「法律やお金の実学を身につける」と一念発起。経済学部で学び直し、公認会計士の道へ
小学校時代の通信簿には決まって、「マイペース」の文字。安田は11歳上と8歳上の兄2人に囲まれて育ち、エネルギーに満ちあふれた末っ子でした。
「当時から、わが道を行く子どもでしたね。兄たちの影響で一緒に相撲やプロレスをしたり、なぜか腕立て伏せや腹筋運動をさせられたり。ゴジラやウルトラマンのグッズ、鉄道のおもちゃなどが身の回りにたくさんあったのを覚えています」
活発な女の子が青春時代をささげたのは、吹奏楽でした。小学生のころから打楽器一筋で、高校は吹奏楽部で有名な地元福井県の学校に進みます。
「中学の時に演奏するおもしろさに気づいて、『全国大会に行きたい』と高校を選びました。部活動はまるで体育会系のような雰囲気で、ひたすら練習、練習の日々。『やり込む楽しさ』を知りましたね。念願かなって全国大会の舞台に立つことができたときは、本当にうれしかったです」
部活動に汗した高校時代を経て、京都府立大学文学部へ。西洋文学を学んでいました。しかし20歳のころ、経済・法律上の課題について考えさせられる出来事が身近にあり、学び直したいという気持ちが高まります。
「自分の非力さを痛感したんです。法律やお金について何も知らず、このままでは社会人としてちゃんと生きていけないなと。実学を身につけたいと思い、一念発起して京都大学の経済学部に入り直し、会計学のゼミへ。もともと数字が得意ではなく簿記の勉強から苦労したのですが、『自分の財産になるような資格を取る』と決心し、公認会計士試験の勉強を始めました」
公認会計士の試験に無事合格した安田は、大手監査法人で社会人としてのキャリアをスタートさせました。
多くの会計監査を経験し、大手企業に転職。上場準備に携わり、難局から「現実」を知る
監査法人時代は、上場企業をはじめとした一般事業会社や地方自治体、国立大学、医療法人などで数多くの会計監査に携わりました。正しく決算を行っているかをチェックする仕事です。
「メイン業務は企業の会計監査でしたが、ちょっと特殊で興味深かったのは、自分自身が住んでいる兵庫県や神戸市の包括外部監査ですね。チームを組んで子育て支援など年度ごとに設けたテーマにもとづき、自治体が所有する関連施設を視察したり、ヒアリングをしたりして、内容を150ページほどの報告書にまとめました。
私は人生において、良いことも良くないことも含めて『貴重な経験』に重きを置いているのですが、監査法人ではいろいろな業務を経験したり、さまざまな企業や業種に接したりすることができて、大きな学びを得ました」
監査法人で「修業」を積んだ安田は、関西の上場準備中の事業会社に転職しました。
「公認会計士というのは試験合格後すぐになれるわけではなく、数年の実務経験と実務補習を経て修了考査に合格すれば、ようやく登録できるんです。監査法人で勤務しながら無事に登録できた際に、『ひとつの会社に寄り添って仕事をしてみたい』と思うようになりました。
そんな折、上場準備中で公認会計士を募集している会社があることを知り、思いきって転職しました」
新たな勤務先では上場に向け、公認会計士と弁護士で構成されるチームが立ち上がり、グループ会社を含めた管理体制の構築を進めました。中には、困難を極める案件もあったと言います。
「アメリカの子会社で、日本の大手企業と合弁で新事業を進める案件がありました。親会社としてサポートすべく私も数カ月間、現地に滞在しましたが、見事にカルチャーショックを受けました。現場の工場ではさまざまな価値観が入り乱れ、当然日本の常識は通じません。毎日のように何かしらトラブルめいたことが起き、自分の価値観そのものが変わる思いがしました。
ただ一方で、得がたい経験をしたとも感じています。現地で生活し、仕事をすることで、観光では決して見ることのできない景色に触れました。大企業の運営方法や組織のあり方、格差などの『現実』を学んだように思います。それと、何が起こってもあまり動じない精神力が身についたかもしれません」
病気をきっかけに、見直した「働き方」。フルリモートの会社で常勤監査役に就任
勤務先でのプロジェクトが一区切りを迎え、自身の特性を踏まえ今後のキャリアについて考え直していた2022年春。思わぬ病が発覚します。
