さまざまな不具合の解析と新技術導入を通じて、修理の現場を支える
──所属する部署やそこでの仕事の内容について教えてください。
私が所属する医療修理部の修理技術グループは、内視鏡の修理の現場を支える役割を担っています。さまざまな工程で発生する不具合の確認や解析、新しい修理方法の導入と指導が主な業務です。
現在、修理技術グループには20人のメンバーが在籍しています。私は消化器系の内視鏡を担当していて、グループのほかのメンバーは外科系の内視鏡や、内視鏡の中を通して光を送る電光源など周辺機器を担当しています。
修理技術グループの1日は、朝のミーティングや朝礼から始まります。日中は、不具合に対応することが多く、その合間に打ち合わせに参加しています。
打ち合わせの内容はさまざまです。不具合の改善策を提案したり、修理スタッフと修理方法について検討したりしています。新製品導入時には、その修理方法やマニュアルへの記載内容についての話し合いも頻繁に行われます。
修理の現場では、不具合が毎日のように発生しています。たとえば、手順通りに組み立てたにもかかわらず、検査段階で画像が映らないなど、状況は多岐にわたります。
また、内視鏡はとても繊細な機器なので、静電破壊が起こることも少なくありません。そのような場合に、不具合のある箇所を見つけ出し、原因究明のための解析を行うことも私たちの仕事です。
スコープだけでも部品が1,000種以上に及ぶなど、内視鏡は非常に複雑な構造をしています。修理では主に部品交換を行いますが、ユニットごと交換するとはいえ、不具合の原因を特定するのはとても難しいんです。その難しさの分、やりがいもある仕事だと思っています
──所属部署の雰囲気についても教えてください。
現在、私が担当しているのは3つの修理チームで、1チームあたり約20人のスタッフが在籍しています。以前はベテランの方が多かったのですが、最近は同年代の仲間も増えてきました。職場の雰囲気は非常に良好で、互いに協力し合う文化が根づいています。
所属している修理技術グループは、大卒の新入社員が配属されることの多い部署で、私のように現場から異動してくるのは珍しいケースです。こうした環境の中、日々新しい課題に取り組みながら、内視鏡修理の技術向上に取り組むことは、自身の成長につながっていると感じています。
ものづくりへの適性と、チームワークのやりがい。内視鏡修理の現場で出会った天職
──学生時代に取り組んだことと、入社の経緯について教えてください。
中学で始めたバレーボールに高校まで打ち込んでいました。とくに高校では自ら立候補し、エースとして活動をしていました。責任あるポジションなので、常にほかのメンバーの手本となるような行動を心がけていましたね。当時の経験が、いまの仕事の責任感につながっているかもしれません。
学校は、農業高校だったため林業を中心に学んでいました。演習林でチェーンソーを使って木を伐採するなど、実践的な経験を積んでいましたね。ただ自分は細かいものをつくる作業のほうが好きだったため、就職活動ではそういったものづくりができる企業を探していきました。父が部品加工の仕事に携わり、趣味でラジオや電子機器を修理する姿を見て育ったことも、影響していたような気がします。
長野オリンパスを選んだのは、内視鏡の修理や顕微鏡の組み立てといった仕事に魅力を感じたからです。待遇面も充実していて、地元の製造業の中でとくに知名度が高かったことも入社の決め手になりました。
──入社後の研修や、配属後の仕事内容はどのようなものでしたか?
