心理学と生成AIを融合。ミリ波センサーの活用により、「ありがとう」と言われる技術
富士通研究所のコンバージングテクノロジー研究所で、プロジェクトディレクターを務める紺野。特定の目的を達成するために異なる分野を収斂する融合技術「コンバージングテクノロジー」の研究に取り組んでいます。
「最新のテクノロジーとして生成AIの活用は重要ですが、それだけでは『人』を起点とした複雑な社会課題を解決することはできません。そこで私たちは、人文社会科学の中でもとくに心理学の知見と生成AIを組み合わせることで、特殊詐欺やカスタマーハラスメントなどの社会課題の解決をめざし、社会実装に取り組んでいます」
紺野が推進しているのは、主にミリ波センサーを用いた社会実装です。映像解析技術の開発を行っていた中で、ミリ波センサーの可能性に着目しました。
「もともと監視カメラの映像を解析して防犯に役立てる技術を開発していたのですが、監視カメラだとプライベートな空間には利用できないという課題がありました。そこで着目したのが、5Gと同じ周波数帯域の電波を使用するミリ波センサーの技術です。
カメラを使わずプライバシーを保護しながら、人の動きだけでなく呼吸や筋肉動作などのバイタルデータを収集することが可能です。こうした特性を活かし、さまざまな用途での活用が進められています。
その1つが、高齢者施設での見守り支援です。患者様の転倒や心拍停止などの異変を検知し、ナースコールと連携してアラートを発報するシステムを通じて、患者様の安全や介護従事者様の業務負担を軽減するサービスを提供しています。
また、バイタルデータを活かしてカスタマーハラスメントの疑似体験ができるAIツールも開発しました。従業員のストレス反応に基づいて研修難易度を調整するなど、企業の人材育成の領域においても有効性の検証を行っています」
こうした研究において紺野が重視しているのは、「すごい技術」よりも「社会に役立つ技術」です。この考えは、研究を重ねる中で身につけたものだと話します。
「30代の頃は、論文発表を通じて学術的な評価を得ることが重要だと考えていました。しかし高い評価を得ても、それが製品化されて人のためにならなければ、社会貢献につながらないと気づいたのです。この経験から、実社会で役に立ち、誰かに『ありがとう』と言ってもらえる技術を追求するようになりました」
そしてもう1つ、紺野が研究者として大切にしていることがあります。
「私は『現場にこそ、技術課題の本質と解決のヒントがある』と考えています。入社して7年間、SEとしてお客様先に常駐していた経験から、研究所でもお客様との接点を持つことを大事にしてきました。お客様が本当に求めていることは、直接お話しして現場を見なければ真に理解することはできません。そのためお客様先を訪問し、自分の目で現場を確かめることを重視しています」
開発した技術を自ら試す。身をもって検証することで、製品化を実現したAIエアコン
学生時代は、医学と工学を融合した医用工学を学んでいた紺野。人工心臓の開発に取り組み、修士課程では生物学に転向してタンパク質の構造解析を行っていました。そうした経歴を活かせる場を求め、富士通に入社します。
「工学と生物学を融合した研究がしたいと思っていた中で、やりたいことを実現できる環境があったのが富士通でした。入社後はSEとしてお客様先に常駐し、生物学と情報学を融合したバイオインフォマティクスの国家プロジェクトに従事し、マネジメントを担当。ヒトの遺伝子情報を解析して疾患の要因を探り、疾患予防の創薬に活かす研究に取り組みました」
7年間の常駐後、紺野はポスティング制度を活用して研究所に異動。データ解析のスキルを応用し、クレーム発生の要因分析やSNSの炎上予測などに携わりました。そして2017年には人工知能研究所に異動し、AIエアコンの開発に取り組みます。
「エアコンの操作ログを活用し、省エネと快適性を両立する技術の開発に挑みました。まず大量のデータから快・不快の条件を分析し、最適な機械学習モデルを構築しました」
モデルの性能を確かめるため、紺野は自宅にエアコンとセンサーを設置。自らが被験者となり、1カ月間におよぶ実験を行いました。
「構築したモデルを実際に試してみたところ、部屋が冷えすぎて快適ではありませんでした。そこで間取りに適した風向きや夜間の温度設定などのデータを収集し、操作ログをもとに30分〜1時間先の状態を予測して自動調整するプログラムを開発。さらに消費電力との関係性も検証し、お客様にもその性能を体感していただいたことで、製品化を実現できました。
AIが導き出した答えが本当にいいかどうかは、実際に試してみなければわかりません。自分で身をもって確かめたからこそ、自信を持ってお客様におすすめでき、製品化につなげられたのだと思います」
特殊詐欺の防止をめざして。心理学を一から学習し、AIとの融合によるツールを開発
2022年からコンバージングテクノロジーの研究に取り組んできた紺野。その中でもとくに印象深いのは、特殊詐欺の防止に役立つ技術の研究だと話します。
