思いがけない出会いと偶然のチャンスが導いたキャリア
──おふたりのご経歴と現在の業務内容について教えてください。
脇田:2009年に新卒で入社し、グローバルマーケティングで、ESDと呼ばれる早期に発見されたがんを剥離する手技の処置具を担当していました。処置具の製品企画に携わりながら、日本では標準化されていたこの手技を欧米に広めていくという業務です。
その後、製品の幅を広げつつ、がんの早期発見への理解を深めるために内視鏡の診断領域である消化器内視鏡のマーケティングに関わるようになりました。
そして、私にとって大きな転機となったのが、2016年からのハンブルクへの駐在です。
マーケティングの担当として、欧州市場の理解から始まり、課題の抽出や施策の立案に加え、現地メンバーと同じ目線で仕事ができるようにと、ラインに入りスコープガイドの製品を担当しました。その後もいくつかのプロジェクトのリーダーを務めるなど、非常にチャレンジングな3年10カ月でした。
また、OEKG(Olympus Europa SE & Co. KG)は、欧州における地域を統括しているので、国際色豊かなメンバーが活躍しており、多様性に富んだメンバーと共に1つの目標に向けて、取り組みを進めて参りました。お互いの違いを受けいれるなど密なコミュニケーションを通じて、学を得ることができとても濃い期間でした。自身の視野が広がるなど、当時の経験が現在の業務でも活かされています。
帰国後、以前と同じ部門に戻り、内視鏡システムのヨーロッパ、アジア、日本への導入を担当しましたが、ローンチ直後に妊娠がわかり、産休育休を取得しました。
復帰してからは、GIストラテジー&ビジネスプラニングへ異動。2022年にスーパーバイザー、2023年にマネージャーに昇進し、オリンパスの消化器内視鏡事業のさらなる成長に向けて新規事業の探索を中心とした業務に取り組んでいます。
龍田:私は1992年にエンジニアとして入社し、VRヘッド・マウント・ディスプレイなどの光学設計や新技術の開発に携わりました。当時はまだ女性の技術者が少ない時代でしたが、新しいものに携わることにワクワクしながら取り組んでいましたね。
その後、販売会社へ転籍して新事業企画のマーケティングを担当。1999年に再びオリンパスへ。情報機器事業部で品質保証テストや法務対応、製品マニュアル、パッケージデザインなどを、新事業企画部では映像系技術開発の企画と知的財産戦略に従事するなど、新規事業を立ち上げるために必要な業務にはほとんど携わり、幅広く取り組んで参りました。
また、この期間に組合執行部の一員としても活動し、私生活では結婚や出産も経験しています。
2010年に知的財産部に異動し、特許や商標、著作権などの知的財産に関連する情報の収集や解析などを行いました。この時期にマネージャーに昇格し、研究開発部門の人材開発部を兼務して、人材活躍プロジェクトでは女性キャリアアップミーティングも担当し、当時の技術開発部門すべての女性にヒアリングをおこない、活躍に向けた課題設定をしました。
2017年からは人事部のダイバーシティ推進グループでマネージャーを務め、2021年にオリンパスサポートメイトの代表取締役社長に就任し、現在に至っています。
──これまでのキャリアはご自身がイメージしていた通りのものですか?
