人の命や安全を守るという目的を第一にして。難しい課題解決に挑む
「CAE(Computer Aided Engineering)」と呼ばれるシミュレーションシステムを使った解析手法を用い、車両の側面衝突の解析を担当している村上。日産自動車が得意とするEV車、その開発車の解析の主担当でもあります。
「今は設計段階での実験結果の予測や、実験でNGが出た際の解析をもとにした対策提案、また解析モデルの技術開発、精度向上などに取り組んでいます。
前面衝突は、車体の前の部分で衝突エネルギーを吸収できますが、側面衝突は乗員の真横。ドアやドアトリム、サイドエアバッグなど狭い空間に配置された限られた部品で衝撃を吸収しきらなければなりません。部品には衝撃吸収以外の目的があるので、それを満足させながら乗員の被害を低減していくことが技術的に難しい。そこが、側面衝突の難易度が高いところでありおもしろさです」
衝突性能は、技術でお客さまの安全を守るだけでなく自動車の安全性を評価する情報公開試験の対象となっており、同じ試験条件の結果で他社と比較されるので、ブランドイメージに影響するという商品力の観点でも重要です。
「乗員の安全を守ることを考え抜くことはもちろん、日産というブランドをお客さまに信頼していただくために側面衝突はクリアしなければならないポイントです。もし試験結果が意図通りでなかった場合、設計者へ性能の観点から『こういった対策をすべき』と提案もしています」
加えて、EV車ならではの難しさもあります。航続距離を伸ばそうとすると、車体の下面に積むバッテリーを大きくする必要がありますが、高電圧のバッテリーも衝突の変形から守ります。当然バッテリーが大きくなれば側面の車体を潰せる寸法が減るため、理想的な骨格断面はどういう形状か、CAEの強みを駆使した最適化にも挑戦しています。こうした技術的な課題に頭を悩ませる中、村上にはいつも心がけていることがあります。
「チームの意識がとても大事だと思っています。それぞれに専門的な強みがあるので、一方的に、『この案がいいと思う』と提案するのではなく、他の方の案も聞いて最適解を見つけられるよう議論することを心がけています。皆が『より良い車をつくっていこう』という意識で動いているので、それぞれに譲れない条件があるのが難しいところ。相乗効果が生まれるような議論を、日々根気よく重ねていくしかないですね。
とはいえ、もし他の方が誤ったことを言っていると思ったときは指摘します。議論が白熱することもありますが、たとえ上司や先輩であっても、人の命や安全に関わることですので、妥協はしません。人を守るという最終目的を常に大事にしています」
現象を理解したい。その想いは素粒子物理から、自動車の安全性向上へ向かう
村上は大学時代、「現象を理解したい」という想いから、理学部で素粒子理論を専攻していました。
「生活している中で、どういった物理現象のもとでわれわれが存在しているのか、とても気になっていたんです。『現象をどうやって式に表していくか』を突き詰めていくような分野を専攻したいと、理論追及できる素粒子物理を専攻しました」
転機になったのは、大学在籍中に自動車の衝突事故のニュースをたびたび見たこと。
「さらに、知り合いが運転中に身体の不調に襲われ、大きな事故を起こしてしまったことがあり、心を痛めました。自動車に安全に乗るにはどうすればいいか。しだいに自動車の安全性向上に貢献したいと想うようになりました」
このような想いから、就職活動では、完成車はもちろん、部品、電装などサプライヤーを中心に探していた村上。そして理論を専門とする人材でも活躍しているということを知り、自動車メーカーを志望するようになります。
「中でも車はEV車を扱っていたり、病気の人が安心して乗れるような自動運転の分野に強みを持っていたりと、先駆性や安全性の面で魅力を感じました。それが日産を選んだ理由です」
入社してから2年間は、製品開発情報マネージメントグループに配属。現在と同じ開発の部署ではあったものの、部品の手配システムのコードを設定・管理する仕事をしていました。
「当時の仕事は、部品手配コードを車両にまたがって使用できるように設定すること。そのコードをどのように定義・管理するのかについてチームのメンバーで議論していました。購買や設計などいろいろな部門の方との協力が必要な仕事だったので、部門を超えてコミュニケーションを取る立場でした。率直に聞くという、今の仕事のスタイルはこの頃に作られたのかもしれません」
ときには解析結果から設計の変更を促すことも。安全面での妥協はしない
2018年からは、現在も所属する製品開発衝突CAEグループに在籍。とくに異動して最初に関わったEV車「アリア」の解析に携わったときのことは印象に残っていると言います。
