丁寧なコミュニケーションを心がけ、メンバーを正しいゴールへと導いていく
おもにリテール領域のシステム開発に従事しています。具体的には、大手コンビニエンスストアの次世代店舗システムの開発プロジェクトで、クラウドインフラの構築設計を担当。当社だけでも400人ほどが参画している大規模なプロジェクトとなりますが、その中の一つのインフラチームで、リーダーを務めています。私は沖縄支社に所属していますが、チームメンバーは、大阪や東京のメンバーが大半。10数人のメンバーを、基本的にはリモートでマネジメントしています。
チームリーダーとして意識していることは、3つあります。1つめは、常に正しいゴールを示すこと。たとえば資料をつくる場合、その作業のゴールは資料の完成ではなく、相手にきちんと内容が伝わることです。その正しいゴールを明確に示すことをいつも心がけています。目の前の1個1個のステップをこなすのではなく、山頂をめざしてもらいたい。どんなルートで山頂までいくのかは各メンバーにまかせつつ、最終的なゴールがぶれないよう、声かけは怠らないようにしています。
2つめは、綿密にコミュニケーションをとること。お互い前提となる知識量が違うからこそ、その確認は大事です。実際、指示の言い回しや資料の表現が曖昧だと、認識がずれてしまったり、アウトプットが変わってしまったり。ですので、私は極力ポンチ絵(概略図のこと。最近知りましたが、年配者が使うビジネス用語らしいです!)を作成し、必要であればWeb会議を行い、画面共有して認識合わせするなど、丁寧な意思疎通を心がけています。
3つめは、部下から学ぶ姿勢を持つこと。私はクラウド系の案件に携わったばかりなので、部下の皆さんの方がクラウドを熟知し、相当なスキルを持っています。まだまだ勉強が必要な身なので、本を読んだり実機を触ったりしてもどうしてもわからないことがあれば、若手メンバーにも「わからないから教えてください」と謙虚に質問するようにしています。
熱意を持って上司やメンバーを説得し、沖縄へ。受け身から脱却し、前向きな姿勢に
これまでのキャリアを振り返りますと、2004年に入社してからの10年間は、大阪の金融システム事業部に所属し、金融系の案件のシステム開発を行っていました。2014年には東京に転勤になり、そこからの6年間は、東京の金融事業部でおもにインフラ系のプロジェクトを手がけました。
大きな転機となったのは2019年。グループ会議をしていたときにたまたま、「沖縄で地銀のシステム開発プロジェクトが立ち上がる」という話があがってきたんです。実は私は昔から沖縄が大好き。機会があれば移住したいと長年思っていたのです。そこで要望を聞き入れてもらえるかわからなかったのですが、「沖縄のプロジェクトに携わりたい」と上司に直談判しました。
当時の私は地銀の案件を経験したことがなかったので、上司は驚いていましたね。それでも、私を推してくれる社員もいたので、勇気をもって、沖縄のプロジェクトの参画メンバーに直接電話をかけました。「はじめまして。このようなスキルと経験がある者ですが、一緒にやらせてもらえませんか」と。最初は驚いて不思議がっていましたが、熱意に押されたのか、皆さん快諾してくれて、プロジェクトに参加できることになりました。
そして、家族と共に沖縄に移住し、3年ほど、沖縄の銀行のインフラ開発に従事しました。その案件終了後もどうしても沖縄で仕事を続けたかったので、会社のジョブチャレンジ制度を活用。社内公募で沖縄支社の人材募集に応募し、ありがたいことに支社長が歓迎してくれました。2021年からは正式に沖縄支社に異動となりました。
晴れて沖縄支社に異動できたものの、業務領域も技術領域も初めてのことなので、1~2カ月プロジェクトに参画できない期間がありました。そんなことは初めてでしたので、その期間はつらかったです(笑)。そんな状況の中、沖縄支社メンバーからの「クラウド案件やってみる?」の一言がきっかけで、現在に至ります。
思い返せば、今こうして沖縄で充実した日々を過ごせているのは、前の部署で私を推してくれた上司、受け入れてくれた沖縄支社の方々のおかげであり、誰か1人でもノーと言っていたら今の私はなかったんだと思うと、不思議な縁を感じます。 あと、一緒に東京から沖縄に移住してくれた家族にも感謝しています。
