キャリア20年を越え、手を挙げた社内公募。思い入れのある土地で新たな挑戦を決意
2022年、社内公募に手を挙げ、地域DX人材としての活動をスタートした2人。システムエンジニア(SE)として長くキャリアを築いてきた泉川は、応募を決めたきっかけをこう振り返ります。
泉川:これまで20年以上にわたり、SEとしてお客様のもとへ直接赴き、ソリューションを提供してきました。そのうちの11年間は製薬企業様を担当し、お客様の先にいる患者様のウェルビーイングにもつながるやりがいのある仕事と思っていました。
しかし、盛岡市で地域DX人材を募集する社内公募を目にした時、お客様や社会への貢献とは異なる魅力に心を揺さぶられ、自分がやるしかないという思いが込み上げてきました。
盛岡市は、泉川が学生時代を過ごした土地。関東に家を構え、地元に戻るつもりはなかったと言う泉川の背中を押したのは、身近な人の役に立ちたいという想いでした。
泉川:私の地元は盛岡の隣町で、盛岡は友人や親戚も暮らす縁の深い土地です。一方で私自身は、上京してから盛岡との関わりが薄れ、帰省しても、立ち寄ることなく通過するだけの存在になっていました。盛岡市が地域DX人材に求める「関係人口が盛岡市とのつながりを感じられる仕組みづくり」というミッションは、まさに自分のような人たちを地域とつなぎ直す仕事だと感じたのです。
そして、住民の方々が暮らしの中で不便に感じていることを、DXによって解決する。顔が浮かぶ身近な人たちの役に立てると考えると、これまで行政のお客様を担当したことはありませんでしたが、これまで築いてきたキャリアを大きく転換することへの迷いはありませんでした。
同じくSEとして、自治体向けインフラの基盤構築に長年従事してきた秦。お客様と関わる中で芽生えた想いがきっかけとなり、地域DX人材への応募を決意しました。
秦:自治体の業務プロセスや意思決定の流れは、約20年の経験から把握できているという自負がありました。ただ、どれほど長く経験を積んでいても、お客様の視点に立ちきれていないというもどかしさを感じていたのです。
お客様がどういう想いで予算を執行しているのか、当社だけでなく他のベンダーも含めてどのように評価しているのか。そうした本音の部分は、外部からソリューションを提案しているだけでは把握できません。お客様の本当の想いを理解するためにも、現場に入り込み、自治体職員の1人として課題に取り組む経験が必要だと考えました。
以前より地域DX人材プロジェクトに興味を持っていた秦。思いがけず社内公募があったのは高校時代を過ごした福島市でした。
秦:キャリアが20年を越え、自身の思考が固定化されつつある現状に強い危機感を抱いていました。募集を見た瞬間、これは自分の視点を変える絶好のチャンスだと思ったのです。福島市であれば、週末には仙台の自宅へ戻れるため家族の理解も得やすく、単身赴任で地域DX人材として働くことを決意しました。
現場で直面した自治体ならではの壁。アナログな面も活かしつつ、段階的にDXを推進
志を胸に、2人が飛び込んだ自治体の現場。しかしそこには、民間とは大きく異なる業務慣習がありました。
泉川:あらゆる業務において「紙」が中心で、とくに資料の決裁は全員の目で見てミスを防ぐという文化が根付いていました。デジタルツールを使えば簡単に見つけられる誤記が、紙の回覧では見落とされるリスクがあります。他にも共有カレンダーを確認せずに電話で在席確認を行うなど、ツールがそろっていても活用が進んでいない状況でした。
しかし、そうしたアナログなプロセスが組織のガバナンスを支えてきたという歴史的背景もあり、DXを推進するハードルの高さを実感しました。
変革の難しさは、組織の構造にも起因していると泉川は分析します。
泉川:自治体の業務は単年度予算や数年おきの人事異動が前提となるため、中長期的な変革に取り組みづらいという課題があります。また、長年続けているやり方が当たり前となり、それが課題であると認識されていないケースも少なくありません。
さらに、組織が縦割りで業務の所管が明確に線引きされているため、複数の課に共通する課題があっても全庁横断的に解決することが難しいのです。こうした自治体特有の背景を汲み取らなければ、民間からの提案は現場に届かないと痛感しました。
