のびのびと育った幼少期。“好きこそものの上手なれ“で成績優秀に。
3人兄弟の末っ子として育った井出。兄と姉とは年が離れていたこともあり、自由にのびのびと育ったと言います。
「宿題をやりなさいだとか、勉強をしなさいみたいなことを言われたことがないんです。逆に、まだ小学校に上がる前だった私にとっては兄や姉が宿題をやっているのがかっこよく見えて“私も早く宿題がしたい!”と憧れていたのを覚えていますね」
優しい兄と姉に囲まれて育ったためか、人見知りもせずにみんなと仲良くできるタイプだったという井出。
「今もそうですが、子どものころから人見知りはしないタイプです。遊ぶときは外ではなく家でみんなでゲームばかりしていましたね。兄のゲームで遊ぶこともあって、一度ゲーム内の貴重なデータを消してしまったことがあったのですが兄はまったく怒らなくて。甘やかされて育ってきたなと思います」
のびのびとした子ども時代を過ごし、中学生になってからは部活より勉強をたくさんしていたと言います。
「部活は家庭科部に入っていたのですが、活動もそれほど多くなくゆったりとした部活でした。集まって刺繍や料理をして、家庭科室のベランダから運動部が頑張ってる様子を眺める、みたいなことをしてましたね。中学時代はどちらかというと勉強をたくさんしていた記憶のほうが多いですね。塾も行っていましたが、授業後に先生に質問しに行くような子でした。数学と英語がとくに好きで、成績も上位をキープできるようにしていました。 一度も強制されたことがなかったからこそ、勉強を好きなままでいられたのかなと思います」
現在にもつながる軽音との出会い。バンド活動とアルバイトに明け暮れた大学時代。
高校に進学し、音楽部に入部し軽音を始める井出。ただ当時は努力しきれない場面もあったそう。
「部内に他にすごく上手な子がいたので、頑張っても負けてしまうというのがしんどくてあまり頑張れなかったんです。楽しくやれたらいいと思っていましたし、歌は子どものころからずっと好きだったので、活動自体は楽しかったですね。音楽部なので合唱もしたり、軽音では文化祭の中でコピーバンドで歌ったりできたのはいい思い出です。今も社内でバンドを組んで活動しているので、この頃の経験は現在にもつながっていますね」
高校卒業後の進路は当初、製薬に憧れがあり薬学部へ行きたかったという井出。
「自分が作った薬が世に出るってすごくかっこいいなと思って高校2年生までは薬学志望だったのですが、なかなか難しくて近しいことが学べる園芸学部へ進学しました。ただ、大学に入ってからは授業の内容が難しくて勉強自体が好きではなくなってしまって、サークルとバイトばかりしていましたね。軽音サークルに入って毎月ライブに出ていました。アルバイトは飲食やカラオケ店などを並行してたくさん働いていました。暇な時間が苦痛なタイプなので、たくさん働くことについてはもともと抵抗がなかったですね」
勉強よりもサークルに力を入れるようになり、将来も研究職ではなく就職を考えていた井出が就活を始めたのは大学3年生の後半だそう。
「同級生がいろいろな会社のインターンに行っていたということをぜんぜん知らなくて、出遅れてしまったと気づいて慌てて就活を始めました。学部で学んだことを活かすには大学院まで行かないといけないので、その方向は考えていなかったですね。就職するなら手に職をつけたいな、と思ってIT系の企業に就職したいと考えるようになりました」
アスノシステムとの出会いはその頃のこと。冬に1Dayインターンへ行ったことがきっかけだったと言います。
「夏のインターンに出遅れたので何か参加したいな、と探していたところ見つけたのがアスノシステムの1Dayインターンでした。あまり詳細は覚えていないのですが、グループワークをしたと思いますね。インターンを経て面接も受けてみようと思い、最終的にはアスノシステムともう1社内定をいただいて、就活はそこで終わりにしました」
人柄のよさに入社を決めた未経験の仕事。チャレンジを重ねて気づけば一人前に。
アスノシステムへの入社の決め手は社長や社員の人柄だったという井出。