今の沖縄の案件では大変なことはもちろんありますが、かつてなく前向きな気持ちで仕事ができていますね。おそらく、大阪時代はやや受け身で仕事をしていたのを、東京/沖縄時代は自分で「こうしたい」と能動的に動いているからだと思います。
言うところは言う、引けるところは引いて、皆が納得できる落とし所を見つけていく
これまでの経験で、とくに印象に残っているプロジェクトがあります。それは2017年頃、東京にいたときに担当していたシステム更改の案件。私にとって、初めてプロジェクトリーダーとして参画させてもらったプロジェクトでした。
それまでの案件ではお客様は1社だったのですが、その案件は、グループ企業3社に同時にシステムを提供するというものでした。そのため、管理が通常以上に難しく、戸惑ったのを覚えています。
当時、一緒にプロジェクトリーダーをやっていたメンバーが体調不良になるという事態も起き、私がメインでプロジェクトを回す役回りに。当社のメンバーは60人いて、6~7のチームに分かれていましたが、ミーティングではけっこう意見がぶつかります。プロジェクトリーダーとして、言うところは言う、うまく引けるところは引くというバランスをとりながら、全体が納得できる落とし所を見つけていくのが大変でしたね。
初めてのプロジェクトリーダーということで、我流だし手探りではあったものの、なんとか乗り切って無事にサービスを提供することができました。このプロジェクトを通して学んだのは、どんなに優れた技術力があっても、メンバーとうまくコミュニケーションがとれないと仕事は成し遂げられないということ。ミーティングを重ねて、丁寧に会話できるかどうかが、プロジェクトの質を左右します。この原体験があるからこそ、今もリーダーとしてコミュニケーションはとても大切にしていますね。
当時のメンバーと、たまに飲むこともありますが、「あのときは大変だったけど、プロジェクトをうまく回してくれたから助かった」と言われると、うれしいですね。本当に大変でしたが、思い出深いプロジェクトです。
また、振り返れば、失敗した苦い経験もあります。もっとも強く覚えているのは、東京で、ある新しい案件のプロジェクトを組んだときのこと。5人くらいのメンバーで、次に何をしていくのか提案をしなければならなかったのですが、僕の知識不足で、メンバーをまとめきれませんでした。
結局、提案書の作成ができないまま、別の人に引き継ぐことになってしまって。任されたのにやりきれなかったのは、苦い思い出です。自分の能力やかかる時間を吟味せずに引き受けてしまうのは危険なんだと感じた経験でした。
環境の変化を楽しむ。新しい仲間をつくって、キャリアを切り拓いていく
沖縄支社というと、東京に比べて仕事の数や活躍の場が少ないと思われる方もいるかもしれません。しかし今はリモートの時代です。私は沖縄にいながら、東京のメンバーや大阪のメンバーと仕事を続けていて、大好きな場所に住みながら魅力的な仕事ができ、充実した毎日を過ごしています。東京に比べてチャンスが狭まることはないと言えますね。
こんなふうに自ら希望して沖縄に来ているという点で、私は環境適応力が高いのかもしれませんね。1万2千人という規模の会社で違う部署やグループへ行くということは、ほとんど転職するようなもの。その環境の変化を、私は積極的に楽しめる性格です。この強みを活かしながら、これからもいろいろな場所でいろいろなメンバーと関われたら幸せですね。
目標として胸に描いているのは、現在担当しているコンビニチェーンのプロジェクトを確実に成功させること。かなり大規模なプロジェクトで、2025年まで続きます。プロジェクトは大変ながら、メンバー同士互いに気心も知れていて、雰囲気はいいですね。今後もコミュニケーションを大事にしながら、リーダーとしてしっかり成功へと導きたいです。うまく指示を出すためにも、自分のスキルを磨くことも大事。勉強は続けていくつもりです。
プロジェクトが終わった先のビジョンは、これからというのが正直なところ。私はこれまでも、現場メンバーと一緒に一生懸命取り組むことを優先してやってきました。このスタイルで、とにかく楽しく、新しい仲間をたくさんつくりながら、お客様や会社に貢献していきたいと思っています。
※ 記載内容は2023年4月時点のものです

