現場の課題解決を通じて医療を支える。営業だからこそ担う責任とやりがい
──所属する部署やそこでの仕事の内容について教えてください。
内視鏡処置具の営業部門でマネジャーを務めています。神奈川県を担当エリアとし、8人のチームメンバーと共に、規模の大きい65の施設を中心に活動しています。
近年、医療施設を取り巻く環境は大きく変化しています。そのため、単に製品を販売するだけでなく、経営状況に応じた課題解決型の提案が求められるようになってきました。消耗品のコスト削減などの具体的な施策を提案することで、施設の経営改善にも貢献しています。
また、製品の拡販に向けて、最新の治療手技を紹介するイベントやセミナーの開催も積極的に行っています。ハンズオンなどの実践的なトレーニングを通じて、手技の普及・向上を図るとともに、当社製品のベネフィットを実感していただく機会を提供しています。
──オリンパスで働く魅力、やりがいをどんなところに感じていますか?
人の健康に直接貢献できる、社会的意義の高い仕事に携われる点です。他社との競争が激しくなっていますが、市場をリードしてきたオリンパスのノウハウは依然として大きな強みであり、入社以来、当社で働くことに誇りを持ち続けてきました。
一方で、この仕事には大きな責任をともないます。私たちが十分に力を発揮できなければ、患者さんの命に関わる深刻な事態を招く可能性があるからです。「患者さんの命を守る」という使命感を持って仕事に取り組んでいます。
こうして、やりがいと責任の重さとが表裏一体となっていることこそが、オリンパスで働く醍醐味です。
成長環境を求め続けた先に見えたキャリア。異動と挑戦を経て、マネジャーの道へ
──マネジャーを志した経緯と、キャリアの転機となった出来事について教えてください。
私の父がサラリーマンで物心ついたときには職制を担っていました。そのため、漠然とした形ではありますが、自分も将来は職制になろうと考えていたんです。
大きな転機となったのは、社員のキャリア設計を目的として「キャリアマネジメントシート」が導入されたことです。これを機に、当時の上司との面談を通じて、「いつまでにマネジャーになる」「いつまでにダイレクターになる」といった目標を意識するようになり、キャリアの方向性を描けるようになりました。
それまで、さまざまな製品を広く扱う業務を担当していましたが、キャリアマネジメントシートを活用して、内視鏡処置具の専任者を希望したところ、ポジション的にもタイミングが合致したこと、また同時に上司から推薦をもらったことで、異動が実現したんです。これが、私が自ら選択した最初のキャリアの分岐点でした。
その後、処置具の分野で強い自信を育む一方で、どこか胸の内にもやもやとした感覚を抱えるようになりました。市場成長や新製品効果の勢いもあり成績が良かったため、ベテランの先輩にも強く意見するなど、若さゆえに柔軟さを欠いていた自覚があり、視野を広げる必要性を感じていたんです。
そこで、めざしたのが企画部門でした。企画部門は、イベントなどのマス向け施策に加え、市場特性の分析や製品の拡販戦略の立案など、販売業務の中核を担う重要な役割を果たしています。当時の自分にとって、またとない成長環境だと考えていました。
──企画部門、その後の販促部門ではどのような学びがありましたか?
俯瞰的な視点が養われ、自分の感覚が必ずしも当たり前ではないことに気づきました。これが、マネジャーへの入り口になったと思います。
また、この時期に外部の研修(グロービス)に参加したことも転換点になりました。先輩たちが口々に「人生観が変わった」と言いながら研修から戻る姿を見て興味を持ったことが、参加のきっかけです。
研修を通じて、それまでの自分がいかに感覚的に仕事をしていたかを痛感し、衝撃を受けました。そこで、課題の設定と解決を繰り返し実践できる販促業務を経験することが自身のさらなる成長につながると考え、販促部門への異動を希望しました。
しかし、異動後に直面したのは、コロナ禍という予期せぬ事態でした。当時、処置具関連の分野を担当していたのは私1人。製品供給の問題も重なり、非常に厳しい状況でしたが、「日本の医療を止めない」という強い使命感を胸に、がむしゃらに業務に取り組みました。
情報が限られる中、孤独な作業が続きましたが、この試練を乗り越えたことで、課題を設定し解決する力だけでなく、強靭な精神力も身についたと感じています。
SVを経て、マネジャーに。計画的なスキル習得がキャリアアップを加速
──その後、Supervisor(以下、SV)を経てマネジャーに就任されます。キャリアアップする上でどんなことを意識していましたか?
