2019年にシグマックスへ入社した峠花観。3年間の医療営業の経験を経て、彼女は広報という新たなキャリアへ足を踏み入れることになりました。イベントやプレスリリース、メディア対応など、多岐にわたる業務に向き合いながら試行錯誤を重ね、自ら道を切り開いてきた彼女は、社員から頼られる広報へと成長。
今回は、その歩みと広報として抱く思いに迫ります。
■「医療とスポーツ、両方に携わりたい。」経験から芽生えたシグマックスへの思いと新たな挑戦
ー幼いころから体を動かすことが好きで、スポーツに親しんできた峠。就職活動の中で、シグマックスに惹かれるきっかけとなる“ある気づき”があったと振り返ります。
中学・高校では陸上競技の短距離種目、大学ではラクロスに取り組んできました。スポーツに多く関わってきたこともあり、高校生の頃から“将来は何らかの形でスポーツに携わる仕事をしたい”と考えていました。
また、ケガをすることも多く、「人の身体」や医療分野にも興味があったので、就職活動では医療メーカーを中心に探していたのですが、その中でシグマックスの存在に気がつきました。
私自身、ZAMST(日本シグマックスのスポーツ向けブランド)を使っていたので、調べてみた際に 「あの製品もシグマックスなんだ!」と驚いたことを覚えています。
医療とスポーツ両方に携わることができる企業だと気づき、すぐにエントリーしました。
さらに、内定後に肩の手術をしたのですが、その時に使用していた装具もシグマックスが展開している製品だったと知り、より縁を感じました。
最終的に2社で迷ったのですが、シグマックスへの入社の決め手となったのは社員の人の良さでした。
実際にシグマックスで働いている社員との面談を通じて、風通しの良さや温かい雰囲気が伝わってきて、“ここなら私も安心して働けそうだ”と感じ入社を決めました。
▲学生時代、ラクロスに励んでいた峠
ー新卒で入社し、3年間は西日本営業所で医療営業として大阪府や兵庫県内の病院、クリニックを駆け回っていたある日、経営企画室への異動を告げられます。
西日本営業所で3年間経験を積んでいたこともあり、上司から異動と伝えられた時には、医療事業部内での異動だと思っていました。
実際は経営企画室と伝えられ、正直“え、どこ!?”という感情がありましたね(笑)。
その後に広報を担当することを教えてもらったのですが、医療営業としてもっと経験を積みたかったという思いもあり、マイナスな意味ではないですが、「このタイミングでの異動か、、、」という気持ちもありました。
ただ、広報に対してキラキラした仕事ができるというイメージを持っていたほか、責任感とやりがいがあり、会社の中枢の仕事をするんだという新たなチャレンジに対するわくわくも大きかったです。
ー2022年に異動した峠が当時の広報を振り返ると、会社として広報機能が立ち上がり、社内・社外におけるその役割を模索している段階であったため、 これから本格化していくフェーズだったと語ります。
私が経営企画室に異動した時は、広報専任の先輩1人に私が加わる形でした。
私が言うのも本当におこがましいですが、当時の広報は、社外に向けて情報を発信する“社外広報”に限らず、その土台をつくるために、社内で情報を集め、整理し、社外と会社をつなぐ、そして社外へ発信した際の反応を社内へ共有する“社内広報”も改善が必要な状況だったと思います。私が加わった理由も、会社としてもっと広報体制を整えようという方向性のようでした。
社内広報と社外広報は、どちらか一方では成り立たず、社内での理解や協力があってこそ、社外へ価値のある、正しい情報を届けることができます。
当時はまだ、私自身もこの役割を十分に理解できていたわけではなく、社内のメンバーへどう理解していただくかはまさに手探りの連続でした。
▲3年間医療事業部の営業として病院、クリニックを駆け回る
■広報として機能するまでの道づくり――社内全員の協力を得るために一歩ずつ
ー会社のことを広く把握・理解することが求められる広報。その第一歩は会社への知識・理解を深めることでした。
シグマックスは医療がベースの企業でありながら、その技術や知見を活かしてスポーツやウェルネスなど複数の事業を展開していることが強みであり、特徴です。
だからこそ、シグマックスの広報となると、正しい情報を社外に発信するために、各事業部に加えて、商品企画や開発、生産、関連会社など、全ての活動を広く把握・理解する必要があるんです。
