医師を支え、患者さんに貢献する内視鏡事業。少数精鋭で全体俯瞰し、未来の戦略を描く
──所属する部署と業務内容について教えてください。
私は現在、Division Strategyという部門で、消化器内視鏡事業の戦略立案や推進の支援を担っています。具体的には「SBP(ストラテジック・ビジネス・プランニング)」というプロセスを通じて、事業の戦略や製品ポートフォリオを検討し、取り組みの優先順位を明確にすることが主な職務です。具体的な戦略を策定するのは各ビジネスユニットですが、それらを全体俯瞰し、経営層への承認プロセスに伴走したり、全体予算の配分を検討したりするのが私たちの役割と言えます。
チームは私を含めて4名ながら、会社全体の売上の約3分の2を占める、約6,000億円規模の事業領域を担っています。各ビジネスユニットの戦略チームと頻繁に打ち合わせを重ね、治療事業を担当するアメリカのチームとも連携しながら、今年、3年後、5年後を見据えて会社のビジョンを描くスケール感の大きい仕事です。
──オリンパスで働く魅力ややりがいはどこにありますか?
自分たちが企画・制作した製品が、目に見える形で患者さんの役に立っていると実感できることが最大の魅力です。内視鏡は「手で持てるサイズ感」ゆえに、かつては設計も1人で担当していました。それだけ、作り手の顔が見える製品だと思っています。とくに日本やアジアでは胃がんの患者さんが多いこともあり、健康診断や治療を通じて社会に貢献できているという手応えをダイレクトに感じられる所に魅力を感じました。
入社から数年はすい臓がんなどの診断・発見に使用される超音波内視鏡の開発に携わりました。すい臓がんは生存率が低く、診断された時には病状が進んでおり、治療の手立てがないケースも少なくありませんでした。それが故に「本当に患者さんに貢献できているのだろうか」と悩んだ時期もありましたが、医療の進化や製品の改良に伴い、生存率は向上しています。5年レベルでは大きな改善はありませんが、1年や3年レベルでは生存率の向上が見られ、内視鏡を使って診断を行い、その診断に基づいた適切な治療を受けられるからこそ、患者さんのQOLに貢献できるという実感が、この会社で働く私のやりがいです。
また、医師の先生方と議論し、共に研究・開発できることも喜びです。私たちは医療従事者ではありませんが、製品を通じて彼らの「目」や「手足」となって患者さんや医療そのものを支えることができます。それが内視鏡という製品の魅力でもあると考えています。
入社3年目でアメリカへ。逆境を味方につけたどり着いた、「探索・戦略」という強み
──これまでのキャリアの変遷を教えてください。
2003年に設計者として入社した頃は、当時一般的だった「製品開発を約10年、海外駐在を約5年経験して、40歳前後でマネジャーになる」というキャリアパスをイメージしていました。しかし、2年目の秋に突然「アメリカに行かないか?」と打診されたんです。もともと同じ部署の先輩方が候補となっていた中で、家庭の事情などさまざまな巡り合わせがあり、自分に話が回ってきたんです。寝耳に水でしたが、英語を使う環境でお客さん(医師)と仕事をしたい、そこで将来の製品開発に活かせる「ネタ」を見つけたい、という想いから挑戦を決め、2005年にオリンパスアメリカに異動しました。
当初与えられた任期の3年間、超音波内視鏡の開発リエゾンとして、試作品の評価やシンポジウムの企画・運営に力を注ぎました。有意義ではあったものの、当初の目標だった新製品の「ネタ」はつかめていませんでした。そこで、このまま帰国するわけにはいかないと、上司に「私に4年目をください!」と直談判したんです。任期延長が決まった直後にリーマンショックが発生した結果、5年間の駐在の機会をもらいました。予想外の連続でしたが、私自身は、この状況を前向きにとらえ、この環境でさらに学びを深められることを幸運に感じていました。
──帰国後「探索・戦略」という道を選んだのには、どのような経緯があったのでしょうか?
「若手に海外駐在を経験させ、海外の医師と英語で直接議論ができるエンジニアを育てる」という当時のマネジメントの意向もあり、元々は赴任後に開発部門に設計者として戻るつもりでした。しかし、駐在中に日本からの出張者と議論する中で、設計者としての設計スキルの差が大きくなっていることを痛感したんです。同期たちがいくつもの新製品を立ち上げている一方で、私は新製品を何も導入できていない。実設計業務を何も手掛けられていない。ブランクが5年もある。彼らをリスペクトすると同時に「日本に戻っても、同じ土俵で勝負するのは難しいし、するべきじゃない」と悟りました。
ですが、これがある意味ポジティブな転換点となりました。アメリカで身につけた企画や戦略のスキルこそが自分の武器になると確信したんです。帰国前の面談で「設計ではなく、探索をメインにしたい」と伝えた時には、気持ちはクリアになっていましたね。帰任後は、超音波技術開発部 超音波内視鏡探索グループで、国内外の先生方と対話し、将来の製品の方向性を決める業務に4年間没頭。その流れで、2014年に事業戦略部へと異動しました。
当初は、新製品に特化した「開発戦略」に近い視点しか持っていませんでしたが、当時の中期経営計画に携わる中で、製造、原価、マーケティングなど、事業全体を俯瞰する視点を学んでいきました。その過程で、感染管理を行う新部門を作ったり、戦略・事業ポートフォリオ管理を行う部門に異動したりとさまざまな役割を経験しましたが、どれも事業課題に真摯に向き合い、たどり着いた結果です。「良い製品を世に出し、患者さんに貢献したい」というモチベーションは、入社当時から変わっていません。
メンバーの知恵を引き出し、共に模索する。変革期のリーダーに求められる意思決定
──グローバル化が進み組織が変革する中で、松井さんが考えるリーダー像を教えてください。
かつては「俺の背中についてこい」という“強い”リーダーが理想とされていました。しかし、これほど世の中が複雑になった今、リーダー1人が正解を示すことは難しい。自らも考えながら、メンバーの知恵を引き出し、任せる部分は任せることが重要だと考えています。
今のオリンパスには、長年当社に勤める日本人、オリンパス流に馴染んだ外国籍の人、欧米のメドテック企業で経験を積んだマネジメント層と、異なる立場・異なる考え方を持った人々が存在しています。多様な意見を提示し議論を重ねながら、新しいオリンパスのあり方を共に模索し定義していく。納得感があり透明性の高い意思決定を行うことが、今の時代に求められるリーダーシップではないかと思っています。
──仕事をする上で大切にしているポリシーは何ですか?
