バレエで感じた「人に伝える喜び」が広報の仕事をはじめる原点に
広報の仕事の醍醐味である「人に伝える喜び」を実感した私の原点は、子どもの頃夢中になって取り組んでいたバレエです。
舞台は出演者も裏方も、関わる誰もが何かを伝えたくてつくっているもの。舞台を観ることも大好きだった私は、芸術大学に進み、そこで舞台芸術を専攻しました。
舞台を通して感じた「人に伝える喜び」こそが、私が広報の仕事をすることになった大切な要素で、今も変わらず心の中にあり続けるものです。
ただ、当時は広報という仕事を詳しく知っていたわけではありません。父は広告代理店に勤めていたので、広告の仕事についてはよく聞き、興味をもっていました。また、母は編集者、祖父はテレビ局勤務とメディア一家だったので、業界に関する話はとても身近でした。
広告と広報の違いを初めて知ったのは、就職活動の時です。私にとって、広告は少し一方通行に感じました。対して広報は、メディアに取り上げてもらうために記者の納得感や第三者の目線など、相互のコミュニケーションが必要です。舞台も、観客の表情や拍手などのリアクションが不可欠な相互のコミュニケーションで成り立つもの。同じように「人に伝える喜び」をより強く実感できると思った私は、広報の仕事を第一志望に決めました。
「会社は舞台と思いなさい。あなたは演者で、思い切り演じたら誰かに伝わるから」。最終面接で当時の社長にかけられたこの言葉で、私は総合PR会社への入社を決意しました。2006年に新卒で入社し、消費財などを中心に“売る”を意識した広報に携わり、約10年間働くことになります。
広報の仕事をはじめると、想像通り、リリースに対する記者のリアクションや、「記事を見たよ」「これ知っているよ」という声など、人に伝える喜びや相互コミュニケーションを日々実感することができました。伝える喜びはやっぱり広報に通じていて、誰かのリアクションが返ってきた時の喜びは、舞台で踊って拍手をもらった時の喜びとまったく同じでした。
子どもが生まれたことで社会課題に関心を抱くように
私が広報において記者に伝える時に心がけていることは、伝えたい側とメディア側のどちらの立場にも寄らないことです。伝えたい側の意見や情報を押し付けず、メディア側に寄って媚びることもなく、両者をスムーズにつなげる潤滑油的な存在こそが広報だと学ぶことができました。
総合PR会社で働きながら2人目の子どもを産んだ時に「働き方を変えたい」と思うようになりました。当時は出社が当たり前で今のように在宅勤務はなく、長時間働くこともあり、「子どもたちのそばにいながら仕事がしたい」と考えるようになったからです。
そこで在宅勤務という働き方に理解を示してくれたPR Table(現:talentbook)へと転職しました。PR会社時代の後輩たちが立ち上げた会社で、彼らの思いに共感したことも大きな決め手でした。
私が取り組んできた広報とはほぼメディアリレーションであり、メディアを通じて売りたいものや伝えたいことを届けていくことが中心でした。一方で彼らは、本来の「パブリックリレーションズ」とは、メディアに限らず多様なステークホルダーと関係を構築していくことであると、あらためて思い出させてくれました。
広報=メディアリレーションが中心の仕事になっていた私は、あらためてマインドセットできたことよって、視野がまた大きく広がりました。伝える手段はメディアに限定されたものではなく、関係性を構築するのはすべてのステークホルダーである。考え方が自由になったと感じています。
数年間働いた後、フリーランスの広報として独立。社会課題との関わりが出てきたのは、この頃からです。
私は独立後、さまざまな企業の広報をサポートしていますが、その中で、目の見えない子どもや、耳の聞こえない子どもが健常者と分け隔てなく一緒に使える商品の広報に関わったことがありました。この商品や活動を伝えていくことに自分の中で意義のあることだと感じるようになったのです。
それまで社会課題に関連した広報に専門的に取り組んできたわけではありませんが、子どもが生まれたことで、子どもたちが生きていく社会や未来をより良いものにしていきたいという思いが芽生えました。売ることを意識して広報に取り組んできた私にとって、それは大きな変化でした。
