人の話をよく聞きアドバイスは素直に受け入れる。そうして決めて来た進路
学生時代は化学科で物理化学や生物化学を学んでいた中井。進路の選択は父親の助言があったからと振り返ります。
「将来何がやりたいといった明確な目標もまだなく迷っていたところ、和歌山には化学系のメーカーが多いこともあって、父から“将来就職に有利なのでは”と勧められたのが理由でした」
そうして4年間の学びを経た卒業後の進路先は畑違いのIT企業。これも先生の勧めによるものだったと言います。
「おそらく先生はその企業が和歌山にも拠点があることから勧めてくれたんだと思いますが、配属先は和歌山ではなく大阪になりましたね。化学系からIT系と畑違いでしたが、業界もあまりこだわりはありませんでした。大学進学時もそうでしたが、周りの方のアドバイスをわりと素直に聞く方だったので、就職でもその企業を選択しました」
ですが、入社したその会社での仕事は予想以上に大変だったと話す中井。当時はインターネット黎明期でものすごく忙しかったと振り返ります。
「各社がいろいろなサービスを次から次へと立ち上げているような時代で、大学や百貨店、放送局、メーカーなど本当にいろんなところに行きました。良い経験になりましたが、自宅のある和歌山から大阪への通勤ということも含めて当時はつらかったですね」
そんな中でも中井は、その会社で8年を過ごします。長い期間続けられた理由は「良い先輩がいてとてもよく面倒を見てくれた」からだと言います。
「本当に良い方でものすごく良くしてもらったんです。仕事面のアドバイスやサポートもそうですが、メンタル面でも常に気にかけてくださって。理由はわかりませんがすごくありがたかったですね」
理由について中井は「わからない」と話しますが、持ち前の“素直に人の話を聞く”姿勢によるところも大きいと言えます。
転職するも期待に応えられない歯がゆさ。はやく戦力になりたい一心で発揮した質問力
周りに支えられながら8年を過ごした中井ですが、懇意にしていた先輩の退職をきっかけに転職を決意します。
「8年間つらかったけれど、続けられたのはその先輩の存在が本当に大きかったんです。それに実家暮らしでしたので和歌山から大阪への通勤もいよいよ大変になり、かといって一人暮らしもしたくないことから、和歌山周辺の企業へ転職しようと決意しました」
職業安定所で紹介されたのが、アスノシステムの前身だった当時のナイキ情報サービスでした。多くの現場でさまざまな業種業態の仕事に携わってきたことが評価され入社することとなります。
「それまでさまざまな業種業態の仕事に携わってきたのは事実ですが、広く浅くだったので応用力に乏しく、はたして期待に応えられるかという不安がありました。いざ入社してみるとやはり力不足を痛感することになりました」
入社した当初は、基本的なオフィス業務が全然できなかったと振り返る中井。会社の期待をひしひしと感じる一方で、それに応えられない歯がゆさに悩む中、手当たり次第に人を捕まえてはわからないなりに質問を繰り返すことを始めたと言います。
「忙しいから社員募集をしたはずなのに迷惑しただろうなと思います。業務多忙の中、当時は期待された戦力となれなかったことに今でも謝りたい気持ちです」
ただ当時は早く戦力になりたいとの一心で、質問をすることにためらいはありませんでした。ここにも“人の話をよく聞く”という中井の基本姿勢が貫かれています。
「今でも人の話に耳を傾ける姿勢は変わっていませんね。職場には年下の先輩もいれば、学校の後輩が上司だったりもするのですが、自分にはそれが必要な取り組み方だと思っています」
そうして新しい職場の先輩社員と多くのコミュニケーションを積み重ねることで、人顔関係も深まり徐々に力がついて来るようになっていきました。
「前職の先輩のように優しくはなかったですよ(笑)。でも、何よりも見捨てずに辛抱強く使ってくださったこと、付き合ってくださったことに感謝しかないですね。当時は本当に頼りなかったのに、その間も適当に扱わずに責任ある仕事を渡し続けてもらえました」
これまでの仕事で一番印象に残っていることと失敗談は最初の3年間に凝縮されていると中井は話します。
「雪国でのあるシステム導入案件がありまして。宿泊先のホテルを出たら(雪で)5分も歩けないとか、いろいろな苦労がありました。大変でしたがこの案件はとても印象に残っています。間違いなく充実していました。失敗談と言えるかどうかわかりませんが、やはり入社した当時のことが甦りますね。期待されているのに何もできなかった頃が思い起こされます」
1年間の産休・育休も取得して復職後も順調。休日には趣味の釣りでリフレッシュ
現在は地元和歌山の化学メーカーの工場で、生産管理システムの保守運用やシステムのトラブル対応を担当しています。
