「過程を知ることで豊かになる」。幼少期の経験が今の原点
私は今、ひとしずく株式会社(以下、ひとしずく)にライターとして参加し、パートナーである企業や団体のホームページやオウンドメディアなどの記事を制作しています。
私はもともと「食」、とくに日本の地域に根付いた郷土料理とその文化に興味があり、それを伝える仕事に携わってきました。一方ひとしずくは、ソーシャルグッドに取り組む企業・団体に特化した広報支援を行う会社です。私が今、ひとしずくで担当しているのは、私の興味関心と、ひとしずくの領域が重なる部分。食や地域のソーシャルグッドな事例について取材、執筆するのが主な仕事内容です。
私は、東京の世田谷区で生まれ育ちました。農家や漁師の親戚がいるわけではなかった私が「食」の分野に興味を持ったのは、小学生の頃です。はっきりと覚えている思い出が、2つあります。
1つは、小学2年生の調理実習で、パンを作って食べたこと。それまでほとんど料理をしたことがなかった私は、粉が人の手を加えることでパンに形を変えることに驚き、焼き上がったパンのおいしさにさらに驚きました。「めちゃくちゃおいしい!」とあの時感じた感動は、今も鮮やかに思い出すことができます。
もう1つは、両親の家庭菜園の片隅で、自分でミニトマトを育てた時の記憶。それまで私は、虫も野菜も嫌いな子どもで、両親と一緒に畑に行っても「つまらない」とふてくされてばかりいました。ある時、母に促され、自分で種を蒔いてミニトマトを育てることに。毎日お世話をして、種が芽吹いて樹になり、実がなって、収穫できた。その時初めて、嫌いだったミニトマトを食べてみようという気になったんです。そうして食べたミニトマトはすごくおいしかったです。
食べ物は、過程を知ることで豊かになること、おいしくなることを、この小学生の時の2つの経験で実感しました。
高校生の時「島」の食と文化に感動。「島」が人生のキーワードに
高校生の時には、「島」の食文化との出会いがありました。学校主催、自由参加の学習イベントで沖縄を訪れた時のことです。おばあに料理を教えていただく体験プログラムに参加しました。
沖縄の伝統的なおこわの作り方を教わりながら、バナナの葉で包んで蒸すのは、沖縄で手に入りやすい植物だから……そんな文化的背景も聞きました。料理ができあがり、引率の先生から、海辺の好きなところで食べましょう、と言われました。砂浜に腰を下ろして、おこわを食べたその時、私の世界が決定的に変わったんです。
それまでの私は、人からどう見られるかばかりを気にして行動していました。キラキラと煌めく海を眺めながらおこわを頬張るうちに、“世界は広い。この料理がこの地で育まれ、人から人へ伝えられてきた壮大な歩みに比べたら、自分の悩みなんて大したことない”、そう思えるようになったんです。
この時から、私は島の文化そのものに強い憧れを持つようになりました。島では、みんなが顔見知りで、それぞれがなんらかの役割を担っています。どの人も、堂々と1人の人間として立っているように感じました。また、海に囲まれている島では、台風で物流が止まるので、人々はいつでもある程度自力で生活できるよう、備え、工夫しています。大変なことも多いと思いますが、島の人たちの力強いあり方はとても魅力的でした。
でも、大学に進学し、就職する頃になると、周囲の目を気にする自分に戻っていました。銀行に就職し、最初は楽しく働いていたのですが、部署異動後に忙しさから体調を崩し、3年半で転職を考え始めました。
キャリアカウンセラーの方に「まずは、本当に好きなことで、どんな仕事があるのか調べてみたら?キーワードを10個挙げて、組み合わせて検索してみると良いよ」と助言を受け、「食」「島」「旅」などのキーワードから見つけたのが、「離島キッチン」という日本の離島の食文化を伝えるアンテナショップ型飲食店です。
ちょうどその時は、お店が会社化して最初の社員を募集しているタイミング。募集締め切り直前でしたが、すぐにエントリーシートを送りました。私がやりたいと思うこと、離島キッチンがこれからやろうとしていることが、完全に一致していたからです。
私のように、都会に生きる人に、料理を通じて、島の文化を知るきっかけを作りたい。生き方の選択肢を増やしたら、きっと生きやすくなる人も多いはず──そんな私の想いを伝えた結果、採用が決まり、離島キッチンで働くことになりました。
