地域に寄り添い、「町いちばん」へ。各国のパートナーと共に歩んでいく
私は営業業務部の総括室に所属し、グローバルにおけるビジネス基盤の構築とパートナー支援に携わっています。北米・欧州・アジア・中南米など、世界各国のパートナーと、モビリティの販売や製造に関する基本契約の締結など、ビジネスの土台作りを担っています。
また、海外からのゲスト来日時には、その意図を十分に汲み取り、トヨタの経営トップやさまざまな関係部門との議論をコーディネートします。加えて、世界各国の販売代理店に向けて、現場の課題やカスタマーリテンションなどの好事例を発信し、全体の底上げにつなげる仕組みづくりにも取り組んでいます。
私たちが海外事業体の支援に力を入れている背景には、トヨタが大切にしている「町いちばん」という考えがあります。単にマーケットシェアや販売台数でナンバーワンをめざすのではなく、その地域に暮らす人々にとって最も信頼され、必要とされる存在になること。この価値観に私は強く共感しています。
私自身、キャリアの半分を海外で過ごしてきました。その中で一貫して持ち続けてきた想いは、その国の人々にとって最適なモビリティやサービスを提供すること。クルマを通じて人々の生活が豊かになり、笑顔が増えていく。その積み重ねが「町いちばん」につながると信じています。
この想いの原点は前職時代にあります。スペインで開催した展示会で、ホームシアターを設営中に小さな青い目の女の子がやってきて、映像・重低音に目をピカピカと輝かせて見入っていました。商品で人を感動させることがメーカーの醍醐味だと感じた原体験です。各国のパートナーと共に「町いちばん」を実現し、感動や笑顔を増やしていくことが今の仕事の軸となっています。
本気で打ち込めるものを求めて。留学をきっかけにグローバルの道を切り拓く
学生時代はラグビーに熱中し、大阪のチームで全国大会をめざしていました。しかし、高校3年の重要な試合直前で骨折し、花園出場の夢は断たれてしまいます。大学生活は、どこかで高校時代の自分を超えられていないという感覚があり、そのもどかしさをバネに向かったのがオーストラリアへの留学でした。この経験が、グローバルに働く原点となっています。
前職の電機メーカーでは、26歳でポルトガル駐在を任され、事務所長として販売・マーケティング・組織マネジメントを一手に担いました。すべてを自分で判断しなければならない環境のなかで、ビジネスの基礎体力を徹底的に鍛えられました。
とくに印象深いのは、サッカー欧州選手権のオフィシャルスポンサー業務です。世界中から来訪するVIPゲストを迎え大規模なイベントを成功させた経験は、プロジェクトをやりきる醍醐味を教えてくれました。同時に、一人でできることには限界があり、チームで仕事をすることの大切さを学び、若いうちに貴重な挑戦をさせてもらい本当に感謝しています。
その後、産業構造の変化を肌で感じたことをきっかけに転職を決意し、トヨタへ入社しました。
入社後は、グローバルマーケティング部に配属され、世界に向けた企業広告やブランド調査を担当。当初は組織のスケール感や独自の企業文化という高い壁に直面しましたが、専門用語を「新しい語学」と捉えて素直に吸収し、地道に努力を重ねながら、乗り越えていきました。
ヨーロッパ部に異動後は、商品開発の視える化に取り組み、コンセプトからデザイン審査、最後の商品づくりまでの約5年というスパンを可視化。元々本社でやっていた業務が現地トヨタモーターヨーロッパに現地移管する中で、関係者間で見えづらくなっていたプロセスを整理し、全体像を共有することで、意思決定の質とスピードを高めることに貢献しました。
2013年には中国北京へ赴任。需給計画の責任者として、年間約80万台規模の販売計画を担いました。現地パートナーは生産最大化を重視し、トヨタは市場実需を重んじる。時には喧嘩し徹底的に議論を重ね、お客さまにとって何が最善かという点に立ち返り、乗り越えました。
