現場の声を聞きながら修理機能のグローバル戦略を推進し、新たな価値を創造する
──所属する部署やそこでの仕事の内容について教えてください。
私が所属しているグローバル戦略企画は、修理機能に関するグローバル戦略を担う部署です。修理のオペレーションや技術といった複数の機能、そして日本・中国・アメリカなど5つの大きな地域を横断的につなぎ、他部門とも連携しながら修理機能の新たな価値創造に取り組んでいます。
オリンパスの修理拠点は、代理店を含めて世界中に100以上あり、約3,200名ものメンバーが活躍しています。彼ら彼女らに対して明確な方向性を示すと同時に、現場が抱えている悩みや課題をくみ取り、それをマネジメントが取り組むべきテーマへと落とし込むことが私の役割です。
グローバル戦略を担う上で私が何よりも大切にしているのは、相手の話を「聞く」こと。こちらが提示した戦略が、現場で修理や管理に携わるメンバーにとって納得のいくものばかりとは限りません。もちろん、国や地域によって文化や考え方、価値観もさまざまです。だからこそ、グループ全体を同じ方向へ導いていくためには、現場のメンバーの声を聞き、理解しながら進めていくことが重要だと考えています。
私自身、海外勤務の経験を通じて、自分の考えが必ずしも「正解」ではないことを実感してきました。小さな声の中にも貴重なヒントが隠れていることがあります。一人ひとりの話に丁寧に耳を傾け、何度も確認を重ねながら合意形成することを心がけています。
──オリンパスで働くやりがいをどんなところに感じていますか?
オリンパスは、グローバル・メドテックカンパニーとして世界中で医療を支えることをミッションにしています。その中で、私はこれまで一貫して修理サービスに関わってきました。幸運なことに海外でも仕事をさせてもらいましたし、修理の中でも修理作業から在庫管理までさまざまな業務を経験してきました。
多くの地域で幅広い経験を積む機会に恵まれたのは、オリンパスだからこそ。その経験を通じて視野を広げられる点に、大きなやりがいを感じています。
海外勤務で経験した多様な人との出会いが共感型リーダーシップの原点に
──これまでどのような仕事を経験されてきましたか?
入社して最初に配属されたのは、修理の技術部門です。新しい製品の導入に合わせて修理プロセスを検討し、トレーニングを通じて現場に修理技術を展開する業務を7年間ほど担当しました。その後、海外赴任の機会を得てオーストラリアへ。現地の修理センターを安定稼働させるため、技術サポートやお客さまとの契約内容の見直しなどに3年ほど携わりました。
帰国後は、各国の拠点を支援するテクニカルサポートを経験。2年後に、シンガポールに赴任し、東南アジアの機能統括や品質管理の仕組みづくりなどを手がけました。
シンガポール在任中、マレーシアの現地法人の医療部門設立に伴い、修理サービス部門の責任者として修理センター・サービス機能の立ち上げ支援などを担当したこともあります。その後、再びオーストラリアへ。修理センターの再建や業務改善を推進する全社プロジェクトに携わりました。
日本に戻ってからは、グローバルレベルで修理機能の標準化を進めるプロジェクトを推進。2024年から、現在の役割を担っています。
キャリアのうち約12年は海外で勤務していますが、じつはもともと海外勤務を希望していたわけではありません。最初の駐在先となったオーストラリアで、現場やお客さまに近いところで仕事ができることにやりがいを感じたことが転機になりました。自分の中で得るものがとても多く、国内でも海外でも仕事ができるようなキャリアを歩んでいこうと決めました。
──初めてリーダーを任されたときの心境と、ご自身の意識の変化を教えてください。
シンガポール在任中に小さなチームを任されていたころから、リーダーとして活躍する先輩方を見て、「自分も追いつきたい」と思うようになりました。初めてリーダーとなるチャンスをいただいたのは、ちょうどその時期。自分がどこまでできるか試してみたいという気持ちで、全力で取り組みました。
以前、私は自他ともに認めるアグレッシブなタイプでしたが、チームを率いる立場になって、自分の考えを主張するだけではメンバーはついてこないと気づいたんです。そこで初めて、「相手が何をしたいのか」を聞き出し、理解した上で自分の意図を伝える大切さを学んだことが、現場の声を聞くことを重視する現在のスタイルの原点です。
それからは、対話を増やして「この人はどのように考えているのか」を理解することを心がけました。意見の違いがあるのは当然のこと。否定的な意見もまずは受け止めることで、徐々に多様な考えを受け入れられるようになったと感じています。
