IT企業の営業としてキャリアを歩み出したふたり。いまにつながる原体験とは
現在、CEO室DX Division長を務める澤村 俊祐。2005年に、当時名古屋を拠点とする富士通グループ会社に入社します。
澤村:実家が文房具やOA機器を扱う自営業をしていたので、OA関連の企業を中心に就職活動をしていたのですが、その中でたまたま目に留まったのが富士通だったんですね。どんな会社なんだろうと思って調べてみたら、パソコンや携帯電話だけではなく、日常生活のあらゆるところにいて、幅広く事業を展開しているIT企業だとわかって。
しかも、実際に会社説明会に行くと、名古屋の事務所がものすごくきれい(笑)。当時の僕にとって、IT企業という響きがかっこよく聞こえたというのもあり、入社を決めました。
その後、ヘルスケア業界を担当する営業部門に配属された澤村。電子カルテシステムの拡販に携わります。
澤村:いまでこそ、大規模病院では当たり前のように電子カルテが導入されていますし、多くの医療機関でも利用されています。ただ、僕が入社したころはまだ出始めで、全国的にも普及率は10%程度。配属された部署は僕を含めて3人しかおらず、担当エリアでは当社のお客様がまったくいないところからスタートしました。
そんなわけなので、訪問したお客様にいかに興味を持ってもらうか、どうしたらお客様の課題を聞けるかを日々考える毎日でした。
そんな澤村にとって、自身のターニングポイントとなった思い出深いプロジェクトについて語ります。
澤村:入社から10年ほど経った頃です。複数の病院が合併して新病院が作られるという話がありました。それに伴い、電子カルテを含む基幹システムを更新するというプロジェクトが始まったのですが、合併前の各病院で使われていたシステムはすべて他社製品。圧倒的な劣勢だったのですが、それをひっくり返して、新システムの導入業者として当社を選定いただけたんですね。
それがいい商談事例だということで、社内で評価され、全国の事業所を回って話す機会をもらいました。僕が名古屋の狭い範囲でやったことが、全国のヘルスケアビジネスを携わる社員のモデルとなる。これをきっかけに社内でのリレーションもとても広がり、自分自身がちょっと次のステップに行けたなと感じた商談でした。
一方、2025年3月までDX Division長を務め、現在はCRO Division長である原 博樹。澤村からさかのぼること5年。ITバブルの2000年に入社します。
原:大学のゼミで、携帯を使って観光するみたいなことをやっていて。エデュテイメント(※1)というものなんですが、楽しみながら学ぶという取り組みがおもしろくて、これを社会実装したいなと。そこから携帯電話の裏側に関わる企業に就職したいという思いがあって、運よく富士通に入ったのがきっかけです。
入社後の配属面談で「携帯電話に関わる仕事がしたい」と言ったら、これも運よく、携帯電話事業のお客様を担当する営業部門に配属されたんですね。でも、自分が思っていたようなことは全然できなくて。新規ビジネスの検討も進めたりはしていたんですが、しっかりとマネタイズできるようなところまではいけませんでした。
その後、携帯電話業界の再編があり、電力とガスといったエネルギー業界を担当するようになったという原。その中で、全社DXプロジェクト「フジトラ」に活かされる経験を積み重ねてきたと言います。
原:ずっと新規ビジネスの企画とか拡販をやってきたので、いろんな部署や人と接点を持つ、広げるということは無意識のうちにやっていました。技術開発部門ともやりとりが多くて、研究所が持っている新しいテクノロジーを新規ビジネスにつなげようという実証実験みたいなこともやっていました。
新しく仕掛けようと動く、新しい人やテクノロジーと出会う、広がるというのは、いまにして思うと、フジトラでやってきたことと同じですね。
※1 エデュテイメント:教育要素(エデュケーション)と娯楽要素(エンターテインメント)を組み合わせたコンテンツを指す言葉