また、販売拠点を開発する室を率いて、地方の4-6級都市中心に足を運びました。投資家と対話し、販売網を広げていく中で、利益を優先する思想を尊重しつつも、トヨタが大切にする「お客さま第一」「町いちばん」の価値観にどう共感していただくか。クルマ屋として大切な経験を積ませてもらいました。
人と組織をつなぎ、全体を動かしていく貢献
2020年からは、台湾の和泰汽車(HOTAI Motor)へと赴任しました。同社は1949年からトヨタとビジネスを共にしている最も歴史あるパートナーであり、トヨタの出資比率は8%と独立性が高く実績を残してきた会社です。当時の私に与えられたミッションは「この会社をよく見てきなさい」というシンプルで本質的な問いでした。
現地では、新車販売のみならず、アフターサービス、用品、金融保険といった「バリューチェーン」領域、さらにはMaaSビジネスの取りまとめを担当。その中で感じたのは、各部門が最適化されている一方で、全体像が見えにくいという課題でした。
そこで私は、現地の本社役員や、10を超える現地子会社TOPとコミュニケーションを取り、2万人規模のグループ全体を一枚の図にまとめ、誰もが全体構造を理解できる状態をつくることに取り組みました。これにより、日本のトヨタと現地の和泰が同じ方向を向いて議論ができる土台を整えることができました。
現地メンバーとの関係構築は、日々の対話に加え、食事や交流の場に徹底的に付き合い信頼関係を深め、「何かあれば中井に聞こう」と言われる存在になることを意識しました。台湾の方々は情に厚く、人とつながることで人が、組織が前に進むことに、大きなやりがいを感じました。
こうした取り組みの反響は帰任後も続きます。出張で台湾を訪れたメンバーから「現地で中井さんの名前がよく出ていましたよ」と聞いた際、異国で働く中で信頼してもらえた一つの証かなと感じ嬉しく思っています。
この台湾での経験は現在の業務にもつながっており、海外の重要ゲストを迎える際には、多くの部署に声かけし、目線を合わせながら議論をして方向性を定めていきます。
市場が持つ困り事やビジネスの興味はそれぞれ違います。現場の声をしっかり聴き、解決の糸口を見つけた時に表情は緩みます。仕事の中で最もやりがいを感じる、「人や組織が一歩前に進む瞬間」です。
トヨタの価値観に導かれ、漠然とした夢は「明確な志」に
キャリア入社当初は苦労もありましたが、今はトヨタに来て本当に良かったなと感じています。
トヨタには創業時から「日本で自動車産業を興す」という強い使命感がありました。大義に沿って物事を判断し、「誰かのために」という想いで働く人が多いのが大きな魅力です。
誰しも、働く目的が「家族のため」や「生活のため」である時期はあるかと思います。しかし、子どもが成長し、自分の役割が変わっていく中で、それだけでは働く意義を見失ってしまうこともあるかもしれません。トヨタは、モビリティを通じて社会に貢献し、商品を通じて人々に感動を届けることができる。そうした「働く意義」があり続けることが、情熱を失わずに挑戦し続けられる理由なのかもしれません。
20代の頃から、いつか現地法人のトップになるという夢を持ってきました。その想いは、30代後半に会社が掲げたクルマ屋という言葉に出会ったことで、より明確な志へと変わりました。私は単に役職としてのトップになりたいのではありません。その国のクルマ屋として人々の生活を深く見つめ、最適なモビリティやサービスを届けることで、笑顔を増やしていきたい。そのために、これからも挑戦を続けていきます。
最後に、トヨタに興味を持ってくださる方々へ。海外を訪問した際に、トヨタ車を見られたことがある方は多いのではないでしょうか。世界180カ国でビジネスをしていくなかで私もまだ見たことがない市場や人々の生活がありワクワクします。トヨタの価値観は明文化されており、「自分以外の誰かのために」という想いを胸に挑戦できる土壌があります。
われわれ海外営業の部隊だけでなく、高い技術力を持つ開発陣、強い製造・販売現場の力は誇りで、ひとつになって町いちばんをめざします。自らの志をもとに成長を続けたい方にとってトヨタは大きな挑戦の場になるはずです。
※ 記載内容は2026年1月時点のものです
