これからのクルマの付加価値を求めて──ますます重視される「快適性」
久保田が所属する計測技術開発グループでは、人が感じる快適性を計測する技術の開発を行っています。
「クルマの価値はお客さまによってそれぞれですが、中でも『快適性』は最近ますます重視されるようになっています。クルマが電動化、高知能化していく中で、従来は機械的な制約下で設計していたものが、もっと自由度の高い開発が可能となっています。そこでお客さまに選んでもらえるようなクルマを追求すると、『人にとって快適なクルマ』がテーマに。人の感性の領域で差別化を図っていくことが、求められるようになっています」
たとえば昨年発表した新型セレナは「乗り物酔いしにくい」「長時間運転しても疲れない」をセールスポイントの一つとしています。
「一般的に車酔いは自分が予測する乗り物の動きと実際の動きとにずれが生じると発生し、そのため、『頭が揺れにくい』、『後ろの座席に座っていても視界が開けている』などが車酔いを防ぐポイントとなっています。このような車酔いのメカニズムをもとに、『この計測指標・手法を使えば酔いにくさを定量化できるのではないか』という予測を立てます。その検証を行い、計測手法として確立した上で車両実験に適用するというステップを踏むことで、酔いにくいクルマの評価を可能にします。
もう一つの『長時間運転しても疲れない』は、たとえば腕の筋肉をどれだけ使っているかを計測して肉体的な疲労状態を推定したり、あるいは心拍変動の計測から精神的な疲労状態を推定したり、そういう生体計測データをいくつか組み合わせて、総合的に疲れの状態を評価しています」
ユーザーのアンケート結果だけでなく、快適性を科学的なデータで判断できるようにするため、計測技術は日々高められています。久保田は、求められる計測技術は時代のニーズの変化に応じて移り変わっていくと言います。
「近年、ユーザーの年齢が上がる中で、『高齢者が運転しやすい』が今後の課題のひとつです。どんなクルマだったら運転しやすいのか、どんな情報掲示だったらわかりやすいのか、というようなことを評価するための計測技術が必要となっています」
現在、久保田がともに働いているメンバーは5名。新しい計測技術の開発や別チーム・他部署からの要請に応じたり、部下からの相談に乗ったりと、ともすれば目まぐるしい量の業務に忙殺される中で、久保田が大切にしていることがあります。
「この先5年後10年後、自動車開発はこう変わっていくはずだから、こんな計測技術をマスターしておかなくてはいけないといった技術戦略・ロードマップを描くこともミッション。そのためも、意識的に『先のことを考える』時間を作るようにしています」
専門性が認められ「計測技術スペシャリスト」に。さまざまな計測の課題に挑む
幼いころから宇宙に興味があり、大学時代は物理学を専攻。学部の同期たちの多くは光学機器メーカーや素材を扱うメーカーに進む中で、久保田は自動車メーカーを選びました。
「電気自動車に興味がありましたし、単純にいろいろとおもしろいことができそうだと感じたのが理由です。自動車は多種多様な技術の塊。多岐にわたる技術分野を扱う人が自動車メーカーにはいるということを知り、バックグラウンドが物理である自分の知識も活かせるのではと思ったのです。人生の中で働ける時間は限られているので、ずっとひとつのことを突き詰めるのもいいけれど、さまざまなことを経験できたほうがおもしろいかと」
入社して最初の6年間は計測技術の開発に携わった後、社内の教育ローテーションの一環として2年間、電気自動車の先行開発を担当。できるだけ長い距離を走ることができる電気自動車を試作して、実験・実証するという開発に従事しました。
「この2年間は非常に貴重な経験でした。というのも計測技術部にいただけでは関われなかった部署との接点が持てた上に、『計測器やセンサは、こういう形じゃないと使いづらい』という計測技術のユーザー側の視点を体感できたことは、自分にとって大きな強みとなりました」
その後、再び計測技術部に戻ってきた久保田は、以降現在に至るまで、計測技術にもっとも多くの時間と情熱を費やしてきました。
そして2020年度より、久保田は計測技術スペシャリストに任命されました。これは、各技術分野で一人ずつ選出される称号。計測技術スペシャリストは社内で生じるさまざまな計測の課題に対して、より広い視点からソリューションを提案します。
「私が担当している人を計測する分野もあれば、X線などを使った部品内部の可視化、車の挙動計測など、一言で計測技術といっても非常に幅広い。そのため、スペシャリストとして社内のさまざまな動向を把握した上で技術戦略を練ったり、計測技術力を向上させるための施策を検討したり、横串を通した展開にも取り組んでいます」