3年間、大阪の営業所にて医療事業の経験しかなかった私にとって他の事業部や部門がどのような仕事をしていて、どのような方がいるのかは見えておらず、会社のことを把握・理解することはとても大変でしたし、今でも大変です。
最初は、いろいろな部門の方に積極的に声をかけ、仕事の内容を教えてもらうことから始めました。
それだけでなく、リアルに仕事を理解しようと、イベントや店舗など現地に足を運んで“身をもって体感する”ということを重視しながら、理解を深めていきました。
ーしかし、そんなときに起こったのは、広報の先輩社員の退社というまさかの事態でした。ですが、この出来事は峠が広報としての覚悟を決めるきっかけとなります。
退社された先輩社員は、社歴も長いベテランで、知識も経験も社内外との人脈も圧倒的な方でした。当時の私はその先輩のサポートという立場で仕事をしていたので、異動して1年にも満たない自分が唯一の広報専任担当となる事実に「本当にこれはまずい」という焦りの気持ちも正直ありました。一方で、不安よりも“やるしかない”という気持ちの方が大きくなりました。
ただ、その先輩社員と自分とで自社に関する知識や広報力を比べると、かなわないことばかりだと、気持ちが落ち込むこともありました。
そんな思いをある先輩社員に打ち明けたとき、その方は、「前任者とは経験も立場も違う、峠さんは峠さんなんだから。峠さんだからこそできる広報をしたら大丈夫だよ」という言葉をくれました。
それを聞いて、「そうだ、自分にできる、自分だからこその広報をやろう」と覚悟が決まったことを鮮明に覚えています。
なので、この言葉は、今でも迷ったときに思い出す、大事なお守りです。
ー広報が機能するまでの道づくりの2歩目は社内全員からの協力を得ることでした。広報の重要性を社員に理解してもらうため、実績を出すことを重視します。
当時は、社内での協力体制がしっかり整えられていなかったことと、自分もまだまだ各部門の方と関わりきれていなかったので、リリース配信のための情報収集や、協力をお願いするときは、目的も含めて丁寧な説明を心がけるなど、苦労したなという印象が残っています。
この状態を改善するためには、広報に協力するとどういう露出につながるのか、どのようなメリットがあるのかなど、結果を見て理解してもらうことが信頼につながると考えていたので、リリースに対するメディアの反応や記事掲載は全て社内に共有していました。
また、実績を積み重ねるだけでは協力体制を得ることは難しいので、最初は依頼されたことは、まず引き受けること、「こんなことはできないか?」といった他部門からの些細な相談も真剣に向き合うということを意識しました。
あとは、私のことを知らない人にとっては、協力の依頼はしにくいと考えました。まずは私のことを知ってもらうために、短い時間でも雑談を交えて会話を重ねながら、その人との信頼関係を築き、少しずつ広報の重要性を理解してもらえるよう努めました。
ー少しずつ会社での存在を確立していったことで、社員の反応にある変化が出てきます。
実績の共有や、話しやすい雰囲気を作ることなどを徹底したことで、少しずつ、各事業部側からリリースのネタや情報が集まってくるようになりました。
今では各事業部のプロモーション担当から、「広報の意見を聞きたい」という声をもらえるようにもなってきて…。
この言葉は会社の中で広報の重要性を理解され始めている証のような気がして、本当に嬉しいです。
まだ道半ばですが、社内の協力体制も少しずつ整ってきたため、現在は毎月のリリース案件共有のお願いに加え、広報から「こんなリリース出しませんか」といった相談やイベントや発表会の提案も行っており、ようやくスタートラインに立てたと感じています。
▲社員一人ひとりとのコミュニケーションの中で関係を構築。何気ない会話の中でもリリースのネタや活動のヒントにしている
■広報でしか得られない達成感や学び――社内の協力を得て待っていた社外広報での苦戦と初めての成功体験
一1番印象に残っている仕事は、初めて任されたメディア向けのセミナーの運営だと話します。苦戦しながらも最後までやり切ることができた背景には、医療営業の経験で身に付いた“お役立ち精神”がありました。
