つくることに没頭した幼少期からクリエイティブなキャリアへの道
周りの子どもが喧嘩していようと、暴れていようと、見向きもしない。目の前の積み木の組み立てに夢中になって「何つくろう?」と、想像を膨らませる──。
それが、「ひとつのことに集中し、自分の世界に没頭していた」と語る多田の幼少期の姿。それから、その集中力を注げるものとして、多田が強く熱中できることに出会ったのは、大学時代でした。
「大学でドキュメンタリー番組を制作する授業があったんです。その中で、僕はDTP(デスクトップ・パブリッシング)というデザイナーのような仕事を担当していました。
番組全体のデザインをしたり、ポスターをつくったりするその役割に、のめりこみました。『やりたいことに巡り合った』という感覚を、人生で初めて味わいましたね」
自らの考えを制作物に落とし込むことができ、夢中になって取り組む。そんな日々を経て、就職活動では広告代理店や大手企業を中心に志望しましたが、最終的に入社したのは、大手オフィス機器メーカーでした。
営業として1年半ほど勤めたころ、「この仕事を一生続けるのは難しいかもしれない」と思うように。そこには明確な理由がありました。
「当時担当していたオフィス機器は、商品の機能面や価格面では競合他社とそれほど差別化できなかったんです。さらに、お客様にとっても優先順位がそこまで高くない領域で……。
だからこそ営業の価値が発揮できる環境なのですが、当時の自分はそこを生かすスキルもなければ、楽しむマインドもありませんでした。
そこで、もっとお客様が本気で追っている指標に関わる領域や、売上や利益にダイレクトに貢献できる仕事をしたいと考え始めました。自分の仕事が人の役に立っていることを実感したいと考えたことも、転職のきっかけでした」
大学での経験もあり、クリエイティブな領域に携わりたいと感じていた多田。自らのアイデアをそのまま商品に反映でき、数字として結果がわかる領域かどうかも軸のひとつでした。
そうして転職した先は、Web広告代理店。多田は、ここで大きな挫折を経験することになります。
頑張っている人の気持ちがわからなくて。自分に向き合い、挑戦した日々
転職後の1年間、同じく未経験で入社した同期が着実に成績を伸ばす中、自分だけが成果を発揮できない、という壁に直面します。その原因は「コミュニケーション能力不足」でした。
「実は、このときまでは、自分はコミュニケーション能力が高いと自負していました。学生時代って、ノリさえよければそれなりに楽しく人と話ができるし、自然と知り合いも増えますよね。それをコミュニケーション能力だと履き違えていたんです。
社会人のコミュニケーションは、学生時代までのそれとはまったくの別物。自信があった部分での想像もしていなかった挫折だったので、当時はかなりつらかったですね」
その挫折を上司が感じ取ったのか、多田は営業職からクリエイティブ局への異動が決定します。
「周囲とのコミュニケーションがうまくいかない状況は、異動してからもしばらく続いていました。しかし、チームで仕事をしている中で、ようやく自分が人の気持ちを考えられていないことに気づき始めたんです」
自分を客観視できるようになったきっかけのひとつが、同期メンバーたちでした。同じ時期に未経験で中途入社したにもかかわらず、非常に優秀でみんなが出世株。その身近な存在に、圧倒的な差を見せつけられることになります。
「当時は、仕事を頑張っている同期に対して嫉妬し、ひがんでいました。自分が努力してこなかったので、頑張っている人の気持ちが理解できなかったんです。中学、高校で所属したサッカーの部活動でも、社会人になってからも、真面目に練習し、努力することのおもしろさに気づけなかった自分の弱さでした。そして、そんな弱さを人にぶつけてしまう自分が嫌でしたね」
このまま頑張っている人の気持ちがわからない人生は悲しい。頑張る人の気持ちがわかるようになりたい。人生で初めてそう思った多田は、少しずつ視点を変えていきました。
人としても、仕事の中でも成長した3年間。社員の人柄に惹かれPR Tableへ
それからの多田は、着実に力を発揮。2カ月連続での月間MVPや、全社の中で一番成長した人に贈られる賞をもらうまでの変化を遂げます。