計測技術は横断的に必要となる技術。ありとあらゆる分野の仕事に関わるおもしろさ
さまざまな業務に関わってきた久保田ですが、とりわけ入社して数年間で取り組んだ課題が印象に残っていると言います。
「たとえば、電気自動車のモーター内部にセンサを組み込んで計測しようとすると、初めは電磁ノイズが大きくて使い物にならなかったんです。そこで、電磁気学の知見を活かしてセンサの中の電気回路の構造を一工夫した結果、ノイズの影響を大幅に低減して知りたい情報が得られる仕組みを開発。最終的にキーとなる技術を自分が中心になって確立することができたんです。
これは大学時代から学んできた物理の知識や経験をうまく活かせた結果です。狭い分野ではありますが社内の第一人者になれたということが、今でも大きな自信になっています」
もちろん成功体験ばかりではありません。失敗した、こうすればよかったという反省と学びもたくさん経験してきました。
「痛感したのは、いったん確立した計測技術や作ったセンサは、その情報をストックしておかないと、すぐに使えないものになってしまうということ。たとえば、異動や退職などで担当者がいなくなったとき、専門性の高い領域ほど、しっかり情報が共有されていないと、残された人たちが大変な思いをすることに。
私自身、残された側の苦労も経験してきたので、そのとき初めて『自分も同じことをしたのではないか』とハッと気づかされました。組織で仕事をするからには、情報や技術を共通の知としてストックすることがものすごく大切だということが身にしみてわかりました」
さまざまな経験を重ねながら、久保田はいま、あらためてこの仕事のおもしろさ、やりがいを感じています。
「とにかく、社内のいろいろな部署といっしょに仕事ができるのがすごくおもしろいです。たとえば、エンジンの設計チーム、電気自動車のバッテリ設計チーム、それらを評価するチーム……。社内にはたくさんの部署やグループがありますが、私が属する計測技術は横断的に必要となる技術なので、ある日はバッテリに携わったり、別の日はエンジン、ときには車の乗り心地や性能に携わったり。
ありとあらゆる分野の仕事に関わることができます。その都度、新たな基礎知識が必要にはなりますが、これこそ、自動車メーカーで働くもっともおもしろい部分ではないでしょうか」
快適性を評価し、それをクルマづくりに活かしていくことが、競争力確保のカギ
この先、力を入れていきたい目標について久保田はこう語ります。
「計測に関して困ったことが起こったら、『まずは久保田さんに相談してみよう』と思い浮かべてもらえるような存在になりたいです。その上で、繰り返しになりますが、自分が得た知見は社内で共有できるようにすること。
社内には私の他に専門家がいますし、以前から計測技術に携わってきた方もいますので、それらの情報をまとめ、『人を理解するための計測技術』を、1つの技術の柱として確立していきたい。快適性を評価し、それをしっかりとクルマづくりに活かしていくことが、日産自動車として競争力を確保していくカギなのではないでしょうか」
これから当社で活躍していく人材として、久保田は「新しいチャレンジができる人」と言います。
「自分の強みやバックグラウンドとして持っている専門領域を活かしつつ、そこにとどまらない幅広い分野に興味を持ってチャレンジできる人が、この会社で楽しんで活躍できると思います。ちなみに、機械工学以外の専攻でも十分活躍できる仕事です。むしろ、他とは少し違った視点から『こうすれば解決できるのでは?』と課題にアプローチしてくれる人がいれば、それは大きな武器になると思います。
加えて私の部署で言うと、基本的に新しいことを提案して、それを業務課題に落としていくという筋道が持てる仕事です。産みの苦しみは当然ありますが、自分がやりたいこと、新しいことに挑戦できるチャンスはやる気次第でいくらでももらえるので、本当に毎日が楽しいです」
はるか遠い未来ではなく、5年先の私たちが快適に移動できるクルマをテーマに、さまざまなアイデアを集結させて試作に取り組んでいる久保田。
「従来は疲れなどのネガティブな反応の方が生体データを取りやすかったのですが、人が心地よい、快適だと感じるポジティブな感覚についても、新しい計測手法を使うとデータとして見られるのではないか、と検証しているところです」
人の快適さという、あいまいで捉えるのが難しい、ポジティブな感覚。これを科学的なデータで計測するという、難しい課題に久保田は挑戦しています。計測の技術開発は人の感性の領域へ。新しい挑戦によって、クルマの新しい付加価値が生み出されようとしています。
※ 記載内容は2023年9月時点のものです