私が広報担当になって2年目に、成長期の女性に発症しやすい「思春期特発性側弯症」をテーマに、メディア関係者を集めたセミナーを広報がメインとなって運営したんです。
このセミナーでは、当社が研究開発に携わった新型の体幹装具に関連しての開催で、専門家である医師の方による講演や、開発者による装具の説明・デモなどを行いました。
セミナーって自社だけで完結すれば話は早いんですけど、共同で研究をしていただいた医師の方や運営の協力をいただくPR会社など、多くの方にご協力をいただく必要がありました。セミナー開催までに必要なタスクや流れがわからない状態だったので、「○○はこのくらい時間がかかるからいつまでに対応しないといけない」というスケジュールを逆算して動くこと、社内・社外の関係者のタスクも考慮して依頼をすることなど、一つ一つのハードルも高く、正直、毎日泣きそうだった記憶があります…。
また、セミナーのテーマとなった疾患は専門性も高く、当社が研究・開発に関わった装具も開発メンバーだけでなく、共同研究に携わられた整形外科医も多数いらっしゃいました。そのため、このセミナーは内容や反響によっては、「自社に対する社外からの信頼」に大きく関わると私自身考えていたんです。
「判断を誤ったり、関係者との報連相が足りなかったことで遅れやミスが生じたらどうしよう」。そんなプレッシャーや不安が、セミナー当日に近づくにつれて強くなっていましたし、「最後までやり切れるのか?」という気持ちで準備を進めていました。
そんな中でも、思春期特発性側弯症という疾患自体がまだあまり知られていないということや、私自身女性ということもあり、患者様の気持ちは痛いほどわかりますし、自分を育ててくれた医療事業部に対して恩返しをしたい、という気持ちもあり、どうにか貢献したい、絶対に成功させたいという気持ちから必死に食らいついていました。
ー強い思いと覚悟をもって臨んだセミナーは反響も大きく、峠にとっては多くの方へ情報を届ける大きな成功体験となりました。
セミナーが終わってみると、ご参加いただいた多くのメディアの方が記事として取り上げてくださったんです。また、その掲載をご覧になった方からの反響やお問い合わせも本当に多く、「この装具を必要としている方のもとにその情報がちゃんと届いたんだな」と思えて、すごく嬉しかったです。
セミナーを終えたとき、「一人で背負っていたつもりだったけど、関係者の協力があったから、最後までやり遂げられた」と実感するとともに、広報は”実際には多くの人の支えられている仕事”である改めて感じました。
製品としては思春期特発性側弯症に悩む患者様に向け、従来の装具に比べて、装着時間を重視し開発した新しい製品ではありましたが、シグマックスの事業が社会に貢献するものであることを実感することができたセミナーでもあり、広報のやりがいを大きく感じることができた最初の成功体験になりました。
ー峠の努力は社内でも評価され“他の社員の模範となる活動をした社員”を表彰する制度であるファインプレー賞を受賞しました。
入社1年目の全社員が集まるキックオフミーティングでファインプレー賞の授賞式を見た時、活躍されている先輩方がたくさんいらっしゃる会社でいつか私も表彰されたいなと思っていました。なので受賞した時は本当に嬉しかったです。
でも、広報はシグマックスの社員全員の頑張りや協力があってからこそ成り立つ活動。だからこそ、皆さんのおかげでいただけた賞であり、いつも連携してくださっていることに対して、本当に感謝の気持ちしかなかったです。
次のステップは、広報チームとして受賞することだと思っています。
ー会社の顔となる責任に伴うやりがいや、医療とスポーツ、医療とウェルネスなど、複数の事業部を掛け合わせた取り組みができることはシグマックス広報だからこそのやりがいだと語ります。
広報は、会社の顔として活動しているので、会社のイメージを創る役割だと思っています。
その分責任も伴いますが、責任が大きいからこそ、活動を通してお問い合わせをいただいたり、新聞や雑誌、テレビで取り上げていただいたりという時は達成感がありますし、楽しさもある仕事です。
特にシグマックスの広報は、各事業を掛け合わせた取り組みができるのでおもしろみがあると感じています。それに、社員の皆さんはとても協力的で、どちらかというと「やってみよう!」と言ってくれる方が多いので、たくさん新しい取り組みに挑戦できることも強みだと感じています。