フジトラ初期の「リアル」を語る。モヤモヤの中から生み出したフジトラの原型
2020年7月、フジトラ立ち上げのためにCEO室に異動した原。当時は「何をするかはっきりしておらずモヤモヤが大きかった」と語ります。
原:当時の上司に「お前推薦されたから行ってきて」と言われて(笑)。「まあ、頑張ってきます」みたいな感じで始まったんです。当時、私含め8名が集められたのですが、皆、何するのかわかんないけど来ましたという感じでしたね。
一緒にフジトラを立ち上げるメンバーに、デザインセンターから、タムカイさんと小針さんの2名が参加していて。ふたりとも知っていたのと、小針さんとは一緒に仕事もしたことがあったので、モヤモヤを抱えた中でその存在は心強かったですね。
あとは、CDXO補佐(当時)の福田さんのキャラクターも大きかったと思います。正直、全然わかっていないけど、福田さんについていったら何か形にしていけるだろうとは感じていました。
「何もないところから動きながら形を作ってきた」と話す原。
原:最初に精緻な計画があったかと言われるとそうではないですし、最終形なんてまったくイメージしてなかったですよ。たとえば、立ち上げから3カ月後に、これまで検討してきたことを全社に公開するイベントを開催したんですが、経営層から「つまらん」と言われちゃって(笑)。
そこから、どうフジトラをおもしろくできるか考えたり、名前や形は変えながら3カ月ごとにイベントをやるようになったり。実践することで感じられる手触り感があって、自分たちで「これはいいな」という感触のものはイニシアチブ化させる。
反対に「これをやった方がいい」とか「これやりたいです」と提案してきてくれる人たちもいて、そういうのはどんどん後押しして、まずはすばやく実践まで持っていく。このtalentbookで「人」起点で変革を伝える記事を出したのもそのひとつですね。
これまでアジャイル型で、数多くのテーマ、プロジェクトに取り組んできたフジトラ。原にとって、社内変革を進める上で有効な取り組みだったと感じたものについて、次のように語ります。
原:やっぱり組織が横でつながるきっかけやコミュニティを作ったのはよかったと思います。それは、外に出てより実感していますが、いろんな組織の人を知っているから、何かする時にすごく相談しやすいんですよね。あとは、Fujitsu Transformation Now(以下、FXN ※2)かな。
毎回開催するのは大変なんだけど、これによって3カ月に1度というリズムが定着したのと、各部門の変革の取り組みが全社に共有される場として定着したのは大きかったと思いますね。
2021年10月から3年半、DX Division長を務めた原。DX推進部門のトップとして心がけてきたこととは。
原:こんなことを言うとなんなんだけど、フジトラって絶対なくてはならないプロジェクトではないと思うんだよね。だからこそ、なくてはならない意義とか必要性とか、発揮する価値というのを考えて続けてきたかな。
あと、やっぱり人間得意不得意があって、得意なこと、好きなことをやっている時の方が高いパフォーマンスを発揮できる。メンバーを率いる立場として、それぞれの得意を引き出すのが役目で、それに合った役割を与え、足りないところはみんなで補完するという組織を作れたらいいなと思ってずっとやってきていました。
※2 Fujitsu Transformation Now(FXN):フジトラ開始時より3カ月ごとに開催し続けている全社DXオンラインイベント
遠くにあったはずのフジトラが気づけばすぐ傍に。DX Divisionに来た訳とは
フジトラが始まった2020年。当時、ヘルスケア担当セールスとして大規模商談をいくつも獲得するなどフロント部門で活躍していた澤村には、フジトラがどう映っていたのか。
澤村:正直、なんか遠くの遠くに何か見えるなぐらいのぼんやりとしたものでした。フジトラそのものは認知していたけど、何をやっているかを解像度高く理解していたわけではないし、IT企業からDX企業になる、これからDXに取り組むという話は、これからの時代を考えれば至極当然の話で、「そりゃそうだ」くらいの感覚でしたね。
