ハード開発者からSEへ。キャリアチェンジを前向きに捉え、見出した新たなやりがい
大学では地質学を専攻していた野村。富士通に興味を持ったのは、就職セミナーで当時の社長・山本の講演を聞いたことがきっかけでした。
「講演の中で『考える前に挑戦する企業』という説明があり、興味が湧きました。講演後に社長と話す機会があったのですが、若気の至りで『大企業の部品になるつもりはない』と正直な想いを伝えたのです。そしたら社長から『うちに向いているから受けてみてほしい』と言われ、富士通を志望することに決めました」
そして野村は、1986年に富士通へ入社。最初に配属されたのは、衛星搭載コンピュータの開発部門でした。
「担当したのは太陽観測衛星のプロジェクトです。太陽で発生するフレア現象を観測するため、高解像度の動画を撮影することがミッションでした。これには簡単なAIを衛星に搭載してフレアを自動判定し、カメラの焦点を合わせる必要があったのです。そこで、衛星搭載コンピューターの開発に挑戦することになりました」
このプロジェクトに6年従事した野村でしたが、組織の改編によってハードウェア開発者からSEへと大きくキャリアチェンジすることになります。その時、心の支えになったのが、L・M・モンゴメリの『赤毛のアン』でした。
「主人公が壁にぶつかったとき、道はまっすぐでないほうがいい、曲がった先に何があるかわからないからこそ楽しいと語るシーンがあります。 キャリアという道は、本人の意図どおりに進まないことも多々あるものです。この考え方を支えに、今までの経験を活かせば、曲がった道もきっと楽しめるだろうと思いました」
こうしてSEとして新たなキャリアをスタートした野村は、衛星管制システムと衛星データ分析基盤の開発・運用に従事。最初は戸惑うこともありましたが、ハードウェア開発者としての経験を活かし、新たなやりがいを見出します。
「衛星の性能や機能は容易に理解できました。ハードウェアの知識があったおかげで、回路図を見れば動作のイメージがつかめたからです。衛星管制システムでは、地球の裏側の技術者とのやり取りも経験しました。
言葉は通じませんでしたが、絵を描いて意思疎通し、多様なバックグラウンドを持つ仲間と協力することに新たなやりがいを感じました」
SE、営業、データ分析。新たな業務への挑戦を通じ、キャリアの幅を広げていく
SEとして13年の経験を積んだ野村。再び組織の改編により、キャリアチェンジすることになります。
「今後の進路を宇宙科学研究所の先生に相談したところ、『最先端の研究技術は民間で活かされてこそ価値がある。だからそれを活かせる職種に挑戦してはどうか』とアドバイスをいただきました。
そこで浮かんだのが、営業職です。最先端技術の価値を民間のお客様に届けるには、自らその最前線に行くのがよいのではと考えました。また、SEが力を発揮しやすいよう、受注の段階から環境を整備することも営業ならできると考え、自ら志願しました」
こうして野村は、2005年からコンサルティング営業に従事。当時施行されたJ-SOX法に対応できるよう、IT統制を支援するコンサルティングを担当しました。その中で営業としての野村が貫いたのは、商材を売ることではなく、お客様と誠実に接する姿勢でした。
「どうすれば売れるかという観点は、正直に言うと持ち合わせていませんでした。その代わり、お客様のためにできることを考え抜き、一つひとつ提案していく。それが私の営業スタイルでした」
野村にとって直接お客様とコミュニケーションを取るのは、初めての経験です。失敗も重ねながら、営業のおもしろさを見出していきました。
「最初はお客様とうまく話せず、否定的な反応をされることもありました。ただ、提案を重ねるうちにお客様とのコミュニケーションも円滑にできるようになり、お客様に直接『ありがとう』と言っていただいたときは、心の底からうれしかったですね。このときのお客様の笑顔は今も忘れられません」
こうして野村は、コンサルティング営業を7年経験。上司の言葉に背中を押されたことをきっかけに、2012年に再び部署異動に挑戦します。
「上司から『新設された部門ならもっと力を発揮できる』と勧められたのが異動の理由です。その部門は、フィールド・イノベータ(FIer)として、お客様と誠実に向き合い、徹底した現場主義でお客様と共に課題を解決することをミッションとしていました。私が日頃から大事にしていた価値観と合致すると考え、異動を決意しました」
お客様から預かった業務データを数カ月かけて分析し、提案する業務に従事した野村。そこではデータを扱う楽しさを経験します。