その一方で、自治体だけでこのような状況を打開することは困難であり、民間から内部に入り込んだ自分が取り組むべきだと考えました。
そこで泉川は、複数の課を横断するワーキンググループの立ち上げに着手します。
泉川:全体最適を図るには、まず共通の課題に一緒に取り組む場が必要だと考えました。そして、課題が解決されたイメージを共有し、単年度にこだわらず、事業立案をめざしました。そもそもDXとは1つの事業を実施して終わりというものではなく、継続的に取り組むことが重要だという意識を醸成していきました。
一方、自治体案件を長く担当してきた秦も、DXを推進する土壌づくりの難しさを福島市で実感していました。
秦:約20年前に初めて自治体案件を担当した際、メールアドレスが1人に1つではなく、1つの課に1つしかないと知って驚いた記憶があります。
そして2022年に福島市に出向することになり、地域の中小企業の連絡手段を確認したところ、状況はほぼ当時と同じで唖然としました。商工会議所の会員約4,000社のうち、メールでやり取りできるのは約35%ほどで、電話や対面でのやりとりが基本だったのです。
そこで秦は、施策の1つとして地域企業向けにデジタル化推進フォーラムを開催。しかし、ここでも壁に直面しました。
秦:まず集客に苦労しました。商工会議所の会員向けにメールで周知したのですが 、効果は限定的でした。一方で一度でもお会いした方に直接お声がけすると、快く参加してくださったのです。デジタル化を進める前に、まず対面で話すというアナログな方法で信頼関係を築く必要があると気づきました。
この気づきが、秦が地域DX人材として活動する方針を形づくっていきます。
秦:一度つながりができれば、その後はコミュニケーションが円滑に取れるようになります。いきなりデジタルにシフトしようとするのではなく、アナログな接点をつくりながら少しずつ移行していく。そうして自治体や地元企業の現状に最適な方法を探りながら、段階的にDXを進めることが大切だと考えるようになりました。
制度をつくるだけで終わらせない。地域との関係性を築きながら、広げた支援の輪
組織横断でDXを推進すべく、ワーキンググループを立ち上げた泉川。DX推進の指針となる戦略の策定では、盛岡市民の声を集めることにも力を入れました。
泉川:DX戦略の策定にあたり、自治体職員の意見を聞くだけでなく、ワークショップやアンケートを通じて住民の皆様の声を集めました。
盛岡市のありたい姿を描くワークショップでは、泉川の想定とは異なる意外な盛岡の未来像が浮かび上がりました。
泉川:「めざすべき盛岡市の姿」を、住民の皆様に自由に話していただいたところ、若い世代からも「自然が豊かなのでもっと活かしたい」という声が聞かれました。デジタルだけでなくアナログな魅力も大切にしながら、持続可能なまちづくりをめざしていく。そうした方向性が、ワークショップやアンケートから見えてきました。
住民の声を活かしつつ、泉川は関係人口を拡大するための施策を展開。関係人口データベースと県外在住者向けのファンクラブ制度「MORIOKA CONNECTION ID(MCID)」を構築しました。
泉川:工夫したのは、盛岡を思い浮かべてもらう仕掛けです。たとえば、新規登録の際にたくさんの盛岡ならではのワードの中から1つ選んでもらい、選択肢を見ながら情景を思い浮かべたり、一番のお気に入りや「推し」を再認識してもらいます。その中で大切にしたのは、地元企業との協働です。特典の1つであるキーホルダーは、地元のデザイン会社と協力して制作しました。スマホを見なくてもキーホルダーが目に入り、盛岡とのつながりを感じられます。
ファンクラブの特典として、関係人口が集まるリアルな拠点「盛岡という星で BASE STATION」でキーホルダーに刻印できるサービスも考案したり、既存の関係人口事業で制作していたハガキやポスターを活用したり、プロモーション素材として制作した盛岡名物のじゃじゃ麺や冷麺のイラストで缶バッジを作ったりすることなどです。
盛岡市の関係人口である自身の視点を活かして今ある資産を有効活用し、金銭的なインセンティブではなく、盛岡とつながりたい気持ちをくすぐるようなプロモーションを考えました。