脇田:入社当初、海外駐在や戦略チームのマネージャーになることは考えていませんでした。さまざまな出会いを通じてチャンスに恵まれ、その都度、不安を抱えながらも挑戦する道を選ぶことで、良い意味で想定外のキャリアを歩むことができたと感じています。
龍田:脇田さんと同様に、私のキャリアも予期せぬものでした。直感的に興味を感じたことに挑戦し、声をかけてくださった方々の期待に応えようと懸命に取り組んできた結果、今の自分があると感じています。
対話を機に生まれた柔軟な働き方。仕事と私生活の調和がさらなる成長のきっかけに
──最初の大きな挑戦となったハンブルクへの駐在を決めた経緯と、おふたりの出会いについて教えてください。
脇田:周囲の後押しに勇気づけられたことが、海外駐在を決意した大きな要因です。とくに当時の部長が欧州へ出張するたびに私を現地メンバーに紹介し、駐在後の役割や期待のすり合わせをしてくれておりました。
ハンブルク駐在を打診された際、私に務まるかと不安でしたが、自分自身には見えていないポテンシャルが自分にあると信じられたことが、挑戦する上で心の支えになったと思います。
龍田さんと初めて出会ったのは、帰国してから約1年後のことでした。女性活躍推進の研修「メンター&メンティー制度」に参加したことがきっかけです。
この制度は、女性の活躍を目的として導入された施策の1つであり、月1回のセッションを通じて約半年間メンターからキャリア支援を受けることができます。受講者は自ら指導者を選択できることから、自分とは異なる専門分野で幅広い経験を持ち、キャリア支援もされている龍田さんに強く惹かれ、指名させていただきました。
龍田:当時、ダイバーシティ推進グループでは私ともうひとりのマネージャー、スーパーバイザーが中心となって、女性の活躍を推進する取り組みを進めていました。その一環として、対話を通じて新たな視点を提供し、女性のキャリアを応援しようと企画したのがこの制度です。
メンティーがメンターを選べる仕組みとしたのは、内発的動機づけを重視し、自発的な行動を促すことをめざしていたからです。また、これまで育ててくれた会社に恩返しがしたいという気持ちから、私自身もメンターとして参加しました。
──おふたりの間でどのような対話が交わされ、どのような気づきや学びがありましたか?
龍田:当時の脇田さんは、妊娠という人生の大きな節目を迎え、今後のキャリアについて少し不安を抱えている状態でした。仕事を続けることへの強い意欲がありましたが、出産後に考えが大きく変わることは珍しくありません。出産が仕事と私生活の両方にプラスになると伝える一方、産んでから具体的なことを考えても良いのでは?とお伝えしました。
脇田:ソフトスキルの考え方について伝授いただいたことが印象に残っています。問題解決、タイムマネジメントといった仕事で培ったスキルが育児でも役立ち、そして逆もまた真であることを、自身の経験を交えて教えてくださいました。
子育て中は、何事も計画通りに進みません。龍田さんから事前にインプットされていた変化への適応を促すマインドセットが、柔軟性と適応性を身につける上で大きな助けになりました。
龍田:子どもを育てるということは、別の自我を持った存在と共に生きていくということ。その過程で、キャリア形成について考えるヒントを得る機会があるものです。
無駄なことはひとつもありません。脇田さんの場合も、お子さんとの会話を一つひとつ振り返りながら、自分を客観的に見つめ直すことで多くを学び、人としての幅を広げ成長していっていると感じました。
脇田:復帰当初は龍田さんにもらったアドバイスを信じて取り組んでいましたが、今では身に染みて実感するようになりました。子どもと過ごす時間と業務にあたる時間のオンとオフがはっきりしているので、気分転換になって新しいアイデアが生まれます。
それに、ひとりでできることには限界もありますから、周りに頼るべき時には頼るようにしています。ひとりで抱え込むのではなく、仕事を任せる大切さやチームだからこそできることにも気づきました。
対話が促す双方向の学び、メンターシップがもたらす成長
──その後もメンターとメンティーの関係が続いているそうですが、最近ではどのような対話がありましたか?
