歌がなくても世界は広がる。初めて意思を持って挑戦した吹奏楽に熱中
「子どものころは、自分の人生に関心が持てませんでした」と話す宮﨑。これがやりたい、あれがほしいという主張もあまりなかったと振り返ります。
「すごく飛び抜けていなくていいから、“普通でいること”が良いと言われて育ちました。でも、普通って難しいですよね。私はそれが上手にできなかったので、自分のことにも興味が持てなかったのかもしれません」
そんな宮﨑が初めて強い意思を持って挑戦したことがあります。小学5年生の時にクラブ活動で始めた吹奏楽です。
「音楽が身近にある家庭で、幼少期から音楽が好きだったんです。和太鼓は習っていたのですが、音階のある音楽にも挑戦してみたいと思い、吹奏楽部に入ろうと決めました。
本当はフルートをやりたかったのですが、実際はトランペットの担当に。でも、音楽を奏でることが純粋に楽しかったですね。『歌がなくてもこれだけ世界が広がるんだ』という感動がありました」
吹奏楽に夢中になった宮﨑は、中学では打楽器、高校ではファゴットと担当する楽器を変えながら、音楽に打ち込みました。部活動が中心の生活を送る中、時には挫折を味わうことも。
「高校2年生の時、コンクール出場のメンバーを決めるオーディションがありました。ポジションを競うのは、私よりファゴットの演奏経験が長いメンバー。当然、私は落ちてしまったのですが、悔しさはありつつも、自分にとって必要な挫折だと受け入れることができました。
というのも、自分には技術が足りないと自覚できたことで、常に謙虚な気持ちを持つことができましたし、コンクールに出られなくても腐らずに自分の役割を果たそうと思えたのです。そう思えたのは、共に競い合ったメンバーのことが大好きだったからです」
自分のやるべきことを着実に積み重ねていったことで、演奏技術も上達。高校3年生で出場したコンクールでは見事金賞を受賞します。
「金賞はとれたものの、全国大会には進めませんでした。けれど、自分としては納得できる演奏ができましたし、結果には満足しています」
バンド活動を経て社会人へ──仲間に支えられながらフリーランスとして活動
大学進学後は、吹奏楽部時代のメンバーと4人でバンドを結成。楽器をギターに変え、さらに音楽との関わりを深めていきました。
「自分の作った音楽を自分で奏でたら、どれだけ世界が広がるのかを経験してみたかったんです。音楽の基礎はあったものの、作詞作曲は全員が初めて。荒削りでお客さんに見向きもされない時期もありましたが、技術を磨くうちに楽曲の幅も広がり、お客さんが増えていくことが楽しかったです」
曲作り以外にも、スタジオの予約をしたり、ライブやCD販売の計画を立てたり、「バンド活動は小さな会社を経営しているようでおもしろかった」と話す宮﨑。大学卒業が近づくにつれて人気が出てきたものの、両親からの要望もあり就職することに。
「バンド活動と並行しやすいようにシフト制で勤務ができること、部活動で培ったコミュニケーション力が活かせると感じたことから、サービス業が良いのではないかと考え、ホテルに就職しました」
最初の2、3年はギターを背負って出勤し、仕事が終わったらスタジオに通う日々。皆が仕事をしながらのバンド活動。宮﨑自身も体力的に厳しかったこともあり、バンドは自然と休止状態に。それを機に、仕事を変えることを決意します。
「サービス業は常に『相手がどう思うか』に配慮する必要がありますが、私は論理的に物事を考えるのが好きなタイプ。思考力が活かせる仕事をしてみたいと思ったんです。
作詞をしていたこともあり、文章を書く仕事ならできるのではないかと考え、医療系メディアを運営する会社に転職。医師への取材や疾患情報に関する記事を担当しました」
その後、取材のために全国を飛び回る多忙なスケジュールで体調を崩したことがきっかけでフリーランスへ。それまでのつながりもあり仕事には困らなかったものの、不安もあったと話します。
「自分をマネジメントすることはバンドでも経験していましたが、困った時は弁護士の友人をはじめ周りの人たちに助けてもらいながら、なんとかこなしていました。