「これまでもデータ分析の経験はありましたが、見方を変えるだけでこれほど業務に役立つのかという新たな学びが得られました。その知見を活かし、データドリブンによる業務改革を提案できるようになったのは、自分にとっても大きな成長だと感じます」
すべての経験を成長の糧にして。異動を重ねて見えた、自分ならではの役割
2021年に再び組織が改変されることになり、野村はDigital Shifts事業部への異動を決意。現在はデータサイエンティストとして、お客様の業務改革を支援しています。
「具体的には、データ統合・分析プラットフォームである『Palantir』の社内実践や人材育成、教育コンテンツの作成に加え、外部への提供まで幅広く担当しています。その中で実感するのは、これまで培ったすべてのキャリアが役に立っているということです。ハードウェアの知識も、SEや営業としての経験も、今に活かされていると感じます」
キャリアが変化するたびに、新たな環境や技術に対応してきた野村。とくに「Palantir」の登場は、仕事の進め方に大きな変化をもたらしました。
「データドリブンという発想自体は20年ほど前からありましたが、『Palantir』を活用することで、実際にデータを入手してすぐ業務改革に活かせるようになりました。
それまではデータベースやWebアプリを一から作るには長い時間を要していたため、時機を逃してしまうことも多かったのです。『Palantir』では改善点に気づいたらすぐ業務に反映できるのが魅力だと感じます」
こうしてさまざまな部署や職種を経験し、40年近く歩んできた富士通でのキャリア。その中で、自分ならではの役割が見えてきたと語ります。
「私は長く1つの分野を極めてきたスペシャリストではありません。その分、豊富な経験があります。何度も部署異動を重ねる中で、多様なバックグラウンドを持つ仲間とコミュニケーションを取りながら、他者を深く理解する力を培ってきました。
そのスキルを活かしてチームのハブとなり、メンバーが力を発揮できるように支援すること。それが自分だからできる役割だと考えています」
新規事業の創出をめざし、新たな学びに挑戦。自分が明日を楽しく過ごすことを大切に
2022年、野村は新たな挑戦として、アントレプレナーシップ人材の育成と新規事業の創出をめざすプログラム「Fujitsu Innovation Circuit(FIC)」への参加を決意します。
「当時、富士通の新事業モデルである『Uvance』が始動したばかりだったのですが、どのようにビジネスを推進すれば良いかがイメージできていませんでした。そんな折にFICを知り、上司の後押しもあって受講を決めました」
FICでは起業家精神について深く学んだ野村でしたが、その中で新たな課題に直面することになります 。
「起業家に必要なのは、既存の延長線上ではない飛躍的なアイデアを生み出すことだと学びました。しかし、私にはそのために必要な発想力がなかったのです。 この課題を解決するため、2024年から東京都立産業技術大学院大学でプロダクトデザインを学ぶことにしました」
講義を通じてデザイン思考を学ぶことで、野村は新たな発想法を身につけます 。
「いきなり課題を解決しようとせず、一歩引いて『なぜこの課題が生まれたのか』『その人たちがどうなれば幸せか』を考えることが大切だと気づきました。論理だけでなく感覚も大事にしながら、まずは1つアイデアを考え、さらに100、1,000と増やしていく。その先にようやく新しいデザインが見えてくるという道筋を学べたのは、とても楽しい経験でした」
年齢を重ねても、学ぶことの楽しさは変わらない──そう語る野村は現在、カーボンクレジットと森林保護の分野で、新規事業の創出をめざしています。
「今、カーボンクレジットの仕組みが広がり、森林保護の動きが進んでいます。ただ、森林を守りながら建材や家具などに活用するにはサプライチェーンが非常に複雑で、まだ十分には機能していません。
そこで『Uvance』として、この分野に適した商品開発ができないかを模索中です。新規事業を創出することで、『Uvance』の成長に貢献していきたいと考えています」
自ら学ぶべき分野を見つけ、挑戦を続ける野村。学び直しに躊躇している同世代の仲間に向けて、優しく語りかけます。
「今は余力がないなら、無理して学ばなくてもいいのです。人それぞれに楽しいと感じることは違うので、自分がどうすれば明日を楽しく過ごせるかを考え、それに向かって前進することが何より大切です。選んだ道がまっすぐでなくても、それをおもしろがって進むこと。そうすれば新たな可能性が開けると信じています」
※ 記載内容は2026年1月時点のものです