入社後は、まず3カ月ほど研修学校で基礎を学びました。旋盤などの機械を使ってものをつくる経験は、高校時代とはまったく異なる新鮮なものでした。この作業がとても楽しく、自分に合っていると感じた覚えがあります。
その後、修理グループに配属されました。最初に担当したのは、気管支、膀胱、腹腔・胸腔内視鏡などの外科用の内視鏡の修理です。さまざまな原因で故障した内視鏡の分解から、部品の交換、組み立てまでの一連の作業を、マニュアルに沿って進めます。先輩方に教えてもらいながら進めました。
当初、とくに苦労したのがハンダ付けの作業です。工業系の知識がまったくなかったので、小さな基板を顕微鏡で覗きながら作業するのはとても大変でした。うまくできるようになるために、廃部品を使ってひたすら練習を重ね、新人育成を担う社内の技能道場で講師を務める方々にも教えてもらいながら、技術を身につけるのに必死でした。
一人前に仕事ができるようになったのは、入社して2年ほど経ったころでしょうか。担当製品の修理をひとりですべて行うことができるようになり、後輩に教えられるレベルにまでになりました。自分でも成長したなと思います。
当時は、周囲とのチームワークや連携を通じて仕事のおもしろさを感じていました。後工程の人に不具合のない状態で早く修理品を渡せると感謝されることがうれしく、それが仕事へのモチベーションになっていたと思います。感謝を伝えられることって大事だなと思いますね。
修理の現場から、修理技術を管理する立場に。挑戦が生んだ新たなやりがい
──現在の部署に異動することになった経緯は?新しい業務を習得してきたプロセスとあわせて教えてください。
修理グループで約6年間経験を積み、次のステップに進みたいと考えていました。上司にその気持ちを伝えたところ、提案いただいたのが、現在も所属する修理技術グループでの業務です。新しい挑戦に最適な職場だと感じて異動をしました。
ただ最初は、慣れない製品への対応に苦労をしましたね。それまでずっと外科内視鏡製品を扱ってきましたが、修理技術グループで担当することになったのは消化器内視鏡製品。同じ「内視鏡」といっても、製品の構造がまったく違ったんです。
製品を理解するために、とにかくマニュアルを読み込み、実際に製品を分解して組み立てたり、修理工程を見学したりしながら、少しずつ知識を蓄えていきました。
──製品の修理から立場が変わったことで、仕事の向き合い方はどう変化しましたか?モチベーションになっていることも教えてください。
修理技術グループでは、他部署や他拠点の方々とのやり取りする機会が多くあります。
現場で発生する不具合はマニュアルに記載されていないことが多く、設計者の方々やマニュアルを作成した部署に問い合わせをしながら対応することになるんです。そうした橋渡し役としてのコミュニケーションが私にとって新しい挑戦になっています。
コミュニケーションを取る際は、自分の考えを整理し、順序立てて説明するよう心がけています。何も準備しないまま話すと、うまく伝わらないことが多いからです。
製品の品質に直結する仕事なので、根拠のない意見や回答をしないことも大切にしている点です。必ず裏付けを取ってから発言するようにしています。
修理作業の指導をする立場になってからは、「教えてもらった方法で不具合が治りました。ありがとうございます」と現場の方々から直接感謝の言葉をもらえることが、励みになっています。また、修理の現場経験があることが私の強みです。現場を知らない同僚から修理の内容について相談を持ちかけられたときも、人から頼られていることでやりがいを感じます。
それでも、モチベーションが落ちたり、迷いを感じたりすることもあります。そんなときは、過去の成功体験を思い出したり、仕事以外の楽しみを見つけたりしてリフレッシュしています。
充実した職場環境で広がるキャリア。自己実現をめざして、次なるステップを
──長野オリンパスで働く魅力はなんでしょうか。また、入社を検討している就職活動中の学生さんに向けてメッセージをお願いいたします。
長野オリンパスの魅力は、何と言っても働きやすい職場環境です。とくに、現在のチームは人間関係が良好で、とても快適に働くことができています。
残業が少なく、有給休暇もしっかり取れることも満足している点です。おかげで、趣味のバイクを存分に楽しむことができています。最近も会社の先輩方と一緒にツーリングに出かけました。休日に映画やアニメを見ることも、良い気分転換になっています。
長野オリンパスは、職種によりますが、手先を使って細かい作業をするのが好きな方に向いていると思います。また、仕事の幅を広げたい人にもお勧めできる職場です。
とくに修理技術グループでは、オリンパスグループの他の工場や開発部隊など、他拠点の人々と交流する機会が多く、異動のチャンスもあります。自分のやりたいことに応じて、キャリアの幅を広げやすい環境なのではないかと思います。
──今後の展望について教えてください。
今後は、ぜひ新製品の導入に関わる仕事にチャレンジしてみたいです。また、海外拠点で働くことにも興味があります。アメリカの拠点で勤務した経験のある同僚から、日本とはまったく異なる修理のやり方や職場の雰囲気があることを聞いて、実際にこの目で見てみたい!と思うようになりました。
海外拠点独自の工夫や効率的な作業方法など、良い取り組みを日本に持ち帰り、導入できたらと考えています。そのために、英語の勉強も始めました。
難しい質問に的確に対応し、会議の進行をスムーズにこなす方など、職場には尊敬する先輩がたくさんいます。自分も同じようにチームを引っ張っていける存在になるために、日々の業務に全力で取り組んでいきたいです。
※ 記載内容は2024年9月時点のものです

