バレーボールと海外インターンで学んだ、チームづくりと自分の価値
中学時代はテニス部で真っ黒になりながらコートを駆け回り、高校からはバレーボールに情熱を注いでいた津田。部活動を通して培われたのは、挑戦するマインド。とくに団体競技であるバレーボールからは、多くの学びがあったと言います。
「団体スポーツは自分ひとりでは何もできないし、役割分担があってようやく成立します。コートに立つメンバーは限られていますが、ベンチで控えているメンバーも含めてひとつのチーム。バレーボールを通して、それぞれが自分の役割を果たしながら支え合い、全員でチームを作る意識が高まりました」
スポーツに夢中だった津田が、将来のことを少しずつ考え始めた高校時代。旅行やテレビ番組をきっかけに海外に興味を持ち、中でも強く関心を抱いたのが、開発ボランティアの活動。大学入学後には、フィリピンやインドなどいろいろな国へ足を運び、自分の目で現場を見るうちに、「自分にできることはなんだろう、自分がやるべきことはなんだろう」という思いが募っていきます。
「実際にさまざまな国へ行ってみて、草の根的な活動の重要性はもちろんのこと、それに加えてサステナブルな仕組みとして構造を変えていくビジネス的なアプローチにも興味を持つようになりました。自分がいなくても回る仕組みをどう作るかという視点にシフトしていったんです」
転機となったのは、1年間休学して行った中国でのインターンシップ。スポットコンサルティングのマッチング事業をしているベンチャー企業で、津田は海外の投資家やコンサルティング会社と日本の専門家をつなぐ仕事を担当します。英語に不慣れで同僚とのコミュニケーションもままならないところからのスタートでしたが、チームには日本とのビジネスニーズがあるにもかかわらず日本人が不在。「日本語が話せること」で価値を発揮できると感じたことが、自分の居場所を見つけるきっかけになりました。
そして、この会社で経験したベンチャー企業ならではのカルチャーは、津田の進路への指針となります。
「自分には、風通しが良く、オープンなカルチャーを持った会社がフィットすると感じたので、スタートアップ、IT系の企業などを軸に就職活動を始めました」
いくつかの会社を訪れる中で津田が心惹かれたのは、クラウドソーシング事業を展開するスタートアップ企業。インターネットだからこそリアルの限界を超えられる、そんな信念に魅力を感じたのです。
VCへ転職するも、力不足を痛感する日々。そして出会ったPR Tableの可能性
新卒入社したスタートアップでは、企業に対して自社が持つリソースを活用したソリューション提案を行う営業を担当します。しかし、思うように数字を作ることができず、歯がゆい思いをすることも多かったと言います。
「同僚がどんどん売上を作ってくるなかで、実力不足を痛感しました。『事業をゼロから作りながらビジネス感覚を磨いていく経験が修業になるのではないか──』。それが転職を考えるきっかけになりました」
津田が転職先に選んだのは、スタートアップへ投資を行うベンチャーキャピタル。スタートアップ企業から上場間近の企業まで、国内外問わずさまざまな規模の企業や経営者と関わっていくことになります。
直接的に事業開発に関わるわけではないものの、走り出したばかりの企業やこれから生まれるアイデアをサポートする立場となった津田。しかし、経験値の少なさゆえ、VCの業務は難しさを感じる部分もありました。
「投資側の立場で会社の成長にどう力添えができるのかということが難しかったですね。たいていは『何もできない』という解にたどりつき、その絶望を乗り越えることの繰り返し。かっこいいエピソードとして残るようなことはできなくても、経理処理の手続きを少し手伝ってみるとか、何か自分にできることはないかと探して、少しずつ糸口を見つけていく日々でした」
そんな中、投資先として、PR Tableの共同代表・大堀 航と大堀 海に出会います。
「当時のPR Tableはまだ社員10名ほどの規模で、代表のお二人にすごく歓迎していただいたのを覚えています。夜な夜な事業計画を一緒に作ったり、大きなカンファレンスに運営スタッフとして参加させてもらったり、現場の皆さんとも関わりながら、会社の成長を見させてもらいました。
印象に残っているのは、チームメンバーはもちろん、私のような社外の人間も含めて、『この人をどう活かしたら輝くだろうか』ということをすごく考えて、大事にしていたことです」
投資する側として、津田の目にはPR Tableの可能性がどう映ったのでしょうか。