「私の仕事は、ときには解析の結果によって、設計の変更を促していくケースがあります。たとえばアリアは実験仕様を決める最終の解析で狙い通りの変形にならなかったため、追加の対策検討を開始しました。周辺部品や造型に影響するところでしたが、性能を担保するためには、側面衝突の基準を満たせるだけの対策をしなければなりません。周辺部品の変更が少ない設計の要求は受け入れられないことを伝える必要がありました。
設計者と、どうやったら性能を満たすことができるのか、限られた時間で議論を繰り返しました。衝突性能を改善する変更は、騒音、乗り心地、空力性能のすべてに影響するため、短期間でそのすべてが成立する解を探さなければなりません。
課題解決は非常に困難でしたが、CAEを駆使して作った対策品がドア構造に搭載され、実験でも狙い通りに安全性が確認されたときはほっとしました。そのアリアが晴れて市場へと送り出されたときは、子どもが巣立ったときの親のような気持ちになったのを覚えています」
解析の仕事はチームの仲間や他部署、サプライヤーなど、多くの人々と議論をしていく必要があります。慣れるまで1年半ぐらいかかったと話す村上。わからない点を率直に聞いて、認識を丁寧にすり合わせながら成長してきました。
「初めは『正解を出さないといけない』と思い込んでいたのですが、手探りでも良いから、解析を重ねながらアイデアを出していけることが重要だと徐々に思うようになりました。
わからないことをどんどん質問したことで、それを起点に議論が広がり、チームのコミュニケーション量が増えたんです。会議でもいろいろな質問をしているのですが、他の出席者から『そういえばこういう話もあるよね』というふうに意見交換がしやすい環境になって、信頼関係を築くことができました」
そんな村上が見い出した解析の仕事のやりがいは、メンバーと喜びを分かちあえること。
「ときには意見をぶつけ合いながら、共通認識に対して一切妥協することなく議論を重ねるなど、チームが一丸となって取り組むのはとても楽しい作業です。そのピークともいえるのが、開発完了時のセレモニー。一緒に課題解決したメンバーたちと、『あのときつらかったけれど、よく乗り越えたね』と振り返りながら喜びを分かち合う瞬間は、本当に人間的で、熱いものを感じます」
自分が担当した車両からお客さまがにこやかに降りてくる姿を見たときなど、やりがいを感じる場面は多く、その一つひとつが活力になっていると話します。
現象を突き詰める。異なるフィールドに共通するテーマにおもしろさを感じて
理学部出身で、研究内容も乗り物とは直接関係するものではなかった村上。それでも活躍できている理由は、彼女が突き詰めて考えている思想があります。
「解析という立場は部署と違い、常に一歩引いた視点で純粋に現象を説明するのが役目。『現象はこうなっているから、この対策をした方がいい」というふうに、設計の提案をするのは楽しく、やりがいがありますね。画面に向かって現象を分析してフィードバックするので、どうしても機械的な仕事に思われがちですが、実はすごく人間味あふれる仕事だと思っています。
大学では現象の仮説だけで終わっていましたが、今はCAEを使って現象の仮説が合っているかを確認できます。すぐ答えが返ってくるのは、おもしろいですね。まったく分野は異なりますが、現象を突き詰めるという点では共通しています」
もともと自動車には興味がなかった村上。入社しても問題なく仕事は取り組めていると話します。
「正直言いますと、プライベートではあまり車に触れていないんです(笑)。けれど、毎日仕事で見ていくうちにわずかなことで衝突現象を変えてしまう自動車部品に関してかなり興味が出てきました。
社内では、やはり工学部出身の人が多く、コミュニケーションについていくために、構造力学や材料力学などもよく勉強しました。わからないことがあればわかるようになるまで、しがみついて学ぶ。大切にしてきたのは、何事もあきらめずチャレンジすること。すべてそれに尽きると思っています」
専門外の領域に臆せず飛び込み、研鑽を続ける日々。今後の目標は、CAEを使って他社にない車を提案することです。
「燃費、車両重量、衝突性能を両立する新しい車を提案できるようになりたいと思っています。設計などその道のプロの方々の経験も聞きながら、新技術や設計考案に多角的に取り組める技術開発者になりたいです」
後輩育成に対しても意欲的です。大学時代に教員免許を取得していた村上。中堅社員として一方的に教えるのではなく、「一緒に成長していきたい」と話します。
「以前、人に教えることにやりがいを感じていたので、一般企業に就職するか教員の道に進むかを迷ったこともありました。今の職場ではその両方をかなえられている感覚があります。
後輩たちの中には、私と同じように入社後ゼロから出発している人もいます。就職してから新しいことを勉強する大変さは自分もわかるつもりなので、『焦らず根気よく学んでいけば良い』と示しつつ、一緒に成長できればうれしいですね」
※ 記載内容は2023年6月時点のものです