近年、社内では「Patient Safety(患者さんの安全)」が盛んに叫ばれています。もちろん大切なことですが、医療機器に携わる人間にとっては、これまでもずっと当たり前に取り組んできたことだと思っています。
私が意識しているのは一義的なお客さん、医師、とくに内視鏡医の存在です。前述の通り、私たちは医療従事者ではありませんので、直接患者さんを診断・治療することはできません。だからこそ、先生方が何をしたいのか、何に困っているのかを徹底的に追求し、それを実現する最高のツールを提供しなければならない。患者さんや病院、保険会社、政府など多くのステークホルダーがいる中で、私たちがまず向き合うべきは現場であり、内視鏡を使ってくださる医療従事者の方々です。それがCustomer Firstであり、引いてはPatient Safetyにつながると考えています。
──これからのオリンパスにおいて「残すべきもの」と「捨てるべきもの」は何だと考えますか?
残さなければならないのは、現場の医師に向き合い、現場の医師と共に答えのない課題に対する解決策を突き詰めていく泥臭い姿勢です。これは当社のコアであり、これがあったからこそ私たちは生き残り、ものづくりの会社として新しいモノを生み出してこられました。たとえコミュニケーションの形がデジタルに変わっても、医療現場に寄り添う姿勢だけは維持しなければなりません。そのためには、内視鏡や技術、医療についての深い知識も重要です。
一方で、効率を妨げる「これまでのやり方」は潔く捨てるべきです。会社の中に残る伝統で良い部分もあることは間違いありませんが、世の中は変化し続けています。法規制ももちろん変化します。それらを守りながら、より効率的・効果的に新しいものを開発する。開発プロセスそのものの効率化も必要ですし、たとえばレポート作成に、AIを活用したりと、手法を常にアップデートしていく。任せられる部分は新しい技術に任せ、人間はもっと本質的な議論にフォーカスする。そうした変化を恐れずに取り入れることが、もっともっと医療の本質的な問いに向かい合える様になると思っています。そういう考えで、組織をさらに強化していきたいです。
良い製品を生み出す会社であり続けるために。どんな立場でも新しい価値は創り出せる
──次世代を担うリーダーへのアドバイスをお願いします。
私自身、これまで「やりたい」と思ったことは積極的に提案してきましたし、実際に担当させてもらってきました。当社には、挑戦したいと声を上げればそれを受け入れ、任せてくれる土壌が昔から備わっていると思います。
開発、海外駐在、あるいはまったく新しい取り組みでもかまいません。自分の進みたい道について能動的に発信し続ける。必ずしも毎回それが叶うとは限りませんが、それが自分らしいキャリアを切り拓く上でも、リーダーとなる上でも一番の近道だと思っています。なぜそれが必要なのかを真摯に説明し、周囲を巻き込んでいけば、やがて大きな道を切り拓くことにつながります。失敗を恐れずに声を上げてほしいですね。
──最後に、今後の展望や挑戦したいことを聞かせてください。
オリンパスが良い製品を生み出す会社であり続けることに尽力したい、というのが一番の願いです。正直に言えば、世の中の変化に伴い法規制や現行製品対応などのさまざまな業務への対応も多く、近年は純粋に製品開発に注力することができていないことにもどかしさを感じています。しかし、この会社には人、もの、ともに世の中に貢献できる力があると信じています。
そして、新しいものを創ることは、開発に直接携わる立場でなくても可能ですし、マーケティング部門から新しい製品を企画することも可能です。戦略やリソース配分を通じて現行製品の維持対応を完遂し、オリンパスが再び革新的な製品を世に送り出せる体制を整えること、それが現在の私の使命です。
定年までは、あと13年ほど。もう1ラウンド、2ラウンドは挑戦できると思っています。まずは事業戦略の立場でやるべきことをやり遂げ、それが落ち着いたら、また現場で医師の先生と対話しながら、新しい製品を作りたいと思うかもしれません。たとえどんなポジションにいても、新しい価値を生み出すための挑戦を続けていきたいですし、その準備はし続けたいですね。
※ 記載内容は2026年2月時点のものです