「当時、PR領域におけるスタートアップは数も少なくて、マーケットはありそうだけどまだソリューションが明確でないと見られていた状況でした。その中で、『この人たちがチャレンジしたらおもしろいことが起こる気がする』というエネルギーと勢いを感じました。
航さんは、『こういう世界が来るよね』というビジョンを描く力が圧倒的に強い。海さんは、数字や課題を冷静に分析して、ビジョンと現状のギャップを埋めるための戦略を考えて組織を動かしていく器用さがある。経営陣がそれぞれ異なる強みを持つというところもおもしろいなと思ったんです」
「今の自分ならきっとできる」。スタートアップへの原点回帰
キャリアを重ね、仕事に対する考え方が変わってきたという津田。
「社会人になりたての頃は、仕事は“正しいか正しくないか”で進むと考えていた節がありましたし、勝ち負けを意識していた時期もありました。でもここ数年は、仕事とは“一対一の人間関係”で始まるものだと感じています。『こういう人と働きたい、この人のために何かしたい』と思えるかが大切だという、穏やかな価値を持って働けるようになってきました」
ベンチャーキャピタルの後、バイアウト型の投資会社でも経験を積み、スタートアップ企業がめざすべき運営や成長の仕方を知った津田は、以前投資先として出会ったPR Tableへの転職を決意します。
「違うタイプの投資会社での経験や学びを得て、自分が何をしたいのかを考えてみたときに、一周回って『スタートアップの中に戻りたい』と感じたんです。一社目で感じた歯がゆさも、今ならできることが増えているのではないかと考えて、あらためてチャレンジしたいと思うようになりました」
その挑戦の舞台にPR Tableを選んだ理由は、近くで成長を見つめてきたからこそ感じる可能性でした。
「以前から経営陣とも話をしてきた中で、新しい市場が生まれてきているという実感がありました。PR Tableが新しい市場を生んでいる、作っているという感覚と、そこに社会のニーズが合致してきたという追い風があると感じたんです。
もともと魅力のある企業ではありましたが、今、この状況を見たときに『自分も仲間に入りたい、一緒にチャレンジしていきたい』と感じました」
2022年11月にPR Tableへ入社した津田は、経営管理部の部長として、経営管理、バックオフィスに係る部分の統括に加え、資金管理から調達までの財務面までを担当。投資会社での経験を活かし、会社の屋台骨を背負う重要なポジションを担っています。
チャンスを逃さない土台作りが使命。一人ひとりを輝かせてPR Tableを支える
キャリアアップを重ね、PR Tableの一員となった津田。今後、会社がどのような成長を遂げていくと予想しているのでしょうか。
「私たちが今作っているtalentbookというサービスや、採用のためのPR市場は、近い将来“当たり前のもの”になっていくはず──PR Tableの中に入ってみて、そう思えて仕方ないんです。
だから、次の当たり前を作っていくトップランナーとして、このサービスをしっかり大きくしていくことが私たちの責務。実際に、ご相談いただく件数も増えていますし、お客様の思いも強い。需要の大きさを感じています」
2023年12月、執行役員CFOに就任した津田。担うのは、会社の成長のために、チャンスが来たらしっかり攻められる体制と環境作り。経営に関わる意思決定ができる材料を集めて、他の経営陣とともに攻めと守りのメリハリのある戦略を描く。そして実行のために必要なリソースを調達し、配分、管理するというサイクルを回していくのが重要だと話します。
「私たちは、IPOを一つのマイルストーンに置いています。実現すれば社会に存在感を出せると思いますが、それは、働く人の笑顔が生まれる“きっかけ”を増やすというビジョンを達成するための通過点にすぎません」
会社のビジョンを実現するためには、まずはPR Tableで働く一人ひとりのメンバーが、ポテンシャルを十分に発揮できるような環境を作ることが重要。そのために、「相手の良いところを言語化して伝えていきたい」と語ります。
「自分は当たり前にやっていることが、実はすごく感謝されていることってありますよね。そういう部分を『あなたには、実はこんな良いところがある、すごくすてきだと思う』と伝えることを日々意識しています。自信をなくしたときに、会いに行けば元気が出る。そんな存在でありたいですね」
キャリアを重ねたことで得た視点や知見、経験を強みに変え、運営、財務面でPR Tableを支える津田。その目は、真っ直ぐに未来を見据えつつ、温かく仲間たちを見守っています。
※ 記載内容は2024年1月時点のものです