「当時担当していたのは、健康食品のクリエイティブの制作。ターゲットは健康に課題を持つ人です。でも自分は健康に強い悩みはなかったので、主観で考えても売れません。そこで重視したのが、客観性。また、年間でのプロモーションのため、通年で売れるよう汎用性も大事にしました。それが、成果へと結びついたと思います。
成果につながるような行動ができたのは、他人の活躍を妬むのではなく、どうして活躍できたのか、どんな取り組みをしたのか聞けるようになったからでした。人に聞き、情報量が増えて、自分の仕事にも活かせるようになったんです」
多田が自分の受賞より仲間の受賞を喜べるようになったのも、このころ。「周りの人が幸せな状態こそ自分にとっての幸せ」と気づき、以前よりも周囲のことを考えられるようになったのです。
「人から『ありがとう』と言われるような行動をしよう、という意識が芽生えました。それは、周りの活躍している人を見ると、『すごい!』『さすが!』と評価されているのではなく、『ありがとう』と感謝されていることに気がついたから。『ありがとう』は、何か良いことをした人にだけ言われる言葉なんです」
人としても成長を遂げた3年間を経て、多田は転職を考えるようになります。今よりもひとつの商品に長く携わる仕事をしたい。家族との時間を大切にしたい。そう考えたことが転職の経緯でした。
「Web系の会社で、自社コンテンツを運営している、それにずっと携わることができる、柔軟な働き方ができる……。この3軸を条件として探していくうちに、PR Tableと出会いました。
決め手は『人』でした。面接を通じて出会う人が皆さん魅力的だったんです。上場に向けて事業規模を拡大する段階だったことも、自分の価値を発揮するにはこの上ないタイミングだと思いました」
こうして運命に導かれるように、多田は2022年10月からPR Tableでアカウントエグゼクティブとして働くことになったのです。
広告代理店での経験を活かしつつ、周囲から「一緒に働きたい」と思われる存在をめざす
入社8カ月目となる2023年5月現在は、PR Tableのプロダクトであるtalentbookの活用を含めたお客様のPR活動全般をサポートしています。
「talentbookは、『働く人』のコンテンツを通じて企業の魅力やカルチャーを伝えるサービスです。僕が担当しているのは、そのコンテンツの活用方法を考えて可能性を引き出す仕事。広告代理店での経験を活かし、さまざまなメディアとお客様をつなぐ架け橋になることもあります。
また、これまで『商品をどの角度から伝えれば、より魅力的に見えるのか』を考えてきました。今は担当している企業様が、その商品の部分にあたり、過去の経験を活かせると思っています」
そんな多田が、仕事をする上で重視しているのは、「一緒に働きたい」と思ってもらえる存在になること。
「人間としてリスペクトできる人と一緒に働くことで、自分も力を発揮できて、一緒に会社に貢献できるのが、僕の理想。自分自身も、他の人から『一緒に働きたい』と思ってもらえるような人間になりたいです。
また、さまざまな仕事を経験してきましたが、まだ役職としてマネジメントを経験したことはありません。マネージャー職は、『一緒に働きたい人』だと社内で認められたひとつの指標だと思っています。だからこそ、当面はそこをめざして頑張っていきたいです」
理想的な職場と出会った多田は、今は自らの職歴を活かしながら、さらなる夢を描いています。
「とくに関心を持っているのは採用広報。採用広報はマーケティングと通ずるところがたくさんあります。採用広報目的でtalentbookを活用されているお客様は非常に多いんですが、採用広報とマーケティングを組み合わせている企業様はまだ多くないです。
個人的には、これからより発展していく市場だと思っているので、自分なりにノウハウを蓄積しておきたいと考えていますし、新しいサービス・商品を開発していくことで『採用広報×マーケティング』のことだったらこの人に相談しようというくらいまで専門性を高めておけば、自分にとっても会社にとってもプラスに働くのではないかと思っています」
多田が、仕事を通じて追いかける人生像は、「子どものころの自分が憧れる大人になること」。努力する気持ち、他人の気持ちを、以前より汲み取れるように励んできた過去を経て、周囲から感謝される存在になるために、これからも挑戦を続けていきます。
※ 記載内容は2023年5月時点のものです