「某化学メーカーで保守、トラブル対応を10年以上やっています。全国で利用しているユーザーの要請に対処する仕事が中心です。リモートと出社は半々くらいですね。出社でも距離的にはそれほどでもなくて、子どもを学校に送ってから自動車通勤しています。都心に比べのびのびやらせていただいているかなと思います」
前身の会社を含め、アスノシステムに入社して18年の間に、結婚し子どもも生まれました。
「出産当時は産休と育休で1年間のお休みを取得しましたが、この時も上司に本当によくしてもらいました」
出産前のつわりがひどい時期に長く休ませてもらった際も、周りの社員が協力的で中井が不在の間の仕事を分担してサポートしてくれたと言います。
「今でもすごく感謝しています。子どもがすくすくと成長し、いままたこの仕事を続けられるのもそれがあったからだと思います」
一方で、つわりが治まった後は、働いていたほうが気も紛れると予定日の10日前まで出社していた中井でしたが、周囲の心配をよそに無事休暇に入り出産しました。
出産前は日本全国さまざまなところへ出張しましたが、出産後は一転、現在の職場に配属を変えてもらい、いまの配属先では長期の出張などはありません。
「時には各拠点に出向いて行って作業を行うこともあるのですが、毎日違うことが起きるので退屈しませんね。とくに残業もなく働けています」
そんな中井の休日は、趣味の「釣り」でリフレッシュ。
「きっかけは友達に誘われてなのですが、亡くなった父が釣り好きで子どもの頃によく連れて行ってもらったことを思い出して行きました。船釣りに誘われてはまってしまい、最近は子どもを連れて行くようになりました」
自宅から海が近いこともあり、いまでは月2〜3回行くというほど熱中していると話す中井。1時間ほどかけてのドライブがてら、日常からちょっとだけ離れて良いリフレッシュになっています。釣果は気にせず、出かけること自体が楽しみなのだと話します。
「アスノチャレンジの釣り部のイベントとして、いつも私が使っている釣り船で大会を開催したこともあります。半分が船酔いしてしまうという展開もあったのですが、それでもみんなまた行きたいと言いてくれていて根性あるなと思いました。また企画したいですね」
1年で驚くような成長をたびたび目撃。誰でも受け入れてくれるし育ててくれる会社
働きやすい職場環境と趣味の充実のおかげで今現在ストレスは「まったくない」と笑う中井。
「振り返ればずっと人に恵まれて来たなと思います。入社後の成長も、出産も育児も、いまストレスゼロで働けるのもこの会社だからこそだと思います」
仕事で大切にしている価値観は「最後までやり遂げること」「途中で投げ出さないこと」。
「わからないことは誰にでも聞きます。先輩後輩関係なく。その価値観が身についたのは先ほどお話しした転職後の3年間ですね。必死に食らいついていく中で身についたものだと思います」
現在の仕事はユーザーと直接話す機会が多く、毎日新しい作業(要望やトラブル)が発生する中で、課題や原因を調べて解決し、感謝の言葉を直接もらえることにやりがいを感じていると言います。
「長期プロジェクトだと結果が出るまでに時間がかかるじゃないですか。でもいまの仕事は毎日毎日小さな達成感があるんです。“飽きない”というと表現が正しくないかもしれませんが、日々新鮮な気持ちを味わっています」
アスノシステムという会社の良いところは、年齢や役職にかかわらず上下の垣根がないことで、どんな話にも真剣に耳を傾け、意見を受け止めてくれます。また、体調不良時など一人ひとりの状態に常に気遣ってくれるところがとても良い部分だと中井は話します。仕事面も含めて、問題を見て見ぬふりをしないところ。またレクリエーションが盛んなところも魅力と付け加えました。
「子どもも参加できて喜んでいます。子どもが社長のことが大好きなんですよ。イベントやレクリエーションで遊べるのを楽しみにしていて、『今度いつ会えるの?』と言ってきます(笑)」
アスノシステムに向いている人を尋ねると、自身の経験も踏まえてシンプルに「誰でも」と中井は答えました。
「誰でも受け入れてくれるし育ててくれます。そういう意味でも『誰でも』と言いたいですね。私自身がそうでしたから自信を持って言えます(笑)」
最初は心配して見ていたような新人が、1年も経つとものすごく成長しているのを見てびっくりすることがたびたびあると話し、再び「私だって、“いま”できているんですから」と強調した中井。
終始笑いを交えて話してくれる姿は、中井の人柄だけではなく、充実した仕事や職場環境、ワークライフバランスによるものだということがしっかりと伝わってきます。
※ 記載内容は2024年9月時点のものです
