出せる環境を提供し続けたいですね」
IoT以外でも、クラウドを活用したさまざまな支援を行っていくという、トヨタのD-ROOM支援グループ。活動が活性化している同チームのTeamsには、今日もやりとりが飛び交っています。
※ 記載内容は2023年9月時点のものです