脇田:育休からの復帰後、私が配属されたのはストラテジー&ビジネスプランニングです。製品を担当するプロダクトマネージャーから、事業を横断的に見るポジションとなったのですが、これまでと異なる視点から物事を見る必要があり、はじめは戸惑うことばかりでした。
そのことを龍田さんに相談したところ、慣れるには一定の時間が必要であることを前置きした上で、戸惑いを聞き入れながらも一緒に言語化してくれたので、より広い視野で物事を捉える大切さを客観的な立場からアドバイスをくれました。おかげで、自分自身にも足りない視点があることに気づくことができました。
昇進が決まった際も同様です。挑戦意欲と不安が混在する私の複雑な感情を龍田さんがうまく言語化してくれたことで、再び前を向くことができました。
龍田:昇進が決まった際、脇田さんが浮かない顔をしていたのを覚えています。当時、私が心がけていたのは、話を聞いて感じたことを率直に伝えることでした。たとえば、同じ言葉を何度も繰り返す脇田さんにその理由を問いかけるうちに、問題の根本が少しずつ明らかになっていくという具合です。
とはいえ、戦略的に気づきを促そうとしたわけではありません。むしろ、脇田さんが自分自身で答えを見つけているように私には見えました。挑戦を重ねるたびにヒューマンスキルを高め、任されたポジションに適応しながら視野を広げていく彼女の成長を間近で見守りながら、私自身も多くを学ぶことができたと感じています。
脇田:管理職としてメンバーと共に働くようになってから、自分の発言が相手にどう伝わるかを強く意識し始めました。また、各メンバーのキャリアプランに基づいて、彼ら、彼女らが必要なスキルを身につけられるような仕事をアサインし、フィードバックをすることにしています。これらはすべて、直属の上司や龍田さんから学んだことです。
──挑戦してよかった、挑戦を支えてよかったと思うことを教えてください。
脇田:挑戦したことで見える世界が変わり、接点を持てる人の幅が広がった実感があります。新しいポジションでの成長体験を通じて、挑戦に対してさらに前向きにもなりました。
龍田:対話をきっかけに、自分に脇田さんと同じことができているかと自問自答したり、仕事での失敗の原因に気づいたりすることがよくありました。こうして立ち止まって話す機会を持つことで、普段は見逃しがちな点に気づけるものです。メンター制度を通じて脇田さんと共に成長できたことが、私のキャリアの充実にもつながっていると感じています。
偶然のチャンスがキャリアをつくる。その一歩がより良い未来につながると信じて、前へ
──脇田さんの今後の展望について教えてください。また、龍田さんから脇田さんへのアドバイスもお願いします。
脇田:新規事業の探索を通じて、オリンパスの内視鏡事業の発展に貢献したいと考えています。バックグラウンドや職種に関係なく、共に働くメンバー全員で一丸となって取り組んでいくつもりです。
また、これまで多くの先輩方から指導と支援を受けてきました。今後は、私が後輩たちにキャリアのヒントを提供できる存在になれたらと思っています。
龍田:脇田さんがこれからどんなキャリアを歩むにせよ、必ずさまざまな課題に直面することになるでしょう。それらをすべて正面から受け止め、乗り越えていくことで、おのずと道は切り開かれるはずです。清流も濁流も区別なく受け入れる広い心を持ってほしいと願っています。
──これから挑戦しようとする方に向けて、メッセージやアドバイスはありますか?
脇田:キャリアプランを立てることは非常に重要ですが、特定のビジョンに執着し過ぎると、気づかないうちにキャリアの可能性を狭めてしまうことがあります。自分自身よりも周囲の人たちが、あなたのポテンシャルや進むべき道をより深く理解していることもあります。
思い描いていたタイミングで理想のポジションにたどり着けなかったとしても、悲観する必要はありません。出会いを通じて偶然のチャンスが訪れた時、それがまさに“その時”です。
上司からアドバイスをもらって、なるほどと思った言葉があります。「挑戦に100%の準備は必要ない。勇気を出して一歩進むことに意味がある」。ぜひ、ご自身でキャリアを切り拓いてください。
龍田:キャリアには正解も不正解もありません。重要なのは、与えられたチャンスをどう活かすかです。失敗しても大丈夫、思い通りにいかないことが当たり前ですから。自ら一歩を踏み出すことが大事であり、自分自身の成長につながります。やがて大きな価値を生み出すと信じて、選んだ道を進み続けてください。
※ 記載内容は2024年5月時点のものです

