演劇に打ち込んだ学生時代を経て編集職へ
中学校で演劇部に入部したことがきっかけで演劇を始め、高校、大学へ進学した後も続けていました。小学校の学芸会でも脚本を書いたり、演出を手掛けたりしていたので、物心ついたころから舞台に興味があったんだと思います。先輩や顧問の先生もとても熱心で、大学生の時には劇団の研究生もしていました。
卒業後もアルバイトをしながら演劇をやっていこうと思っていたので、就職活動をしていませんでした。でも卒業間際の1月になって、演劇は続けたいけど自分の中でどのように演劇を仕事にしていくのか確固たるイメージを描くことができず、不安が大きくなって就職することに決めました。
自分が仕事としてしたいことをあらためて考え、思い浮かんだのが編集職だったんです。雑誌や本が好きだったので、編集プロダクションに就職しました。ところが、想像を超える激務に限界を感じて、退職しライターの仕事を経て育児サイトの広告営業に就くことにしたんです。
広告営業を経て広報としてのキャリアをスタート
2社目では、サイトの広告枠をさまざまなクライアントに提案する広告営業を担当しました。営業職の経験を積んだ後、編集職へ戻りたいと考え編集者採用試験も受けたのですが、家族の状況もあり編集プロダクションに勤めていた時のような仕事の仕方は難しくて。その時の自分に合った働き方を一番に考えて広告の企画職としてメールマガジン配信サービス会社に転職しました。
転職後しばらくしてその会社で広報室を立ち上げることになり、立ち上げと広報の仕事をやってみないかと声を掛けてもらいました。そこで私が考えたのは、「今の広告企画と広報の仕事だったら、どっちが編集者に近いか」ということ。広報の仕事のほうが編集職に戻るにはプラスになるだろうと思って、引き受けました。
私自身、広報はまったくの未経験な上に、会社にも広報職経験者はゼロで試行錯誤の毎日でした。社内に相談できる人がいないので、外部の広報担当者養成講座に通っていろいろな企業の広報職の方と必死に親しくなり、プレスリリースを出すタイミングから何からさまざまな相談に乗ってもらいました。
広報室立ち上げ後は、メディアの方や同じ職種である企業広報の方とつながりを作るために週に3日以上は仕事帰りに勉強会や交流会に参加するなど、とにかく忙しい日々でしたが、とてもやりがいがありました。仕事が立て込んで疲れることがあっても「こんなに楽しい仕事をしてお金をもらって、なんて幸せなんだろう」と感じたことを、今でも明確に覚えています。
ご縁をいただいて始めた広報の仕事を続けていくうちに、広報職と編集職が似ていると感じるようになりました。どちらも自分がイチからサービスやモノを作り出すのではなく「あるもの」を伝える仕事です。サービスや企業、人物の魅力を伝えるためにより伝わる方法を考え社内外のプロフェッショナルな方と連携して作り上げていくのは広報職も編集職と同じ、自分がやりたかった仕事だと実感でき、広報の仕事に没頭していきました。
その後、インターネット銀行で11年間広報として、コーポレート領域、サービス領域、ブランディングのキャリアを積み、2022年からフリーランスの広報コンサルタントに。ひとしずくに参画したのはそのタイミングでした。
社員やフリーランスといった立場を超えて仲間として協働
参画したきっかけは、代表のこくぼと共通の知り合いが、ひとしずくの仕事が私に合いそうだと紹介してくれたことです。私の場合、それまで社会課題や環境課題の解決に向けた活動をしていたわけではありません。もちろん日常生活で関心はありましたが、仕事として携わったことはなかったので「まず1つ始めてみましょうか」という流れで、プロジェクトを担当することになりました。
ひとしずくのスタンスがいいなと思ったところは、業務委託であっても「仲間」として一緒に仕事ができる雰囲気です。頼まれたパートだけ担うというよりもう少し大きいつながりがあって、相談のしやすい環境があります。
それは、こくぼが情報共有のための場づくりを工夫したり、共感できるメンバーを集めていたりと、仕組みを整えているからこそできること。その上で方向性が一致している人が集まっていることが、ひとしずくの大きな強みになっていると思います。
また、自分のこれまでのキャリアだけでなく、関心があることや今後こういうジャンルをやっていきたいといった「未来」を踏まえて担当する案件を調整してくれるところが、すごく新鮮に感じました。社員でないメンバーに対して真摯に誠実に向き合ってくれる姿勢がすてきだなと思います。
具体的な仕事の例としては、社会や組織の複雑な問題や課題に対し、創造的な対話の場づくりやファシリテーションを行う株式会社フュチャーセッションズのソーシャルリレーション作りを担っています。パートナーとして、今の課題を探り出しめざす方向性を組み立てていくところまで、社員の方と一緒に考えていけることがありがたいですね。
というのも、私はこれまでPRエージェンシーではなく事業会社の広報担当としてキャリアを重ねてきたので、「会社の中の人」として一緒に考えられるほうが自分の強みを活かせると考えています。組織の1人として信頼してもらい、長いスパンで考えられる経験は外部から関わるPRエージェンシーでは貴重。ひとしずくの仕事はそういった案件が多いのが特徴だと思います。
また、ひとしずくの場合、仕事とプライベートの垣根が低く、人間関係が緩やかにつながっています。仕事でなくても一緒に過ごしたいと思うような関係があります。私は今、東京と長野で二拠点生活を送っていて、業務はリモートワークが基本なので実際に会うことは少ないのですが、出張した帰りにひとしずくのメンバーが長野の家に遊びに来てくれたり、東京の家で沿線が同じメンバーとご飯を食べに行ったりする関係性があります。
会社勤めをしていた時はオンとオフの人間関係が分かれていたので、暮らしの中に仕事がある今の働き方を心地よく感じます。もちろんひとしずくの中にも仕事とプライベートをきっちり分ける方もいらっしゃいますが、ひとしずくだからこそ自分らしい働き方が実現できると感じます。
縁がつながり仕事の幅が広がる
ソーシャルグッドに関する活動として新しく始めたことがあります。それは、持続可能な芸術活動を支援する一般社団法人Image Nation Greenを2024年に立ち上げたこと。舞台美術は、時間やコスト、著作権などの理由から公演が終わると廃棄されることがほとんどです。けれどイギリスでは、持続可能な舞台制作づくりのガイドラインがあり、それに則ってリユース・リサイクル可能な素材を使う、公演の際の移動手段を変えるなど環境負荷を減らす取り組みが行われています。
日本でもその仕組みを取り入れたいと活動していた舞台美術家の大島 広子さんと知り合いました。私はその活動に感銘を受け、ボランティアで広報を手伝っていたのですが、その後、活動を広めるために彼女と共に理事として法人を立ち上げました。
大学卒業以降も機会があれば演劇の世界に戻りたいと思っていたのですが、子どもを育てるタイミングで演劇を仕事にすることはきっぱり諦め、それ以降は趣味として観劇を続けていました。でも、小さいことでも何かしら仕事として演劇に関わりたい気持ちはずっとあったので、今回の法人の立ち上げで舞台芸術を支える事業に携わることができてすごく幸せです。
学生時代に演劇をやってきたこと、広報のキャリアを積んだこと、フリーランスとなったこと、そのタイミングで共感する人との出会いがあったこと。これらすべてがそろって、団体立ち上げにつながったんだと思います。そして、ひとしずくで社会課題解決への思いが強い人たちと一緒に仕事をしていることにも縁を感じました。これからも、自分の好きなことで仕事の幅を広げていけたらいいなと考えています。
※ 記載内容は2025年2月時点のものです
