医療機器開発を支えるシミュレーションの最前線。品質向上と効率化の両立をめざして
──所属する部署やそこでの仕事の内容について教えてください。
私が所属するDigital Engineering & Manufacturingでは、設計および製造プロセスにおけるデジタルソリューションの導入と最適化を行なっています。
主な業務は、設計開発でのシミュレーション活用推進です。シミュレーションとは、実際の物理現象をコンピュータ上で再現し、製品の性能評価や強度試験を、実物での実験を行わずに実施する技術のことです。これにより、製品開発過程におけるさまざまな課題や検証項目を、効率的かつ低コストで評価することが可能となります。
たとえば、内視鏡開発では、先端部分の操作性や耐久性など、さまざまな性能評価にシミュレーションが活用されてきました。内視鏡の輸送時や使用時の衝撃に対する耐久性評価もそのひとつです。
従来、この試験は実際に内視鏡を試作する設計の最終段階でしか実施できず、問題が見つかった場合の手戻りが製品開発段階での大きな課題となっていました。内視鏡の先端部分が衝撃を受けた際の影響をシミュレーションで予測する技術を開発したことで、実物による試験前に潜在的な問題を特定することに成功し、コスト削減と開発期間の短縮を実現しています。
オリンパスでは、多様な医療従事者のニーズに対応するため、内視鏡、処置具、エネルギーデバイス、筐体など幅広い製品ラインナップを展開しています。これらの製品群に対して高度にカスタマイズされたシミュレーションモデルを開発し、実際の製品開発プロセスにスムーズに組み込むことが、私たちのミッションです。
──オリンパスでの仕事にどんな意義ややりがいを感じていますか?
医療機器メーカーの一員として、高い社会的意義のある業務に従事できることは大きなやりがいです。業務上の課題に直面した際も、「自分の仕事が誰かの生活の質の向上に寄与している」と思えることが、モチベーション維持につながっています。
私が医療機器に関心を抱いたのは、大学で生体工学を学び、生物学と工学の融合領域を探究する中で、この業界の可能性を感じたことがきっかけでした。
シミュレーションと出会ったのは入社後でしたが、この分野では論理的思考に基づく仮説構築と実験的検証のプロセスが極めて重要です。特定の現象に対して仮説を立て、それを再現可能なシミュレーションモデルを構築し、実際にシミュレーションを実行して実験結果との整合性を検証する一連のプロセスは、自分の性に非常に合っていると感じます。
理論と実践の融合。開発部門での経験がシミュレーションエンジニアとしての糧に
──入社後の仕事について教えてください。
現部署への配属直後、私が最初に担当したプロジェクトは、内視鏡の湾曲管に使用される金属部材の疲労破壊耐性を評価するシミュレーションでした。具体的には、湾曲操作時に生じる変形と内部応力を数値解析によって算出し、それらの値が特定の閾(しきい)値を超えるかどうかを基準に、部材の破壊可能性を予測するモデルを構築するという内容です。
当時の業務の中でとくに印象深いのは、前述の内視鏡先端部の外的衝撃耐性に関するシミュレーションプロジェクトです。
シミュレーションを製品開発プロセスに導入するには、その信頼性と有効性の実証が欠かせません。私は、シミュレーションの基礎となる物理モデルと計算手法の妥当性を丁寧に説明し、開発者の理解を得ることに注力しました。
シミュレーション導入による具体的なメリットを明確に示すことで、開発者の積極的な協力を促すことも重視した点です。たとえば、潜在的な不具合の早期発見や、開発の手戻りの防止など、過去の事例を基に定量的な効果を提示しました。
こうした地道な説明と実証を重ねた結果、シミュレーションが徐々に開発プロセスに浸透し、現在は製品開発プロセスにおける標準的な評価ツールとして定着しています。
シミュレーションの真価は、単なる計算モデルの構築にとどまらず、そのモデルを実際の製品開発プロセスに効果的に組み込み、具体的な成果を生み出すことにあります。このプロジェクトでは、高精度なシミュレーションモデルの開発だけでなく、それを製品開発の現場に円滑に導入するための体制構築にも取り組むことができました。
入社して最初の5年という早い段階で、技術開発から実用化までの一連のプロセスを経験できたことは、私のキャリア形成において非常に貴重な財産となっています。
──7年目に製品開発部門に異動されますが、そこでどんな業務を担当しどんな学びがありましたか?