▲峠自ら事業部へ提案し、企画から運営までを主導した社外向け発表会を実施。 当日は司会を務め、全体進行を担当した。
■広報の道を切り開いてきた彼女のモットーは「部門と部門、シグマックスと社外の橋渡しとなる」こと。異動から見つけた自分の強み。
ーキラキラしたイメージを持たれがちな仕事の実際は地味で地道。その活動のすべてには患者様やお客様への想いがあります。
広報の仕事の中で、社員や周囲の方から一番見えやすい代表的な業務がメディア対応なので、すっごくキラキラしたイメージを持たれることが多いんです。私も最初はそうでした。
でも、実際は本当に泥臭いし地道。“コツコツが勝つ”じゃないですけど、リリースの作成や、イベントの企画・運営、メディア関係者との関係構築・コミュニケーションなど、結果が出なくても結果が出るまで続けてこその部署じゃないかなと思っています。
一番重要なことは、社内はもちろんですけど、メディア関係者、その先にいらっしゃる患者様やスポーツ競技者、日常生活で悩みを抱えている方、取引先などシグマックスに関係するすべての方のことを考え、何を伝えるべきか、どんなコミュニケーションをするかという視点だと考えているので、この視点は常に持つことを心がけています。
ー先輩社員の言葉をヒントに見つけた峠だからこそできる「巻き込む広報」。その先に会社を超えた取り組みを見据えていました。
「峠さんだからこそできる広報をしたら大丈夫」
先輩からもらった言葉の答えを探して、自分にしかできない広報のあり方をずっと考えてきました。
その中で行き着いた、今の私だからできる広報は、社内メンバーや他社の担当者など、多くの人の協力を仰ぎ、巻き込んで物事を進めていくこと。それが一番私らしいスタイルだと思っています。
「峠さんの依頼だったらいいよ」と、社内の皆さんに思ってもらえたら嬉しいですけど、仕事である以上、広報の部門だけでなく、他の部門にもメリットが生まれるような施策は必須だと思います。
関係をしっかり築き、多くの人を巻き込んだ上でその取り組みが成功したり、実績につながる。その瞬間が一番嬉しいですし、部門を超えて喜びを分かち合えること、これこそが広報のやりがいだなと私自身感じています。
これからという目線では、レベルアップをしていきながら、一生広報担当として活動したいと思っています。
そのために、マーケティングの知識や視点も学び、経営層の考えや目線も身に付けて社外発信をしていきたいですし、他企業を巻き込んだ社会的な貢献ができるような取り組みもしていきたい。インパクトと、そこに伴う結果を出せるような活動をやってみたいです。
ー成長に導いてくれた上司の存在と上司の言葉。若手からエースに成長した今日までを振り返り、彼女と上司が語るその秘訣は自分で考えて行動することでした。
先輩社員の退社の他にも、新しいことをしたいけど、何をしたら良いかわからないと悩んだ時期があって。
新しいアイディアを生むことが苦手だったこともあって、それを上司に相談した時に、「苦手だと思わないでほしい。アイディアはセンスがすべてではなく、考え方のテクニックだから大丈夫」という言葉をもらいました。
他にも、私が悩んでいるときや、行き詰っているときにその上司は答えではなく、ヒントを種のようにたくさん蒔いてくださっていたんです。
そのヒントに対して、私が一つひとつ拾って自分で考えて行動するというプロセスをたくさん踏むことで“少しずつ実になって花が咲く”という経験を得ることができました。これは私自身の成長に大きくつながったと感じています。
▲他部門のイベントに参加し、その取り組みや社員の頑張りを社外へ発信している。
―最後に、これから就職活動を迎える学生にこんなメッセージをくれました。
シグマックスは、医療やスポーツ等、様々な観点から人が生きるうえで欠かせない運動器を支えることができる会社になるので、いろいろなことに挑戦したいと思っている方にはぜひトライしてほしいと思います。
あとは元気をつくる会社なので、周囲と明るく前向きに関わり、人を元気にできる方と一緒に働きたいです。
もし希望の事業部に配属されなかった場合でも、シグマックスはそこにトライできる環境が整っているので、絶対に諦めずトライし続けてほしいです。
なので、学生のうちにたくさんのことに挑戦・経験して、自分は何に興味があるのかを見つけながら、「楽しんだもん勝ち」でたくさん楽しんでください。
