東日本大震災を機に、人のために、地元のために生きることを決意
私は、福島県いわき市の出身です。大学に通うために上京し、60s、70sのファッションが大好きだったこともあって下北沢の古着店でアルバイトをしていました。大学を卒業してからもそのままそのお店に就職し、店長として働き始めます。
仕事自体は楽しかったのですが、お給料や将来の不安を感じており、縁があって木の家具などをつくる会社に転職しました。勤務地は東京ですが、地元福島に工場があったので、帰る機会も多くなり、それまで気づいていなかった地元の魅力を再発見するなど、その頃から地元愛が芽生えるようになりました。とはいえとくにアクションはなく、転職してからもファッションの学校に通ったり、バンド活動をしたりDJをしたりと、自分の好きなことに突き進む毎日でした。
そんな時、東日本大震災が起こります。2011年3月は、夜間に通っていた学校を卒業するちょうど1年前。震災直後の原発事故被害など、報道で流れてくる地元の姿や情報を見ていると、「地元がなくなってしまうんだ」と感じました。それと同時に「これまで好き勝手に生きてきたな、地元に対して何もできていないままだったな」といった思いが込み上げてきて、「私はもっと人のために生きていかなければ」という気持ちになったのを覚えています。
PRとして福島の魅力を伝えることをライフワークに
地元で何か発信できることがないかと模索しながら、地元の人と交流する機会を持つようになりました。その頃、福島県や地方自治体のPRを専門にしているチームのあるPR会社の存在を知り、働き始めます。
福島の人たちは、自分自身や地域のことを話すのが得意ではない人が多いように思います。震災時はとくに、正しいことを正しいと言えない状況が続いていましたし、論争や戦いの構造にせず意見を言って、相手に理解してもらうことにハードルを感じていました。
私自身も声をあげることが得意ではなかったのですが、そこを超えていかないと変えられないという気持ちが強く、「PRのスキルを身につけることで、福島県の魅力を発信していきたい」と思うようになったんです。
入社後、目標でもあった地元福島県の担当に。そのほか東北を中心に日本各地に出向き、観光PRだけでなく、地域の魅力を掘り下げるためにキーマンをつないでサポートをしたり、ワークショップやイベントを企画したりと言ったまちづくりの取り組みをしていました。
そのPR会社で10年ほど働きましたが、地方自治体のチームが解散したり、結婚や出産など自身のライフステージが変わったりしたことなどもきっかけになり、2023年に退職。自分のこれまでの人生を見つめ直し、地元のことなど、より自分自身のライフワークになるような仕事に注力したいという気持ちから、フリーランスのPRとして活動を始めます。
自分の経験やスキルが発揮できる会社との出会い
そんな時に、一緒にPR企業で働いていた同僚を介して、ひとしずく代表のこくぼ ひろしに出会います。
いちばん最初に感銘を受けたのは、代表のこくぼが本当にフラットで、言動でそれを体現していることです。会社となるとどうしても上下関係ができあがってしまうと思いますが、そもそも上司と部下という概念がなく、相手の考えを尊重し、仲間として話をしてくれていると感じました。私は、学生時代からマイノリティの生きづらさも持ち合わせていたので、その点にすごく感動しました。
それは、メンバーに対してだけでなく仕事のパートナーとの関係性にも現れています。
私は、PRの仕事をする上で、求められたことだけでなく「相手が表には出していないけど本当はかなえたいこと」が何かを考えてサポートするという気持ちを大切にしています。ただ、前職ではそういった向き合い方をしていると、「クライアントに寄り添いすぎている」と指摘されることも多々ありました。でも、ひとしずくでは、とことんパートナーに寄り添っている様子が印象的でした。
パートナーとの伴走は、社会課題解決に向けたアプローチであるという軸をみんなが共有していることに感動しましたし、ここなら自分の力を発揮できるかもしれないと思わせてくれました。
現在ひとしずくでは、宮古島市のPRや、水族園のリニューアル、「こども食堂」の支援をされているNPO団体など、前職での経験と親和性の高い案件を任せてもらっていると思います。
「マイノリティ」「ローカル」「自然」をテーマに
これまで長く地元福島のPR支援をしてきたこと、ひとしずくで社会課題解決に向けた取り組みに携わってきたことで自分のやりたいことや目標も見えてきました。
今、私自身がテーマだと感じているのは、生きづらさについてです。私自身、なんとなく学校に馴染めなかった経験や、メジャーではないマイナーなものを好む性格などもあって、どこか生きづらさを感じていましたし、周りに同じように感じる人もいました。
でも当事者になってから、あるいはそばに当事者がいることに気づいてから対応策を考えるのでは遅いこともあります。いろいろな生きづらさを抱えている人の痛みに早く気づくことで、より負担を減らすこともできるはず。自分自身も感じていた生きづらさをなくし、どう幸せに生きるかについて、なんらかの形でサポートしていけたらいいなと思っています。そして、そういった声をあげることに対しても、臆せず行動したいですね。
さらに、「地方、地方自治体=ローカル」は今後も変わらず携わっていきたいテーマです。自分の中では、ローカルとマイノリティに通じるところがあると考えており、地域の魅力を掘り出し、どう光を当てていくかについてはこれからも取り組んでいけたらうれしいです。
また、「自然」も私にとって大切にしたいテーマです。小さい頃、父親に山へ海へとアウトドアに連れ出されすぎたこともあってしばらく自然と距離を置いていたのですが、自分に子どもができてキャンプなどに行くようになり、「もともと自然は大好きだったな」と気がつくことができました。「川の水をどうやったら飲み水にできるか」など、サバイバルスキルを身につける意味でも興味深く、子どもと一緒にどう遊ぶかを考えて自然と触れ合うことが目下の楽しみです。
そのため今後は、マイノリティ、ローカル、自然を柱に、新しい領域でもキャリアを積み重ねていけたらいいなと思っています。
そのほか個人的な、AYAKAREEの名前で旬の農産物をつかったインド料理をイベントやマルシェなどで提供しています。日本各地に直接出向いて出会った心ときめく人、農産物の魅力を自分が好きなインド料理で伝えることをテーマに活動していて、とあるアウトドアイベントでは「アウトドアカレー王」にも選ばれました。ゆくゆくは自分のお店を持つことも目標にしています。
福島とのお付き合いは前職を退職後もずっと続いていて、農業や農家の魅力を伝える電子書籍を制作したり、シェフや生産者さん、自治体の職員の方と一緒に団体をつくったり、イベントを立ち上げるなど、形を変えながらもつながっています。
今後も「相手が本当にかなえたいことはなにか」を大切に、丁寧に関係性を構築し、ご支援していくことを心がけていきたいと思います。
※ 記載内容は2025年6月時点のものです