一方、福島市で地元企業との関係づくりに注力していた秦は、「福島市デジタル人材バンク」の運営を担当。デジタルスキルを持つ人材と、デジタル化を進めたい中小企業をマッチングする活動を推進しました。
秦:当時の木幡市長が地域の声を聞く中で、スキルを持ちながらも子育て中でフルタイム勤務が難しい女性が多くいることを把握していました。
一方で、デジタル化が進まず困っている中小企業が数多く存在しています。両者を福島市がマッチングすれば、新たな価値が生まれるのではないか。その構想を具体的な制度として組み立て、運営していくのが私の役割でした。
しかし、デジタル人材バンクの設置当初に届いた支援依頼はごくわずか。転機となったのは、地元企業との直接的なつながりでした。
秦:福島市が誘致を支援したデジタルハリウッドSTUDIO福島様の施設を見学した際、遠方のトレーナーに来ていただいて運営している話を伺いました。そこで地元のデジタルクリエイターに声をかけ、その人材をご紹介したのです。それを皮切りに人材に関するさまざまな相談をしていただけるようになり、多くの支援が実現できました。
企業が抱える課題を1つでも多く解決するため、そして地域で活躍するデジタル人材を一人でも多く輩出するために 、デジタル人材バンクの活動を広げていきました。
秦:複合機の販売会社でありながら、ペーパーレス化を支援する東北コピー販売様や、生成AIを活用したコンサルティングを行うXenkai様など、福島市にはデジタル化を支援するさまざまな企業が活躍しています。こうした企業と連携を図りながら、地域のデジタル化を推進する取り組みを着実に広げていきました。
現場に寄り添い、成果を追求する。3年間の任期を経て実感した、地域DX人材の価値
地域DX人材として、3年間の任期を終えた2人。秦は福島市での経験を振り返り、外部人材だからこそ果たせた役割があったと語ります。
秦:自治体では、施策や制度をつくることがゴールになってしまいがちです。そうではなく、活用までを伴走支援して成果を生み出すことが、現場に入り込む地域DX人材ならではの価値です。私が担当したデジタル人材バンクも、民間企業としてのノウハウを活かし、仮説と検証を繰り返したことで着実に成果を生み出せたと感じています。
自治体は前例踏襲で業務を遂行しようとする文化が根強いため、職員の方々がDXに取り組むのは容易ではありません。富士通Japanから派遣された専門人材だからこそ、信頼して任せてもらうことができ、変革を受け入れてもらえたのだと考えています。
泉川は、外部の専門人材という信頼性に加え、自治体職員の1人としてDXを推進することに意義があると言います。
泉川:盛岡市が地域活性化起業人制度を活用したのは、今回が初めてでした。そうしたことも踏まえ、外部の専門人材ではなく、職員の方々と同じ目線で内側から一緒にDXを推進することを意識しました。
現場に寄り添いながら、一緒にゴールを設定し、取り組んでいく。そうした姿勢があったからこそ、職員がDXを自分ゴトとして捉え、自分達でもできると感じられたのではないかと思っています。そして単年で終わりではなく、数年で考えたり、毎年改善を繰り返したり、そのプロセスを示できたことも、単なるツール導入にとどまらないDXの支援につながったのではないかと考えています。
専門人材ならではの知見を活かし、現場に伴走しながらDXを推進してきた2人。デジタル化の課題を抱えている自治体の方々に、伝えたい想いがあると言います。
泉川:DXを自力で推進するのは難しいため、まず相談できるパートナーを持つことが大切だと思います。地方創生人材支援制度などを活用したくても、課題を具体的に整理できず二の足を踏んでおられる自治体の方も多いのではないでしょうか。そのような段階でも、ぜひ気兼ねなく私たちに相談してほしいと思います。
秦:自治体の職員の方々に問いかけたいのは、「仕事は楽しいですか」ということです。新しい取り組みを「やってみる」という選択肢ではなく、「やらない」選択肢を選ぶだけでは、仕事は楽しくならないのではないでしょうか。
現状をより良く変えていくために、私たちは徹底的に伴走支援します。職員の方が新しい取り組みにチャレンジし、仕事を楽しむ姿勢が、結果的に住民の皆様のサービス向上につながっていく。そんな好循環を、ぜひ一緒につくっていきたいと思います。
※ 記載内容は2026年3月時点のものです