大好きだった「島めぐり」の仕事。本当に好きなことなら、自然と行動できる自分がそこにいた
転職してからは、自分のやりたいことを実現できている充実と、知りたいことを追求できる喜びを感じる日々でした。当時、離島キッチンは東京の神楽坂に店舗を持ち、さまざまな離島の食材を販売しつつ、月替わりで1つの島に焦点を当て、飲食スペースでその島の料理を提供していました。
取り上げる島を知り、企画を考えるために、社員には月に1度くらいのペースで「島めぐり」という仕事がありました。島に1人で渡り、1週間ほど滞在。島の食文化を取材し体験する、というもので、私はこの仕事が大好きでした。
たくさんの島に行きましたが、一番思い出深いのは利尻島。利尻島に、利尻昆布を贅沢に使った出汁が自慢のラーメン店があるのをご存知でしょうか。ミシュランビブグルマンにも掲載されたことのある有名店です。
このお店を訪れてみたくて、ラーメンをどのように作っているのか知りたくて、電話して「働くので、1週間ほど泊まらせてください」とお願いしたんです。突然の依頼にもかかわらず受け入れて可愛がってくださって、今でも親戚のような付き合いが続いています。
島めぐりの仕事を通じて、本当に好きなことなら自然と行動できてしまう自分に気づきました。そして、島の文化を深く知っていくうちに、「もっとこの魅力を伝えたい」という想いが強くなってもいきました。島めぐりが楽しかった一方で、お店での調理・接客業務が忙しく、なかなか思ったような発信ができないことに疑問を感じて、退職。ライターとしての活動を始めました。
ちょうどその頃、青森県つがる市の飲食店型アンテナショップ、メロン専門店の「果房 メロンとロマン」からお誘いがありました。このお店は、あまり知られていない青森県つがる市産メロンをはじめ、日本全国のメロンの魅力を発信することに重点を置いているとのことで、お店の運営のほか、企画、編集、ライティングなどを担当する機会もいただきました。
近隣の飲食店にメロンメニューを開発していただき、インタビュー記事を作ったり、メロンの記事だけで構成された日本初のメロンマガジンを企画編集して発刊したりしました。島に限らず、日本のどの地域にも、その地で培われてきた創意工夫と知恵があり、魅力的な文化が存在していると気づくきっかけになりました。
ひとしずくで得た視点を活かして。地域文化に息づくサステナビリティを伝えていきたい
ライターとして活動を始めた頃、ひとしずくのメンバーを取材する機会があり、それから数年後に仕事を依頼していただいて、ひとしずくとの関係が始まりました。本格的にメンバーとして働き始めたのは2022年ごろから。
主な仕事としては、サステナビリティをテーマにしたVOLVOのオウンドメディアや、ひとしずくの提携企業でもある株式会社フューチャーセッションズのWebサイト、ひとしずくのWebサイト内のWORKSなどのライティング業務を担っています。
取材の中心は、食の分野や地域におけるサステナブルな取り組みです。ひとしずくの仕事によって、私自身は持っていなかった、サステナビリティの視点を得ることができました。そして、私が惹かれてきた島や地域での生き方にはまさに、サステナビリティが息づいているのだということにも気がつきました。
今でこそ、サステナビリティに配慮しよう、SDGsに向かって生活を変えよう、などと言われますが、それらは、昔から実践してきたことでもあると思うんです。伊豆大島には、魚を醤油漬けにし、日持ちするように加工した「べっこう丼」という名物があります。
あるものを大切に利用しつつもおいしく食べる、そんな豊かな知恵が、日本の地域には残されています。そうした文化を伝えることは、現代、とくに都会で生活する人たちにとって、サステナブルな選択肢が増えることにつながるはずです。
これから楽しみなこととしては、2025年に公開予定の、ひとしずくのオウンドメディアの仕事があります。海外の方に向け、日本の地域に息づくサステナビリティを発信していくメディアです。気候危機の時代を迎え、世界中の人たちが、生き方、暮らし方の変革を求められています。このメディアのライティングを始め、ひとしずくの仕事を通して、これからの生き方のヒントになるような記事を書いていきたいと思っています。
※ 記載内容は2025年4月時点のものです
