パーパスを軸にした2つの挑戦。一般社員としてフルタイムで働き、競技活動を両立
リテール&サービス事業本部で、不動産業界のアカウントセールスとして活躍している松山。現在はデベロッパーから不動産賃貸・管理会社まで幅広いお客様を担当し、ビジネスの変革を伴走支援しています。
「お客様が抱える課題を解決し、持続的な成長を支援するDX推進パートナーとなることが私の役割です。未来のまちづくりを見据えた仮説提案や大規模な基幹システムの刷新など、幅広くサポートしています」
こうした業務と並行して松山が力を注いできたのが、ショートトラックスピードスケートの競技活動です。一般社員としてフルタイムで働きながら、年間300日以上のナショナル強化合宿に参加するなどハードなスケジュールをこなしてきました。
「1日に2回、週11回の練習が基本のため、業務→競技→業務→競技の流れで1日を過ごしてきました。朝5時から8時に業務に取り組み、その後ナショナルチームのトレーニングに参加して、昼食後再び夕方まで業務に戻り、夜に練習するという日々を送っていました。
富士通では、上司やチームと相談の上、業務の一時的な中断やリモートワークなどの制度を活用できるため、仕事と競技を両立しやすい環境ですが、常に業務を最優先し、打ち合わせが入った際は別の時間を練習に充てるなど、フレキシブルに対応してきました」
さらに松山は、時間を有効活用して資格取得にも取り組んでいます。
「私がいつも心がけているのは、隙間時間を徹底的に活用することです。移動中やストレッチを行う際、業務に役立つ教材や映像を見て知識を深めています。こうして限られた時間を最大限に活用することで、AWSやAzure、Salesforceに関連するさまざまな資格を取得しました」
業務と競技の双方においてストイックに成果を追求する松山。その頑張りを、周囲も温かくサポートしています。
「職場の仲間をはじめ、会社としても多様な働き方に対する理解があり、挑戦を支えてくれるため感謝しています。私が出場する試合がライブ配信される際には、リアルタイムで見てくれるなど、周囲の応援にはいつも励まされてきました」
アスリートとしての活動と富士通での業務。一見異なる2つの道は、松山の中で明確につながっています。
「私がパーパスとして掲げているのは、『スポーツ×食×テクノロジーで、人々の健康とパフォーマンス向上に貢献する』ことです。そのため私にとって業務と競技は分けて考えるものでなく、どちらもパーパス実現につながる道のりだと捉えています」
練習の「量」から「質」の追求へ。科学的アプローチの成果が確信させたデータの価値
幼少期からさまざまな習い事に励み、自分で立てた目標の達成に向けて努力を重ねてきた松山。フィギュアスケートもその1つでしたが、12歳の時に見た練習風景をきっかけに、ショートトラックスピードスケートに転向します。
「時速45kmを超える速さの中で抜きつ抜かれつのレース展開が続き、最後まで誰が勝つかわからない。そのスリルや戦術のおもしろさに引き込まれ、自分もやってみたいと思いました。
フィギュアスケートは習い事として始めたのですが、世界をめざして切磋琢磨しているショートトラックのクラブチーム(相模原SSC)との出会いを機に、世界大会でのメダル獲得を目標に定め、ショートトラック競技を始めました」
しかし、12歳という年齢は周囲のアスリートと比べてやや遅いスタートでした。そのため松山は、練習の「量」で差を埋めていきます。
「当時の監督から、人の2倍して追いついて、3倍で追い抜けるようなると教えていただき、とにかく練習量をこなしていました。けれども時間は限られています。量だけでなく質も最大化する必要があると考え、より効率的で効果的な方法を模索し始めました」
そこで松山が着目したのが、感覚だけに頼らない「科学的アプローチ」でした。スポーツ医科学の中枢機関である国立スポーツ科学センター(JISS)を活用し、従来とは異なる方法で栄養管理とトレーニングに取り組みます。
「自分に足りない栄養素を可視化するソリューションを活用し、血液検査でその効果を定期的に測定しました。そして筋出力や酸素の摂取量なども数値化し、自身の疲労度と照らし合わせて調整を図り、怪我を防ぎながらトレーニングと回復のPDCAサイクルを回していきました」
徹底したデータの活用は、やがて大きな成果へと結実します。大学2年生の時に、学生のオリンピックとも呼ばれる国際総合競技大会「ユニバーシアード」に初めて日本代表として選出され、女子3000mリレーで準優勝という好成績を収めたのです。
「結果が出たことで、『科学的エビデンスとテクノロジーの活用がパフォーマンスを大きく変える』という確信が持てました。その一方で気づいたのは、正しいトレーニングや栄養の知識を持ち、実践できているアスリートは少ないということです。この課題をどうにかしたいと考えるようになりました」
それを機に松山は、食を通じてトップアスリートの健康やパフォーマンスを支える専門知識を学び、アスリートフードマイスター1級を取得。栄養やトレーニングに関する啓発活動を始めます。