「乳がんでした。悪性という告知を受けた時、私もここまでなのかな……と死が頭をよぎりました。検査を重ねて初期状態だとわかるまでは、不安な日が続いて大きなストレスを感じました。その後、手術だけでなく抗がん剤治療が加わり、髪が抜けて。放射線治療を経て、今に至るホルモン療法に入りましたが、どれも副作用がつらかったです」
この病気をきっかけに、「働き方」について見つめ直したという安田。時間効率を上げて柔軟に働く手段はないかと模索する中で、縁に恵まれたのがPR Tableでした。
「『働く人の笑顔が連鎖する世界をつくる』というコンセプトのもと、いろいろなバックグラウンドの人たちを受け入れていることに魅力を感じました。フルリモート勤務で全国から優秀な人材を採用しながら、大きなことを成し遂げる可能性を持った企業だと思います。さまざまな働き方や生き方が認知、肯定されてきているという時代の流れを感じますね」
監査経験や事業会社の実務に携わった経験を生かそうと、常勤監査役に就任しました。監査役の主な役割は、経営者の職務執行のモニタリングです。
「監査役には、必要に応じて経営者に牽制を利かせる役割があります。日頃は、取締役会や社内会議に出席するほか、契約書や稟議、業務フロー、権限表、さらには社内規程や労務管理体制などの整備状況をレビューすることで、会社に必要な内部統制が有効に機能しているかを確認しています」
監査役は「会社の指揮命令系統の外側にいる、独立した存在」という前提がある一方、安田はこんな思いも抱いています。
「経営サイドと監査役はそれぞれの役割を認識しつつ、会社の健全な成長と発展という共通目的のために尽力しています。監査役は何かと口を出すような立ち位置なので、周りの理解が得にくいこともあるかもしれません。それでも自分の専門分野を活かした社内研修を行ったりコミュニケーションをしたりすることで、 会社やメンバーのことをもっと知り、理解しながら、適時に適切な判断ができるように備えておきたいと思っています」
希望を持って突き進めば、道は開ける。ボディフィットネスに挑戦し、アジア女王に
これまでとはひと味違う企業に足を踏み入れた安田は、実感を込めて話します。
「就任前にPR Tableと面談した際には、経歴書に既往歴を記載し、競技のことも話しました。ネガティブに捉えられるかもしれないけれど、先に話しておいた方がいいかなと思ったんです。すると、難なく受け入れてくれました。会社としての器の大きさを感じた瞬間でしたね」
競技とは、ボディフィットネスのことです。不摂生な生活をあらためようと30歳を過ぎてトレーニングを始め、今では日本代表に選ばれるまでに飛躍を遂げました。2023年のアジア選手権で優勝したほか、世界選手権には同年まで2年続けて出場を果たし、専門誌に写真が掲載されることもあります。
「競技の醍醐味は、大会に出るまでの過程にあると思っています。トレーニングをすると体や心が元気になりますし、健康的な食生活を心がけるようにもなりました。もはや、日常生活の一部ですね。
紆余曲折がありましたが、何事も希望を持っていれば、諦めなければ、考え方や工夫次第で道は開けると思っています。困難な状況であればあるほど、なんとか攻略してみよう、乗り越えよう、という気力が湧いてくるのかもしれません」
職場の理解を得ながら、競技と仕事を両立させている安田。一歩一歩道を踏みしめ、会社や自身の「これから」に思いをはせます。
「talentbookにも載っている通り、当社にはさまざまな人たちがいます。彼ら、彼女らを受け入れた上で、一人ひとりのパフォーマンスを引き出すのが上手な組織だと感じます。そしてフルリモート体制であっても、それぞれのメンバーが自律的かつ積極的に発言、行動し成果を生み出すことができる社風です。
このまま多様性を大事にして、チャレンジを続けていってほしいです。画一的な会社にはなってほしくないなと。これからさらなる成長フェーズに入っていく当社を縁の下から支えていきたいと思っています」
絵が描かれ始め、10年目を迎えたPR Tableというキャンバス。ひとりの挑戦者が新たな色を加え、いっそう彩り豊かなものにします。
※ 記載内容は2024年1月時点のものです
