2023年9月1日に開かれたグループ社員向けイベント「Toyota × AWS Cloud Day」は、クラウド活用における技術的なトレンドや知見、自動車業界での先進的な事例を伝え、課題解決やイノベーションのきっかけとするものです。今回は、車両から得られるコネクティッドデータの活用事例を共有した坪田 沙弥香の講演を紹介します。
データ活用により、人・クルマ・交通インフラの三位一体の交通事故対策を次のレベルへ
▲「三位一体」の取り組み
坪田の講演は、2023年夏に長野県茅野市で開催したタテシナ会議を引用し、三位一体の取り組み紹介から始まりました。
2021年に世界保健機関(WHO)が行った集計によると、交通事故による世界での死者数は、推定で年間130万人。自動車メーカーとして、交通事故をいかに減らせるかは依然として大きな課題です。
交通事故対策は、クルマの安全技術を高めるだけでなく、人への交通安全教育・啓発、そして交通インフラへの働きかけを含めた三位一体の取り組みが不可欠。その取り組みを次のレベルに押し上げるのが、坪田が所属するソフトウェア開発センター社会システムPF開発部が主導するコネクティッドカーを用いたコネクティッドデータから得られるデータ活用サービスです。
「トヨタではクルマ専用の通信機であるDCM(Data Communication Module)を、2019年以降に発売した全車両に搭載しています。現在、累計出荷台数は2,000万台に達していて、クルマのビッグデータが集まりつつあるのです。こうしたデータをいかに活用して交通事故を減らすか。これが本日お話しするテーマです」
DCMによって集積されるビッグデータの活用範囲を三位一体の図に当てはめて考えると、たとえばお客様のもとでは、「ドライブ診断マイカーログ」や「つながる保険」といったサービスがあります。販売店に対してはクルマのケアをサポートするサービスを提供したり、自治体に対しては道路見守りサービスを提供したりと、すでに多くの事例が生み出されてきました。
こうしたサービスの基盤となっているのが、「データ活用サービスプラットフォーム」です。
「集積したデータに対し、まずは必要なプライバシーセキュリティ対応を施します。その上で、データを読み取り、各種お客様向けや企業・自治体向けサービスで活用しやすいようにカスタムデータを生成しサービス提供するのがデータ活用サービスプラットフォームの一連の機能です。
従来は提供先ごとにデータ加工を行っていましたが、最近では一部のデータ加工を共通化するなどして、クラウドの運用コストを下げる取り組みなども始めています」
保険も、メンテナンスも、交通情報も。データ活用で生まれる新たなモビリティサービス
データ活用サービスプラットフォームを使ったサービスの例として、トヨタとの提携によって各保険会社から提供される「つながる保険」があります。トヨタから保険会社様にお客様の運転挙動データを提供し、これを点数化してもらうことで、より良い点数であれば保険料を割安にするというものです。
「単に保険料を割安にするのではなく、アプリケーションの提供を通じて、お客様がより安全に運転できるよう導いていくことが『つながる保険』の意義です。究極の目標が交通事故の未然防止にあることは変わりありません」
同様のアプリケーションは「ドライブ診断マイカーログ」として、DCMを搭載するトヨタのコネクティッドカーを所有されるお客様にも提供されています。
また、お客様の走行情報は、新車のサブスクリプションサービス「KINTO」でも活用されています。
「従来の車両メンテナンスでは、利用の開始から半年、12カ月といった一定の時期、あるいは特定の走行距離に達したときにクルマを点検し、メンテナンスしていました。これを、コネクティッドカーから得られるデータを利用することで、画一的な基準ではなく、より一台一台の適切なタイミングでクルマのメンテナンスが可能になったのです。クルマの故障を防ぐだけでなく、サービススタッフの業務負荷軽減にもつなげる狙いがあります」
ほかに交通インフラの点でもコネクティッドから得られるデータの活用は広まっています。
「従来は、道路上に設置されたビーコンで道路交通情報を収集する通信システム『VICS』がカーナビに渋滞や交通規制情報を送信していましたが、道路を走る個々のクルマから情報を取得し、より多くの道路交通情報をカーナビなどに送信することが可能になっています」
あらゆる場所を走行するクルマだからできる支援を。災害時の消火・救助活動への貢献
子どものころに住んでいた兵庫県神戸市で、阪神淡路大震災を経験している坪田。個人的な思い入れもあり、消防・救急活動にコネクティッドカーから取得するデータを応用できないかと考え、あるプロジェクトに臨んでいます。
「震災時の消火・救助活動における課題として、市民の方の通報で得られる情報が音声データに限られているという点があります。そこで、トヨタのデータアセットにある“走行車の画像データ”を活用できないかと考えたのです」
ドライブレコーダーを取り付けたクルマは、車窓の風景を画像として記録し続けています。この画像を参照するシステムを、消防指令センターに実験的に導入し消火・救助活動に役立てるというのが坪田たちの推進する具体的な取り組みです。
2023年8月に日本に上陸し近畿を横断した台風7号のときにも、このシステム「消防向けドラレコ映像活用システム」が活用されました。
「たとえば建物の外壁が損傷して道路に崩れ落ちたという情報が入ったとしても、規模がわからなければ、どういったチームを派遣するのが適切なのか判断することが難しくなります。そこに対して、たまたま近辺を通っていたバスのドライブレコーダーを通じて現地の様子が確認できたことで、救助隊ではなく交通安全隊を向かわせよう、というような判断が可能になりました」