最初にフジトラと接点を持ったのは、社内ラジオと振り返る澤村。そこから徐々にフジトラとの距離感が縮まります。
澤村:FUJITRA Radio with Leaders(※3)が最初のきっかけでした。ラジオを見ていた時に、「役員も1人の人間なんだな」と思ったんです。大きな会社だと、社員と役員との距離ってすごくあると思うんです。でも、このラジオでは、家の話とか犬の話からはじまって(笑)、ぐっと距離感が縮まった気がしました。
そこで気づいたんです。フジトラが始めたこのラジオは、ただ話したい人が出てきて話す場ではなく、経営層と社員の距離を縮めるような意図があったんじゃないかと。そう考えると、フジトラの活動の一つひとつには、しっかりとテーマと意図があって設計されているんじゃないか。そう思うと、俄然興味が湧いてきたのと、遠くにあったフジトラが少し近くなったんです。
次は、どんな取り組みがあるんだろうとFXNも見始めるようになり、それぞれのイベントでの狙いや意図みたいなものを感じながら参加していくうちに、自分でもやりたくなっちゃって。当時所属していたヘルスケア部門の中でも、ワーキンググループを立ち上げたり、「フェス」って名前をつけて、全国のヘルスケア担当セールスやSEの取り組みをオンラインで配信したりと、フジトラを意識した活動をセールス時代にもはじめていました。
未来の語り場(※4)などもそうですが、いろんな活動を見ていると自分でもやってみたくなる。で、やっていくうちに、いろんな人とつながるわけです。そのつながりから新しいことを始めてと続いていくのですが、いつの間にかフジトラのすぐそばにいたという感じですね。
そして、澤村の活動は自身が担当するお客様へと広がっていきます。
澤村:全国にある病院の多くが赤字経営という状況で、さらに公的医療機関はもっと厳しい経営状況なんですね。この業界を長らく担当してきた身としてつらいものがありますし、個人としても、病院がつぶれてしまったら困る。この業界を少しでも元気にしていく方法がないかと考えていた時に、担当する大阪国際がんセンターの名誉院長である左近先生から「フジトラって聞いたんだけど、教えてほしい」と声をかけてもらったんですね。
で、フジトラを紹介するとともに、僕が感じているヘルスケア業界全体の課題やそこに対する想いをお話ししました。それに対し、「本当にその通りで、僕らが日本のリファレンスになるから一緒にやろうよ」と返していただきまして、現在、大阪国際がんセンター様と「ホストラ」という病院全体の変革活動に取り組んでいます。
そんな澤村は、DX Division長のポストに手を挙げ、2025年4月よりその任に就きます。
澤村:ヘルスケア業界を元気にしたいと思ったものの、他部門のセールスの仲間も同じような課題を感じていると思いましたし、単一業種の内側にいるだけでは大きな変革を起こすことはできないのではないかと感じていました。もっと大きな範囲で活動をすることで、結果としてヘルスケアにも良い影響が生まれるのではないかとも考えました。
また、先ほど話をしたようなヘルスケアの中での変革活動をしてこれたのは、フジトラがあったからでした。なので、フジトラに対しても貢献をしたいという気持ちもあり、両面から考えて挑戦をしてみようと思いました。「恩返し」という言葉を使っていますが、フジトラにも、ヘルスケアにも、セールスにもこれまでの感謝の気持ちを込めて貢献したいと思っています。
※3 FUJITRA Radio with Leaders:富士通の経営リーダーが自身のパーパスや変革への思いを語る社内ラジオ番組
※4 未来の語り場:パーパスを胸にもつ富士通社員がこれからの未来を担う世代とともに、同じ目線で、「私」を主語に、未来へ踏み出す一歩を考える取り組み
フジトラは新たなステージへ──新旧DX Division長によるバトンパス
