将来を考えて進んだIT業界。顧客との関係値の上で始まった営業人生
学生時代は専門学校で情報処理を学んでいた栗原。ITの道に進んだ理由は「パソコンを触りたいという思いと、手に職をつけたかったから」と語ります。
「当時、普通科の高校にはパソコンがありませんでした。ただパソコンが使えれば仕事はいっぱいあるような時代だったので、IT系の学校へ進もうと思って専門学校へ進学しました。
就職も、早いうちに希望通りのIT業界に決まりました。ただ、専門学校で習ったのは、直接仕事の現場で使えるような言語ではなく、銀行やクレジット会社、電力会社の基幹システムなどの大きなところ向けのものだったんですね。
なので、専門学校で学んだことは直接は使えなかったんですが、専門用語や考え方の部分なんかは役に立ったかなと思います」
入社してから使用する言語を学んだ栗原ですが、営業経験がなかったにもかかわらず、3次元グラフィックス関連のプロジェクトを立ち上げて受注までつなげた実績があります。
「同じ部署に入ってきた新人のかたがもともと3次元グラフィックスの勉強をされているかたで、いろいろと雑談している中で『こういうものも作れるんじゃないか』『できます』というような話になって、それでプロトタイプを作りました。
それで、当時私が仕事をしていた会社のかたに思い切ってプレゼンをしてみたら、今まで取引のなかったところから直接発注いただけたんです。当時の会社には営業担当や営業部みたいなものがなくて、自分で仕事を取っていくしかない環境だったんですが、だんだん周りが辞めていって、私がチームでも上の立場になっていって、これは自分がやるしかないなとなりました。
そのころは、会社に出社せずに客先に常駐で、ずっと仕事の話からお金の話まで会話していた環境下だったこともあって、関係値ができていたうえで話せたというのが大きかったですね。
それが、わたしの営業人生のはじまりです」
営業の道に転換して経験した、挨拶の大切さを噛み締めるドラマのような出来事
徐々に営業としての仕事が増えていく中で、もともとパソコンを触っていたいという希望があってIT業界をめざした栗原の気持ちに変化が起こりました。
「3次元グラフィックスのプロジェクトを立ち上げたころに、可愛がっていた人でかなり年下の新入社員がいたんですが、プログラムの組み方とか発想がもう敵わないなと感じました。プログラムの組み方が本当に素晴らしくて、この発想は私にはないなと思いましたね。
そのときに、高品質の担保だったりお客様と話をしたりするほうが私はチームの役に立てるなと気がついたんです。本当はもう少し現場もやりたかったけれど、ちょっともう無理かなと。
単純にお客様と話をしてお仕事がとれたら楽しい、みたいな営業なりの楽しさもありましたし、これからも仕事にかかわっていくなら営業のほうがいいのでは、と考えが変化した感じです」
そんな前職での仕事で、印象に残っている出来事があると語ります。
「3次元グラフィックスのプロジェクトのときに現地に調査視察に行ったときのことなのですが、その視察先で朝早く現地撮影を進めているときに掃除のおじさんがいまして、掃除をしていたんですね。それでその横を通るときに、チームの一部が挨拶をせずに通り過ぎてしまったんですが、そのかたがなんと視察先の所長さんでして。その後、事務所の中に呼ばれて、社員さんが全員座ってらっしゃるところで『お前ら挨拶せんとはどういうことや』と。そのときに持っていたカメラの中身を全部見せろ、目の前で消せ、ということになりまして、結局すべて削除してそのまま福岡までとんぼ返りすることになりました。
社員さんはフロアにみなさんいらっしゃるんですが見て見ぬふりで、所長さんは怒鳴ってらっしゃるし、いや本当に、挨拶って大事だなというのを一番感じた出来事ですね。その後も、視察には2週間くらい行かせていただけなくて、仕事もどんどん遅れていきました」
そんなドラマのような出来事もありつつ、営業としての経験を着々と積んでいった栗原ですが、意外にも売上数字で悩むことはなかったと言います。