「選考の最後に社長面談があって、すごく和気あいあいとした楽しい雰囲気で話せたんです。最後に質問はあるか聞かれたので合否はいつわかるのか聞いたら逆にいつがいい?と聞かれて、早いほうがいいです、と伝えたらその場で合格をいただきました。そういう空気感がすごくいいなと感じたんです。それと、インターンの場でお話しした人事の方々の人柄も決め手の一つでしたね。他社と比べて、やわらかい印象というか。いい意味でIT企業っぽくないという印象でした」
人柄を見て入社を決めたため、入社後のギャップもなかったと言います。
「仕事内容についても想像していたものと乖離はなかったです。ただ、未経験での入社だったので研修期間は他の経験者と比べて焦ったり、けっこう大変でしたね。OJTになってからは、研修で学んだJAVAではなくローコード開発からスタートしました。私が未経験からの入社だったので、新しい技術をやるにはぴったりの人材なんだろうなと思いながら毎日頑張っていました」
未経験から始めた井出も、現在は要件定義から保守までを担当する立派なエンジニアとして活躍しています。
「お客さまの要望に対して、どんなことができるかをお話しして設計書を起こして、プログラミングをして、というのをひととおりやっています。小規模な案件が多いので納品まで自分一人ですべて行うことも多いですね。入社した年の9月にはお客さまと直接お話ししていたので、どんどんチャレンジしてみることで気づいたらできるようになっていったという感じです」
人見知りはしないと言っていた井出ですが、お客さまと話す際に思い悩むことがあると言います。
「人見知りこそしないのですが、言葉遣いや言い回しなどがうまくできずに、あとで思い返して“もっとこう言えばよかったな”と反省する場面が多いんです。とっさに言葉が出ずに直接的な表現になってしまったり、そこが難しいなと感じています」
きちんと評価してくれる環境だからこそ頑張れる。道標となっている上司の存在。
そんな井出の印象に残っている出来事は、とある失敗の経験なのだそう。
「初めてPM(プロジェクトマネージャー)をすることになったのですが、タスク管理もうまくできず、週次報告の準備にも時間がかかり、開発もうまくいかず、となかなか厳しい状況になってしまい、最終的には上司に代わっていただいたのが苦い思い出です。もしまたPMにチャレンジできるなら、資料の標準化を意識したいと思います。失敗の要因として、資料の整理ができておらず、人員追加のたびに口頭説明になってしまったことで時間はかかるし抜け漏れはあるし、となって崩壊していったなと思うので。コーディングルールだったり資料の標準化だったり、時間はかかるけれど後々を考えると必要だったなという反省がありますね」
失敗を反省し次に活かそうという姿勢のある井出の仕事へのやりがいはその環境にあると言います。
「もちろんお客さまにとっていいものを提供したいという気持ちはあるんですが、何より上司の手を煩わせたくないという思いが強いです。というのも、私にとって上司が一番の目標だからなんです。頑張ったときにその頑張りをきちんと評価してくださったり、忙しかった月には“今月もありがとう”と声掛けをしてくださったり、ちゃんと見てくれているんだと感じられることが大きなやりがいにつながっています。他にも上長の会議で共有されているのか、他部署の人から“今は○○を頑張っているらしいね”だったり“○○さんが褒めていたよ”と声をかけていただくこともあって、それがすごくうれしいですね」
目標だと語る上司のことを話し始めると尊敬の言葉が止まらない井出。
「そういった部下への接し方ももちろんなのですが、お客さまとのやりとりや技術力の高さ、メールの文面の読みやすさも本当にすべてが完璧なんです。それからいつも余裕のある対応をされているのも尊敬します。何を聞いても返してくださって、すごく忙しいはずなのにそれを気づかせない余裕があるんです。いつかは私も上司のようになりたいと目標にしていますが、まだまだ遠いですね」
いちばんの目標が身近にいる環境で、向上心をもって日々成長を重ねる井出。これからのさらなる活躍に期待が高まります。
※ 記載内容は2025年6月時点のものです