DX Divisionに来て「すべてが驚き」だったと語る澤村。
澤村:まずは、役員との接点、コミュニケーションの機会がこんなにも多いのかとびっくりしましたね。正直セールスの方が忙しいし大変だと思っていたんですが、全社変革をリードするということへのプレッシャーは想像以上に大きかったですし、メンバーが抱えているタスクもとても多くて。社内の関連する人々に対する責任感について、こっちにはこっちの大変さがあるんだと、来てみてまだ少しずつですがはじめてわかってきました。
一方で、僕がセールス部門から来たということもあるので、顧客視点の活動はもっと増やしていきたいですね。
新体制となったDX Divisionについて、前任の原はどう見ているのか。
原:多分苦労するだろうなと思っていましたし、実際苦労しているなと。フジトラ始まって今年で丸5年。人も変わって、変革活動のフェーズも変わってきたので、同じことをしなくてもいいし、いい意味で壊して、変えていってくれたらいいかなと思っています。
澤村:原さんは、僕と同じくセールス部門からきて、Division長としてフジトラをリードしてきましたが、そんな原さんから僕にアドバイスはありますか。
原:やっぱり自分の感じるままにやったらいいと思うよ。というか、僕はそうやってきたから(笑)。三つ子の魂百までという言葉がある通り、人間そんなに変わんない。自分の興味のあることをやったらいいと思う。
もちろん、中にはそうじゃないけどやらないといけないものも出てくる。そういうのが来たときは、すぐに否定はせず、まずは様子見でやってみて、おもしろい展開になりそうだなと感じられたら頑張るってのでいいんじゃないかな。
あとは、餅は餅屋じゃないけど、専門家みたいな人をいかに見つけてきて、その人を中心にプロジェクト化させるのが大事なポイントだと思うんだよね。やりたいことはいろいろと出てくるとは思うけど、そのためにこの組織を大きくしようとかは考えない方がいいと思う。
今後のフジトラ推進のキーワードとして「当事者意識」をあげた澤村。
澤村:「当事者意識」を言い換えると、「おデコとおデコをぶつけること」だと思うんですよ。ふたりの間に物が落ちていたら、互いにスルーするんじゃなくて取りに行ってほしいんですね。お互いに取りにいっておでこがぶつかる。一方が「ごめんごめん」って言って、もう一方が「お前も取りに来たの?」という状態が健全じゃないかと思っています。
「これは僕の仕事じゃない」と言うのは簡単ですが、そこから生まれるのは、後で取り除くのに苦労する溝や壁だけ。そうではなく、わざわざその隙間に自ら入っていくことで、新しい気づきや学び、出会いが生まれると思うんです。そう考えて行動できる仲間を増やしていきたいですね。
一方、原は「情報の伝え方」をあげます。
原:本質は変えてはいけないけど、届ける相手にあわせて情報の伝え方を変えていかないといけないと思うんだよね。フジトラにしてもそうで、フロント部門にはまだまだ伝わっていないと感じるね。でも裏返すと伸びしろしかないかなと。
想いとか行動力はあるんだけど、単純にその情報を知らないだけという人もいるのね。そういう人には、こういう取り組みがあるんだよ、ここにはこういう人が集まっているんだよと伝える事で、その枠組みをうまく活用し出すんじゃないかなと思う。
あとは、ビジネスにおいて「フジトラ」が使えるとわかると広まるんじゃないかな。僕がいまサポートしているCRO(最高収益責任者)の配下には、マーケティング部門や今年新設されたコンサルティング部門もあったりするので、フジトラとしてこれまでやってきたことだけではなく、そことのつなぎなんかもうまく作っていけるといいかなと思っています。
2025年4月、新旧DX Division長によるバトンパスが行われ、新たなステージに移行したフジトラ。新たなリーダーのもとこれからどんな富士通にトランスフォームするのかは、乞うご期待ください。
※ 記載内容は2025年9月時点のものです