これまで培った広報スキルを課題を抱えている人のために使いたい
ソーシャルグッドに特化したPRエージェンシーのひとしずくに入社したのは、今年4月のことです。
「お話を聞いてみませんか?」とメンバーからお誘いのDMをもらったことがきっかけでした。ひとしずくを立ち上げたこくぼはPR会社時代の同僚で、同じ部署で隣の席だったこともあり、楽しいこともつらいことも一緒に乗り越えてきた仲間だと私は思っています。
あの頃からこくぼは環境問題や社会課題に強い興味をもっていました。
「環境を変えるんだ、守るんだ」という真っすぐな思いがあり、自分のデスクにも緑の布のカバーをしていた光景をよく覚えています。社内でも「環境に関わる案件をやりたい」とアピールもしっかりしていて、実際に声がかかり、少しずつ目標をつかんでいました。
その後、ひとしずくを立ち上げたと聞いた時は「やっぱりそこにたどり着いたんだな」という納得感がありました。DMをもらってから実際に話をすると、変わらないこくぼがいました。昔から、一見するととても穏やかですが、心の中は熱く燃えているとても真っすぐな人で、お子さんを育てる中でさらにその信念が大きくなったんだなという印象を覚えました。
また、こくぼは同僚だった時から「人のために尽くす人」でした。私が1人目の子を妊娠中に職場で東日本大震災に遭い、自宅までこくぼにサポートしてもらいながら6時間かけて歩いて帰りました。あの時感じた「人のために尽くす」という思いはひとしずくの考え方にも通じていると強く実感しました。
話を聞く中で、私がこれまで“売ること”に注力してきた広報のスキルやノウハウを、これからは課題を抱えている人たちのために役立てられないだろうかと思うようになり、参画することを決めました。
「時間」が大切。残された時間でより良い社会に貢献
私は「人とのつながり」を何よりも大切にして生きてきました。talentbookも、独立してからいただいたお仕事も、ひとしずくも、人とのつながりでご縁が生まれたものです。
「人とのつながり」を大切にすることは、広報の仕事でも同じです。私はできるだけ仕事を通じて関わるすべての人とコミュニケーションをとり、良い関係性を築くことを大切にしています。もしそのコミュニケーションを通じて仕事としての結果に結びつかなくても、そのご縁はきっとどこかで生きるはずです。
これは意識してやっているというよりも、子どもの頃からの癖のようなものです。私は争いごとがあまり好きではなく、これまでケンカをすることもほとんどありませんでした。人の欠点よりも長所に目を向けた方が心が楽だと考えるタイプ。そのため小学校の通信簿では「クラスの潤滑油になってくれる」と毎年のように書かれていました。
良い関係性をつくり、良いところを見て、両者の中間に立つ潤滑油的な私は、「広報は天職かもしれない」と思っています。
ひとしずくにはまだ参画したばかりですが、人に関わる社会課題の広報に携わりたいと考えています。たとえば課題を抱える子どもたちを私の広報の力で助けることができたらいいですね。
また、ひとしずくは企業の広報部署の活動サポートや、広報部署をつくるなど、企業広報の伴走支援をしています。それは自走して広報業務を行える会社に成長してもらうということだと思うので、そこに対しても私の広報のスキルやノウハウを惜しみなくお伝えしていきたいと思います。
私は年齢的に人生後半戦に差しかかっていると自覚しています。そのせいか、課題を抱えている人たちのためにこれまで貯めてきたものや、培ってきたものを使い倒したいという思いが強くなっています。以前はモノが売れたり、知ってもらったりする仕事に華やかさと魅力を感じていました。今もその思いを忘れることはありませんが、同時にこれから子どもたちが過ごす未来の時間のために仕事ができないかと考えています。
広報の力で1人でも多くの人を助けることができたら、また、子どもたちの未来を良いものにできたら、こんなにうれしいことはありません。私たちがこれまでの人生を楽しく過ごしてこられたように、子どもたちにも楽しい未来とより生きやすい社会が訪れてほしい。そんな願いを込めて、今、自分にできることに精いっぱい取り組んでいきたいです。
※ 記載内容は2025年9月時点のものです