再び現場に戻ったのは、企画部門や販促部門で培った経験を活かしたかったことに加えて、SVのポジションを経験したいと考えていたからです。
当時のSVは、担当課長のような位置づけで、上司の近くでマネジメント業務を学べる環境がありました。同時に、プレイヤーとしての役割も求められる立場だったため、なるべく若いうちに経験しておきたいと思ったことも理由です。
キャリア形成においては、私は常に次のステップに必要な能力を前もって身につけることを意識してきました。業務にアサインされてから学び始めるのでは遅すぎます。SVをめざしたのも、「どのような業務ができるようになればSVにアサインされるのか」「そのためにいま何を強化すべきか」を明確にした上で、上司と目標をすり合わせながら準備を進めました。
2023年にマネジャーに昇進した際に大きなギャップを感じなかったのも、SV時代にマネジャー業務の一部を任されていたからです。マネジャーになったことで上司の後ろ盾がなくなり、最終的な責任を担うプレッシャーはありますが、良いメンバーに恵まれ、楽しく仕事ができています。
──マネジャーの難しさ、醍醐味は?また、マネジャーになって心境の変化はありましたか?
さまざまな内的・外的要因を考慮しながら、チームを前に進めていくことがマネジャーの役割です。判断を誤れば、組織全体に影響を及ぼし、成果の最大化を妨げたり、市場の成長を停滞させてしまったりする可能性があります。この点が、マネジャーの難しさと言えるかもしれません。
一方で、マネジャーには、自分の考えを具体化できる大きな裁量があります。予算配分などの権限を持ち、意思決定ができる点は、大きな魅力です。
マネジャーに就任して約2年になりますが、大きな心境の変化はありません。これは、若いころから意識的にマネジャーの業務内容を理解することを心がけ、レポートラインを把握した上で先回りして仕事を意識するなど、必要なスキルを段階的に身につけてきた結果だと考えています。
必要なのは、周到な準備。転勤による環境の変化を味方につけ、成長の原動力に
──転勤して複数の拠点を経験したことで、得られたものはありますか?
担当する市場が変われば、自分自身も変化を求められます。転勤は、市場の変化に迅速に対応するための力を養う絶好の機会です。職場環境が変わるたびに、感覚を研ぎ澄ませる貴重な経験が得られました。
また、上司によって方針や業務の進め方が異なるため、多くの気づきが得られます。それぞれの良い部分を蓄積し、組み合わせることが、自身の成長につながりました。
さらに、転勤後は新しい環境で一から人間関係を構築する必要があり、同僚や上司からの信頼を得ることが重要です。このスキルは顧客対応にも活かすことができると考えています。
プライベートの面でも、住環境の変化をきっかけにさまざまな刺激を得られます。私の場合は、転勤を機に趣味のバスケットボールを通じて新しい友人ができました。
妻と出会ったのも転勤先でしたし、行きつけの飲み屋では異業種の人々との交流が生まれ、それまでの常識を覆すような良い友人との出会いにも恵まれました。幼少期から父の転勤が多かったことも、新しい環境に飛び込むことへの抵抗がなかった理由かもしれません。
──今後の展望を教えてください。また、若手社員に向けてメッセージをいただけますか?
当社の営業のスタイルは大きく2つに分かれます。1つめがオリンパスが直接顧客への営業を行う直接販売、2つめが販売店の皆様と連携して営業活動を行う間接販売です。これまで経験したことのない間接販売のマネジャーにも挑戦したいと考えています。そして将来的には、販売・企画・販促など、さまざまな分野での経験を活かし、経営側に回って会社の方向性を導く業務に携わることも視野に入れています。
マネジャーをめざす方に伝えたいのは、準備の重要性です。まずは、マネジャーになるために何が足りないのか、どのスキルを強化すべきかを明確にし、それを着実に積み上げていく必要があります。上司に相談するのも良いでしょう。
現時点でマネジャーをめざしていない方にも、先を見据えて準備しておくことをおすすめします。たとえば、子育てが一段落したときなど、環境や心境の変化を機に「マネジャーをめざしたい」と思ったときに、すぐ行動に移せるよう備えがあるといいですね。
中には、仕事と家庭のバランスを理由に、マネジャーをめざすことをためらう方もいるかもしれません。家庭の状況を見直すことも、ひとつの準備です。私自身、義実家にサポートをしてもらう上で、二世帯住宅に住むなど環境を整えました。
オリンパスのカフェテリアプラン(福利厚生)を活用して育児や介護の支援を受けることもひとつですね。自身の理想的なバランスを考え、計画的に進めることで、キャリアの選択肢を広げていってください。
※ 記載内容は2025年2月時点のものです