「3年におよぶ研究の末、犯罪心理学と生成AIの融合による特殊詐欺防止訓練のためのAIツールを開発しました。これは、詐欺の典型話法を学習したAIトレーナーと会話し、最新の手口をリアルに疑似体験できるツールです。実際の通話を想定した練習と結果の振り返りにより、高齢者様の防犯意識の向上に貢献します。
この研究にあたって最初に私が取り組んだのは、心理学を一から学ぶことでした。良い研究のためには関連分野を深く理解する必要があると考え、論文執筆ができる水準まで知識を習得したのです」
新たに身につけた心理学の知見を活かし、紺野は倫理審査のための書類作成や心理実験の設計も自身で実施。高齢者様に対する特殊詐欺の訓練も自ら行いました。
「特殊詐欺の手口を再現して高齢者様に体験してもらう訓練に、私は指導員として参加しました。心理学の知見があったからこそ、高齢者の方々の内面がどのように変化して詐欺被害に遭ってしまうのかを明確に理解できたのだと思います。
こうした心理学の専門知識と、徹底した現場主義が実を結び、AIツールは兵庫県様に正式に採用していただけることになりました」
今回の心理学に限らず、新たな分野を学ぶことは、紺野にとってワクワクする体験だと話します。
「時代が急速に変わっていく中で、新たな分野への挑戦を通じて自分自身も変わっていかなければ、社会に本当に必要とされる技術を生み出すことはできません。そのためにも学ぶことが大切ですが、知識が増えるほど自分の可能性が広がるので、私にとって学びはいつもワクワクする体験です」
研究者として飽くなき探究心を持ち、心理学、生物学、AIと、幅広い分野で精力的に学会発表を行っている紺野。活動するほどにモチベーションが高まると話します。
「研究活動に全力を注ぐほど、これほどやっているのだから必ず人のためになる良い技術が開発できるという自信が湧いてきます。その中で最近実感するのは、生成AIの普及によって各研究分野の垣根が低くなってきたということです。
どの分野でも生成AIをどう応用するかが研究対象となってきたことで共通言語が生まれ、専門領域を越えた議論が活発化しています。私自身、早い段階から境界領域の研究に取り組んできたため、どの分野でも有意義な議論ができることに気づきました。これまで蓄積してきた知識がつながり、社会への応用アイデアが次々と生まれています。数年後にはより大きな社会貢献ができるという期待感が、自分の中で日々高まっています」
日本の技術力向上に貢献するために。富士通の風土を活かし、これからも新たな挑戦を
「技術の力で社会をより良くしたい」──その想いを胸に研究に邁進する紺野。今後の目標についてこう語ります。
「私の目標は社会貢献ですが、企業の研究者である以上、ビジネスにつなげることが大切だと考えています。ビジネスが成功すれば、より多くの研究者を雇用でき、日本の技術力向上に寄与できるからです。
その実現に向けた取り組みの1つとして、東洋大学と連携し『コンバージングテクノロジー研究大会』を設立しました。研究内容の発表を通じて心理学者と企業や内閣府、文部科学省といった国家機関をつなぎ、心理学の社会実装をめざして活動しています。
また、日本の技術力向上には人材育成も重要だと考え、寄付講座の講師として、大学生にコンバージングテクノロジーについて教える活動も行っています。講座を通じて文系学生の方に理系領域に興味を持ってもらえるなど、後進の育成に貢献できることにやりがいを感じています」
チャレンジ精神を忘れず、次々と活動領域を広げている紺野。新しいことに挑戦できるのは、研究者を支える土壌が富士通にはあるからだと話します。
「富士通で20年以上働いてきて感じるのは、新しい提案を受け入れてくれる度量の広さがあるということです。特殊詐欺というニッチな研究テーマに対しても、上長は『おもしろいからやってみたらいい』と、快諾してくれました。社員のやりたいことに耳を傾け、挑戦の機会を与える風土があることが富士通の魅力だと感じます。
富士通は理系の会社だと思われる方も多いかもしれませんが、文系・理系といった区分にとらわれず、まず飛び込んでみてほしいです。社会貢献したいという同じ想いを持つ方と一緒に、技術の力で社会をより良くするための挑戦ができるのを楽しみにしています」
さらに紺野は、同じ立場で活動している社内の研究者たちに対しても、メッセージを送ります。
「私が研究者として何より重要だと思うのは、やはり現場に行くことです。自身の技術が実際に社会で役立つかどうかは、どれだけ論文を読んでもわからず、答えは現場にしかありません。お客様と対面でお話しし、真の課題を理解できれば、具体的なソリューションがイメージでき、研究のモチベーションにもつながります。
忙しくて現場に行く時間がないと思うかもしれませんが、チームで協力して作業をうまく分担すればきっとできるはずです。ぜひ現場で課題の本質を見極め、人のためになる技術の開発をめざしてほしいと思います」
※ 記載内容は2026年2月時点のものです