「専門知識を活かし、メディアでの情報発信や栄養指導に取り組みました。しかし個人で普及できる範囲には限界があります。より多くの人々の健康を支えるために、誰もが自然と正しい選択ができる仕組みをつくりたい。その想いが、現在のパーパスへとつながっていきました」
データの蓄積と分析を成果につなげる。ビジネスの現場でも活きるアスリートの視点
「スポーツ×食×テクノロジーで、人々の健康とパフォーマンス向上に貢献する」──このパーパスを実現する舞台として松山が選んだのが、富士通でした。大きく2つの決め手があったと言います。
「1つは、社会課題の解決にテクノロジーでアプローチできることです。この会社なら自分が競技生活で培った知見を活かし、パーパスが実現できると考えました。そしてもう1つは、新たなデュアルキャリアの在り方を追求できることです。
ショートトラック選手の就業形態は、競技にほぼ専念するアスリート雇用が一般的です。だからこそ、あえて特別な競技優遇のない一般社員として働く道を選びました。多様な働き方を体現することで、アスリートのキャリア形成にポジティブな影響を与えられるのではないかと考えたのです」
内定を得た松山はその想いを胸に、富士通にスケート部を創設することを提案します。
「人事部や企業スポーツ推進室の方々に、競技に対する想いやデュアルキャリアの展望を率直にお伝えしました。一般社員としていかに業務と競技を両立していくのか、大会に出場する際はどのように対応するのかなど、一つひとつ丁寧にすり合わせを行い、最終的にスケート部の創設という願いがかなえられることになりました」
こうしてゼロからスケート部を立ち上げ、2021年に富士通へ新卒入社した松山。デュアルキャリアの成果を最大化すべく、競技で培ったデータドリブンの姿勢を、ビジネスの現場にも活かしています。
「たとえば営業活動における商談管理などは、データを活用して徹底的に可視化・自動化を進めています。これは単に事務作業を減らすためではなく、本来注力すべきお客様との対話に時間をより多く使うためです。ビジネスにおいても競技においても、データドリブンの重要性は変わらないと考えています」
そしてデータと向き合い続けることの難しさと価値についても、松山は続けます。
「データの蓄積・分析を継続するのは決して容易ではありません。結果が出ない期間が長くなれば、途中で諦めたくなる気持ちもわかります。それでもデータがあれば、『何が原因でうまくいかないのか』『うまくいっていた時は何が良かったのか』を考え、仮説を立てることが可能です。感覚だけで良し悪しを判断するのではなく、データを根拠に仮説と検証を繰り返せること。それがデータドリブンの価値だと考えています」
あらゆる経験をパーパス実現の力に。人々が自然と健康になれる街づくりをめざして
フルタイム勤務をこなしながら、全国大会に出場して何度も表彰台に上がってきた松山。その輝かしい活躍の裏で、実は数年前から左股関節の怪我を抱えていました。しかしそれは、本人にとって試練ではなかったと言います。
「怪我は防止に努めていても避けられないため、大切なのはその経験をどう活かすかだと考えています。怪我を抱えながらも、私は入社1年目に自己ベストを更新することができ、ユニバーシアード日本代表選考会では2冠を達成しました。
そこから学んだのは、データに基づきコンディションを管理すれば、万全でない状態でもパフォーマンスを最大化できるということです。現在も完治をめざして治療を継続中ですが、この経験もまた、パーパス実現に役立つデータになると考えています」
業務と競技の双方で実践してきたパーパスドリブンとデータドリブン。その知見を活かし、松山の新たな挑戦が始まっています。社内論文コンテスト「Fujitsu Convention」で優良論文賞を受賞したサービスのアイデアを、新規事業創出プログラム「Fujitsu Innovation Circuit(FIC)」を通じて事業化しようとしているのです。
「構想しているのは、人々が意識しなくても健康になれる仕組みと街づくりです。健康への関心が高い層だけでなく、そうでない方々も自然と最適な選択ができるよう、購買データや決済情報などのパーソナルデータを活用し、運動や食事、休養を提案するサービスを考えています。協力企業とのコミュニケーションを重ねながら、マネタイズなどビジネス上の高いハードルをクリアしていきたいと思います」
ビジョンを社会へ実装していくために欠かせない、周囲を巻き込み共感を得る力。それは業務や競技に限らず、多彩な経験の中で育まれてきたと松山は話します。
「私は中高の社会・公民の教員免許を持っているのですが、その過程で培った『伝える力』は、現在の営業活動や後輩の指導にも活かされています。
今は遠回りに思える経験も、本人の捉え方次第で将来の自分を助ける武器になるはずです。競技での怪我も含め、あらゆる経験を糧に、これからもパーパスの実現をめざして挑戦を続けていきたいと思います」
※ 記載内容は2026年4月時点のものです