このように車両から得られるデータを活用することで、消防・救急車を向かわせる現場の状況をあらかじめ把握することができるのです。
現在の実証実験においての施策では、リアルタイムで走行するクルマのドライブレコーダーが位置情報をトヨタ自動車の車両データプラットフォームへ送信。消防指令センターでは119受電を受けたときに、事案の状況判断をした上で、消防向けドラレコ映像活用システムにて位置情報と時間を指定し、事案が起きている位置を走行する周辺車両から画像を取得することができるのです。
「特に消防向けドラレコ映像活用システムの真価が発揮されると言われている場所が高速道路です。インターチェンジ、つまりは入口の限られた高速道路の中で事故を起こしてしまうと現場の状態がわかりにくいものです。
また消防本部の管轄する場所は規定されていることから、高速道路上の位置を正確に特定し、どの消防本部から現着するべきかを特定すること、どの方向の道路が事故で渋滞を起こしているのかを把握すること、さらに一般道よりも高速で走る道路だからこそ、事故の規模も大きくなりやすい。ドラレコ映像を活用し、事前に現場の状況を把握することで、1分1秒でも早く現地に到着することが、救急救命においては非常に価値あることだと感じています」
消防向けドラレコ映像活用システムはまだ開発途中で、一部の協力企業の法人車両に搭載された通信型ドライブレコーダーを活用するに留まっています。しかしめざすのは、より良い社会づくりに同意していただけるお客様の車両情報を取得し、より正確に情報提供ができる状態。これによって1人でも救える命を増やそうという取り組みです。
坪田は、将来的にDCMを搭載するトヨタ車両にも展開をしていきたいという展望を述べました。
お客様の理解が得られるような伝え方と、万全なプライバシー対策をめざす
前述の消防向けドラレコ映像活用システムの開発にあたって坪田が強く意識するのは、クルマの所有者のプライバシーに対する懸念です。
「ドライブレコーダーを使用するとなると、プライバシーの観点から抵抗感を示されるお客様も少なくありません。そのため実証実験の市場受容調査を実施したところ、その利用の目的が消防本部における救急救命であること、プライバシー情報に対する取り扱い方をしっかりとお伝えすることで、およそ9割の調査対象者様からご賛同を得られました」
また、本実証実験においては扱う画像そのものにも、プライバシーに配慮した処置が施されています。
「ドライブレコーダーから送信された画像には、現時点では全体にマスキングをかけて、顔やナンバープレートなどの情報が表示されないようにしています。将来的には、車載のコンピューターで一定の処理を行うようなエッジコンピューティングを導入していく考えです」
クラウド活用でスピーディーな開発と運用コストの削減を両立
消防向けドラレコ映像活用システムのシステム開発にあたっては、AWSを用いるからこその利点がありました。
「Web参照機能がメインのため、非常にシンプルなシステムです。AWSのマネージドサービスを活用し、2カ月ほどの短期間で開発を実現しました。
このサービスの利点としては、サービスやリソース監視のためのソフトの追加購入が不要という点が第一に挙げられます。エラーが発生した場合は随時社内チャットツールに通知されるように設定しているので、開発チームや提供先のお客様と即時的に連絡を取ることも可能です。
総じてサービス維持のためのシステムの動作確認が容易だというのが大きなメリットだと思います。また、運用監視セキュリティ設定の面でも、独自に構築する必要がないため運用負荷を軽減することができました」
もちろん、こうした利点がある一方で、情報漏洩リスクへの対応はクラウドを活用する上で注意しなくてはなりません。
「たったひとつの設定ミスが、重大な情報漏洩につながる可能性もあります。設定ミスがないかの診断を自動化するといった取り組みはすでに行っていますが、今後はクラウドCoE(Cloud Center of Excellence)のような組織的な統制が重要になってくるでしょう」
クラウドCoEとは、クラウドに関する専門知識を有した組織のことで、全社横断でクラウドの導入・運用をサポートする組織です。全社最適でサーバーのリソースをコントロールしたり、セキュリティ上のガバナンスを担保したりといった役割が期待されます。
一方、こうした組織を作っていくことに、坪田はジレンマも感じています。
「ベストプラクティスなシステムを構築する際には、クラウドCoEはとても有用です。一方で、最新のシステムを試す場合に求められるスピードにおいては、逆に足かせや課題となる可能性があります。いかに技術発展やイノベーションのスピードを変えずに、セキュリティ対策を強化していくか、組織横断で考えていきたいと思います」
お客様へ愛を贈るために、いいクルマを作っていく
講演の最後に、坪田は自動車メーカーでシステム開発に携わる意義をこう話しました。
「トヨタの社員として、お客様へ愛を贈るためにいいクルマを作っています。そんな中でわれわれコネクティッドカーのデータ事業開発部署が行っているのは、お客様のデータをお預かりして、お客様に安心・安全を贈るためのデータサービスに還元することです。クルマをもっと愛してもらうために、もっと良いモビリティサービスを作っていきたいと思います」
冒頭、「われわれは走るクルマを選んだ」と語った坪田。それは、走るクルマだからこそ届けられる愛があると信じるからこその選択でした。データの活用によって、さらなる安心・安全をめざす道は、誰もがクルマを愛せる世界をめざす道でもあるのです。
※ 記載内容は2023年9月時点のものです