実は、弁護士になったのは吹奏楽部のオーディションでファゴットのポジションを競った仲間。今では親友です」
個々を尊重することで多様性が自然と生まれる。入社してわかった「やさしさ」の秘密
フリーランスの編集・ライターとして3年ほど活動した後、記事制作ディレクターとして2023年10月にPR Tableへ入社。再び会社員としてのキャリアを選んだ背景には、仕事の幅を広げたい、人と一緒に働きたいという想いがありました。
「私の場合、限られたお客様と深くお付き合いしていくスタイルだったので、どんどん仕事の幅が広がるというわけではありませんでした。誰かと一緒に相談しながら仕事をしたいという気持ちもあり、いずれは会社員に戻るだろうと、どこかで考えていたのです」
転職活動をする中で出会ったのが、「つよく、やさしく、かっこよく。」というPR Tableのバリュー。その言葉にひとめぼれしたことが、入社のきっかけでした。
「私が大切にしてきた価値観と重なる部分があり、すごく惹かれました。シンプルで道徳的なバリューなので、信条として常に心に留めておきやすいなと思ったんです。
体調面に不安があったため、リモートワークで働けることもありがたかったですし、面接で会った方たちの雰囲気も好きでした。オファー面談の際には、『なぜあなたを採用したいのか』も説明してくれて、とてもやさしい会社だと感じました」
入社してからもその印象は変わらず、懐の深さを実感していると言います。
「ある程度仕組み化されていることもあり、取材の事前準備から執筆、先方とのやりとりまで、それぞれのディレクターに任されています。もちろん、サポートをしてくれる部署もありますし、上司やチームのメンバーはいつでも相談に乗ってくれますが、個々のやり方が尊重されているんです。その文化がナチュラルに多様性を生んでいるのが、この会社のおもしろいところです」
個性が尊重されることで生まれるおもしろさは、宮﨑が記事制作に携わる「talentbook」も同様だと話します。
「バンドが違えば曲調も異なる音楽のように、企業ごとのカラーが出せる多様性がtalentbookの大きな魅力です」
「その人らしさ、その企業らしさ」を伝えるため、自分なりの正解を見つけたい
働く人の想いを通して企業の魅力を伝える「talentbook」。それぞれの企業や人のカラーを活かすからこその難しさに、宮﨑はいま直面しています。
「その人らしさ、その企業らしさを表現するため、ある意味“普通がない”んです。記事の良し悪しを判断する基準がないからこそ、書き手である自分が良いと思えること、それをクライアントである企業が良いと思ってくれることが大切。論理的に考えることが得意な私にとって、とくに難しさを感じる部分です」
新たな壁にぶつかりながらも、常に笑顔でいることを大事にするのが宮﨑らしさ。社内の業務を幅広く見て、自分なりの正解を見つけていきたいと話します。
「営業担当者が『talentbookとは何か』をどう伝えているのか、どうやってクライアントと向き合っているのかをもっと知りたいと思っています。当社には他にも多くの職種がありますから、いろいろな視点から見たtalentbookの魅力を知ることで、記事制作のヒントが得られるのではないかと考えています。
取材や記事に対してお褒めの言葉をいただけた時はうれしいですが、まだまだ手探り。自分が書く記事に自信を持ち、ガッツポーズしながら提出できるようになりたいですね。会社の役に立てる人材になり、長く働くことが目標です」
仕事で手応えを感じられるようになったら、プライベートでも挑戦したいことがあるという宮﨑。それは、いつでも人生に寄り添ってきた音楽です。
「もう一度吹奏楽団に入って、コンクール出場をめざしたいと思っています。楽器の練習は運動になりますし、新しいコミュニティに入れることも楽しみです。良い音楽は点滴と同じで、流していると健康になりますから(笑)」
仕事もプライベートも自分らしく──「つよく、やさしく、かっこよく。」を胸に、好きなことを楽しみながら人生を歩んでいきます。
※ 記載内容は2024年5月時点のものです