入社当初から製品開発に興味があったため、自ら希望して異動し、外科エネルギー開発部門で次世代エネルギーデバイスの製品開発に従事しました。
この異動は3年間の期限付きで、開発経験を通じてシミュレーションの新たなニーズや効率的な活用法を見出すことが期待されていましたが、配属された時点で製品設計の主要部分はほぼ完了しており、私は検証フェーズでユーザーによる評価やバリテーションの検討を担当しました。
シミュレーションは主に設計段階で活用されます。そのため、この開発フェーズでの活用機会は限られていましたが、ハンドル部やボタンの操作性といった現場での医療従事者によるユーザビリティ評価をはじめ、製品開発の最終段階における極めて重要なプロセスに携わる機会を得ました。
この経験を通じて、オリンパスにおける医療機器開発の全体像を把握できたことは非常に有意義だったと感じています。FDAなどの規制当局が医療機器開発、とくにバリデーションプロセスに対してどのような要求を持っているかを理解するまたとない機会となり、視野を大きく広げることができました。
グローバルな競争力強化に挑む。シミュレーションが切り拓く医療機器開発の新時代
──現在担当しているプロジェクトについて教えてください。
設計開発でのシミュレーション活用に加えてFDA対応にもシミュレーション活用を拡大していく取り組みを主担当として推進しています。
医療機器の製品開発では、機器の性能評価に動物実験やさまざまな机上試験を要すことから、開発期間が長期化し、ユーザーのニーズにすぐに対応できない問題がありました。
FDAもこの点に課題認識をもっており、安全性を確保しつつ、より迅速にユーザーのニーズに合致した医療機器を市場に導入することをめざし、シミュレーション活用を積極的に推進しています。その一環として、FDA申請におけるシミュレーション活用に関するガイダンスが発行されています。
効率的な製品開発が求められる一方で医療機器への品質要求は年々増している状況を鑑みると、社内でもFDA申請など規制対応へのシミュレーション活用ニーズは今後増加していくと考えています。FDAの方針と社内のニーズを踏まえ、現在のプロジェクトでは、製品開発の効率化と規制対応の合理化に向けた基盤整備に取り組んでいます。
現在は、効果的なシミュレーション活用の方向性を決めるために、FDAによる公式ガイダンスを詳細に分析し、要求事項を明確化している段階です。
一方で、ガイダンスには具体的な実施方法が明示されていない部分も多いため、並行して実践的なアプローチも採用しています。具体的には、特定の製品開発をパイロットプロジェクトとして選定し、実際にシミュレーションを活用したFDA申請を試行して、そこで得られた知見と成果を体系化し、標準プロセスに昇華していく計画です。
社内の理解と支持を得てシミュレーションの価値やプレゼンスを高め、製品開発のQCD向上に貢献していくためにも、これは非常に重要な取り組みだと認識しています。
FDA申請におけるシミュレーション活用の鍵は シミュレーションのVVUQ (※Verification, Validation and Uncertainty Quantification)にあります。この分野は近年急速に発展しており、最新の研究成果を取り入れながら、具体的な方法論に落とし込んでいかなくてはなりません。常に最新の知見を取り入れ、方法論を進化させ続けることは容易ではありませんが、同時におもしろさも感じています。
※ シミュレーションモデルの信憑性を評価する活動であり、これらにより、シミュレーション結果を現実の問題に適用する際のリスクを減らすことを目的としている
──シミュレーションを取り巻く国内の現状に対してどんな所感を持っていますか?
シミュレーションを活用した医療機器申請においては、米国が先導的立場にあります。他地域はその動向を注視している状況で、国内ではまだシミュレーションを用いた申請に関する公式ガイダンスが発行されていません。
企業レベルでも、オリンパスの競合となるようなグローバルメドテックカンパニーがシミュレーションを活用した申請をすでに実施していると推測しています。現在のプロジェクトを一刻も早く成功させて、グローバル市場での競争力強化を図ることが急務だと思っています。
シミュレーションの活用には大きな潜在的可能性があり、製品開発者と協力して、それを最大限発揮していきたいと考えています。開発プロセスを最適化するためには、製品開発者が自らシミュレーションの適用可能性を理解し、積極的に活用できる環境の整備が欠かせません。将来的には、製品開発者がシミュレーションの新たな活用方法を提案し、私たち専門部隊と協働して革新的な解決策を生み出す体制を構築したいと考えています。
誠実さとロジックが導くイノベーション。AI時代の医療機器エンジニアリングに向けて
──仕事をする上で大切にしていることを教えてください。
人命に直接関わる製品を扱う責任の重さを常に意識し、シミュレーション結果から設計上の懸念点が見出された場合は、躊躇なく指摘するようにしています。医療機器開発に携わるエンジニアとして、製品の品質と安全性に対して常に誠実でありたいと思っています。
同時に、意思決定プロセスにおいては、論理的思考を徹底してきました。製品の信頼性向上と開発プロセスの最適化のためには、権威や感情に基づく判断ではなく、客観的なデータと合理的な分析に基づいた結論を導き出すことが不可欠だと考えているからです。
──今後の展望を聞かせてください。
医療機器開発において、シミュレーションの重要性は今後さらに高まると予想しています。FDA申請に活用できるレベルまでシミュレーションの適用範囲を拡大し、より効率的な設計開発プロセスの確立に貢献することが目標です。
個人的には、AIとシミュレーションの融合に大きな可能性を感じています。両者は共にデジタル技術を基盤としている点で高い親和性があり、これまでにない革新的なソリューションを生み出す潜在力があると考えています。
今後は、AIを活用してシミュレーションの技術的価値を高めると同時に、社内でのシミュレーション活用をさらに促進する体制づくりに注力する予定です。これらの取り組みを通じて、オリンパスの開発プロセスの効率化に貢献し、ひいては医療技術の進歩というかたちで社会全体に貢献できることをめざしています。
※ 記載内容は2024年7月時点のものです