これは、海外での経験も影響しているかもしれません。たとえば、最初に赴任したメルボルンは多民族都市で、異なる言語や思想、宗教が入り混じっている街。日常的にさまざまな価値観に触れたことが多様性を受け入れるきっかけとなり、視野が広がりました。
修理サービス事業の成長とともに歩んだキャリア。中核事業のコアを担う責任と誇り
──リーダーとなってから印象に残っている出来事を教えてください。
マレーシアで現地法人を立ち上げた経験です。もともと代理店だった会社がオリンパスのブランドを冠して再出発することになったため、現地メンバーの給与に含まれていた手当をオリンパスの規定に合わせていく必要がありました。
その改定を行うと給与が下がってしまうのですが、「ルールなのだから」と改定する判断をしたところ、強い反発を招いてしまったのです。そこで、約20人のメンバー一人ひとりとじっくり話をする時間を設けることに。中には「オリンパスの一員となった私たちに、そんな仕打ちはないだろう」とストレートに訴える方もいて、こちらのルールを押し付けてはいけないと気がつきました。
そこからは考えを180度転換。給与が下がらないような規定が作れるように、私が前面に立って人事部門と掛け合いました。これをきっかけに、現地のメンバーから「佐藤なら信頼できる」と思ってもらえたことをいまでも鮮明に覚えています。
また、オーストラリアの修理センターを約2年かけて再建したことも、非常に印象深い経験です。
当時、修理品の返却が大幅に遅れており、改善するための仕組みづくりが急務でした。そこで、まずは明確な目標を決め、そこに至るまでのマイルストーンを設定。計画通りに進まないこともありましたが、その都度、理由を分析し、「次はこうしよう」と建設的な改善策を提示していきました。
このやりとりを毎日のように重ねるうちに、状況が良くなっていくことをメンバーたちが楽しむようになり、次々と新たなアイデアを提案してくれるようになったのです。その結果、修理納期を大幅に短縮することができました。
この成果が評価され、社内アワードで修理センターがチームとして表彰されたときの達成感は忘れられません。
──リーダーとしてのやりがいをどんなところに感じていますか?
私が入社した約25年前は、修理サービスに関わる部門はとても小規模で、社内でもあまり目立つ存在ではありませんでした。それが今ではオリンパスで2番目の規模を誇る事業に成長しています。
事業の成長とともに自分も成長してこられたこと、そして現在、その中核となる部分に深く関われていることに、大きなやりがいを感じています。
健全な修理体制を整え、黒子に徹する。組織と事業を陰で支える存在に
──今後の展望を教えてください。
修理サービス事業の中で、とくに修理は“縁の下の力持ち”です。滞りなく修理品がお客さまへ戻され、医療現場で本来の機能が発揮できていれば、修理部門が取り立てて注目されることはありません。むしろ、修理部門が注目されないことが理想的とも言えます。「医療が止まらず回ることが当たり前」。そんな状態を持続させたいと考えています。
そのためには、私たちに何が求められているのかを正しく理解することが必要です。修理のことだけを見るのではなく、俯瞰的な視点で社内全体を見渡しながら、組織にとってプラスになるかどうかを判断すること。できることとできないことを見極めた上で、誰もが満足できる仕組みをつくっていくことが必要です。
また、リーダーは責任が大きく多忙になりがちですが、それを当たり前にしてはいけないと思っています。私はこれまで、人事部門に制度改善を提案するなど、積極的に声を上げてきました。これからも、誰もがより働きやすい環境づくりに力を注いでいくつもりです。
──リーダーをめざす方へのメッセージをお願いします。
あらゆることに果敢に挑戦してほしいと思っています。私は以前、上司から「あなたが自分で判断し、物事を動かしなさい。自分の経験と知識を総動員し、右へ行くか左へ行くか決めるのがあなたの仕事だ」と言われたことがありました。その上で、「もしも何かあったら、後ろで私が支えるから」と背中を押してくれたのです。
その言葉を聞いて、「間違えるかもしれないけれど、『これだ』と思うものを自分で決めることが大切なのだ」と思えるようになりました。
これからリーダーをめざそうとする方も、迷わず前に進んでほしいです。もし失敗しても、私たちが後ろで支えています。恐れることなく挑戦を重ねてほしいと心から願っています。
※ 記載内容は2024年12月時点のものです