「数字が足りてないな、と感じることはあってもそれで悩むことはなかったですね。まあ、時代や運もあったと思いますけど。でも、苦手な人と話すのが嫌で、当時、勤め先の社長に『あの客先に行きたくありません』って選り好みを言って怒られたりしていましたね。『営業はそうじゃダメだ』とずっと怒られていました」
ご縁でつながった会社で11年。長いものに巻かれて結果を出してきた
そんな栗原が、転職を考えてアスノシステムへ入社したきっかけは東日本大震災でした。
「当時、ずっと電力会社でお仕事をしていましたが、震災の影響で仕事がすべてなくなってしまったんです。発電所を新しく作るとかそういう話がすべてなくなったんですよね。それで、当時働いていた会社はその仕事にかなり依存してしまっていて、それをきっかけに転職しようと決めました」
前職の会社を退職してから1年ほどの“休憩期間”を挟んだ栗原。その後転職活動を経てアスノシステムに入社を決めました。
「そのときは、もうずっと遊んでいましたね。妻の実家がある離島と私の実家がある村で過ごしていました。でも、子どもがまだ小さかったので周囲から早く働いたほうがいいと言われて面接を受けました。
大きい会社から受けていって、面接までたどり着いた中で一番大きかったのがアスノシステムでした。アスノシステムのこともハローワークで知って、という流れなのであんまりドラマチックな展開とかはないんですが……、まあご縁ですよね」
アスノシステムへは営業として入社し、11年経った現在も営業とマネジメントを主な業務としている栗原。数字の獲得をミッションとする中で大切にしている座右の銘があります。
「『石の上にも三年』と『長いものには巻かれる』ですね。何事も続けてやっていれば何かが見えてくるんじゃないか、という思いがあります。ITの進化は早いですし、どんどん新しい言語が出てきたりするので、あまりすべてが見えきっていなくてもやっていく、というところですね。
あとは、タイミングもいろいろとよかったのかなという気もしています。アスノシステムに入社した最初の1年はひたすらお客様リストにテレアポをかけていたんですが、そういう泥臭い営業をしたら結果がちゃんとついてくるようなタイミングだったなと感じています」
成熟した企業になる未来のために必要な、若手の成長と新しい人材
長年営業として働いてきた栗原が思い描く“これから”には、アスノシステムの明るい未来がありました。
「いまの若い世代のリーダーくらいの社員たちが課長とか部長とかになって偉くなっているのを見たいなと思っています。組織としての成長というか、まだシステム会社として成熟しきっていない部分があると感じているので、そういったところがどんどん育っていってほしいですね。
私はこれからもずっと営業をやっていくと思うので、そうなったときに『うちの会社、すごいやろ』って言いたいなと思います」
そんな栗原がいま、アスノシステムに入ってきてほしい人材についてこう語ります。
「エンジニアをやっているし、好きだけど、人と話すことも好きで営業にチャレンジしたい、というような人がいらっしゃったらうれしいなと思います。ずっと営業だけやっているという人より、エンジニアの経験があってプログラミングやシステムが好きでよく喋る、みたいな人がいいなと感じますね。
たとえば、前の会社で営業にチャレンジしてみたけど、数字目標が厳しくてうまくいかなかった人は、アスノシステムは直接的にうるさく責められることがないので合うかもしれません。どちらかというと、じわじわと周りから固められるというか、でもノルマもないですし、そういった方は働きやすいんじゃないかな」
自身のスタイルは『丸投げ』だと言われると語る栗原ですが、別の部署の営業メンバーからもよく相談を受けたりするなどいわゆる“背中で教える”タイプ。
最後に、栗原にとっての“営業”とは?と尋ねると、楽しそうにひとこと。
「飯のタネです」
まっすぐで、正直な印象そのままの答えを返してくれた栗原。未来のアスノシステムの成熟に向かって、これからも福岡から営業たちをリードしていきます。
※記載内容は2023年6月時点のものです
