先輩に支えられ、国債窓販や投資信託窓販を担当
小松が大学時代に学んでいたのは、金融や第一次産業とは一見関係のなさそうな日本史。江戸時代を中心とする日本近世史の農村を専門に研究していました。
「農家さんの中には、江戸時代の貴重な資料が残っているお家もまだあります。そういったお宅にフィールドワークでお邪魔することもあったので、文学部出身ですが、学生時代から地域や農業を意識する機会がありました」
さらに、小松家は全員が金融機関に勤める金融一家。自身も自然な流れで金融機関を志望する中で出会ったのが農林中央金庫でした。
「入庫の決め手は、面接官の人柄です。大学での私の専攻は金融とは関わりがないのですが、面接をしてくれた職員は興味を持ってたくさん質問してくれました。盛り上げながらいろいろ引き出してもらって、すごく楽しかったのを覚えています。面接でそんな印象を受けたのは、農林中央金庫だけでした」
入庫後、最初の配属となったのはJAバンク企画推進部(現・JAバンクリテール実践部)でした。当時農林中央金庫の本店は有楽町にありましたが、JAバンク企画推進部があったのは大手町のJAビル。同部に配属されたのは、同期の中で小松ただひとりでした。
「配属通知を見て、JAビルは私ひとりだけと知って驚きました。初めはまわりに同期がいないことを心細く感じたのですが、行ってみたら班の先輩方がすごく優しく、ほかの職員の方もいろいろ気遣ってくださって気持ちよく働くことができました」
最初は指定証券班で、国債窓販や投資信託窓販を担当した小松。JA(農業協同組合)や信連(信用農業協同組合連合会)といったクライアントに国債や投資信託を販売するにあたっての、日銀への報告やバックオフィスチームへの書類依頼が主な業務でした。
「最初のうちは国債窓販をメインで行っており、新たに国債を扱うJAさんの申請サポート等を行っていました。
のちに金庫が投資信託の販売を注力する方針となったこともあり、投資信託のほうに徐々に業務がシフトしていきました。投資信託になっても大まかな業務の流れは変わらなかったのですが、JAさんの取り扱いが拡大する中で、忙しい日々を送っていました」
自ら考え動いたJA合併プロジェクト。貴重な経験がその後の糧に
小松にとって、最も印象に残っているのは入庫4年目。とあるJAの合併対応をしたときのことです。
「複数JAの合併という大きいプロジェクトで、必要な手続きや処理を担当しました。関係先へ向けた書類作成や、投資信託の窓販で使っているシステムの変更についてベンダーとやり取りしたりしました。
当時、私が班にもっとも長く在籍するメンバーのひとりだったこともあり、進め方を自分が率先して考えなくてはならない状況でした。自分でありとあらゆる手続きを読んだり、他班の詳しい人に聞きに行ったりして、ベンダーや関係省庁など外部の方との調整の仕方を学んでいきました」
まだ若手ながら、チームの主戦力として未知の業務に試行錯誤をする小松。しかし、彼女にとってこの経験はポジティブなものでした。
「今までやってきた業務は特定の部課班でのやり取りで完結するものが太宗でした。その中でJA合併というプロジェクトを経て、今まで関わることのなかった多くの人と業務をするチャンスがあり、自分自身もやりがいを感じましたし、勉強にもなりました。
また、面接のときに感じた農林中金の人柄の良さを、ここでもあらためて実感できました。自分で手続きを読んでも解釈できず、担当班の方に相談に行ったことがあるんです。ベテラン管理職の方だったのですが『教えてください』とおそるおそる声をかけてみたところ、本当に快く丁寧に教えてくれました。
しかもJA合併の手続きに関することだけでなく、手続きの読み方など基礎からしっかりと教えてくださって。きっと今後のことも考慮して、ほかの場面にも活かせるような教え方をしてくれたんだと思います」
一方で、指定証券班の仕事で小松が苦労したと振り返るのは、信連からの問い合わせへの対応です。毎日寄せられる国際窓販や投信窓販の紹介に関する質問や相談に、丁寧な対応が求められました。
「たとえ私が入庫して数カ月の身であっても、向こうは農林中央金庫の職員としてのプロフェッショナルな回答を求めています。ですから、曖昧な答えは許されません。信連さんの先にはJAさんがいて、その先にはお客様がいらっしゃいます。
そういう緊張感の中で問い合わせをしてきているわけですから、自分の回答の影響が信連さん、JAさん、お客様にまでつながっているという責任を感じながら、仕事をしていました」
異動先は「今までやったことのない仕事」を希望。秘書・総務の仕事に初挑戦
その後、小松が異動したのは総務部。新たなキャリアを希望する中で、現在は役員秘書と総務の仕事を兼務しています。
「指定証券班は事務中心の業務であったので、次の部店では違うことにも挑戦したいと考えるようになりました。そこで職員を支えるスタッフ業務を希望したところ、総務部に異動となりました。
秘書業務では毎年2名の役員を担当し、これまでに6名の役員の担当をしてきました。担当が変わるごとに、一人ひとりの人柄や考え方を理解しなければなりません。当初の希望通り、事務とはまったく違う仕事だったものの、慣れるまではなかなか大変でした」
秘書というと少し特殊な仕事に見えますが、JA合併プロジェクトでの経験が活かされていると小松は話します。
「役員の秘書をしていると、他社の秘書との関わりはもちろん、社内とのやり取りがとても多くなるんです。食農法人営業本部やリテール事業本部、コーポレート本部など複数の役員を担当してきたので、さまざまな方とコミュニケーションを取る機会がありました。そういった場面では、人と協力して調整していくスキルが活かせていると思います。
私はもともと人見知りで、電話も苦手だったほどなのですが、秘書になってから人とやり取りする場面が増えて大いに鍛えられました」
加えて、役員と距離の近い業務を担うようになったことで、仕事との向き合い方も変わってきたと言います。
「現場にいたときは自分の身の回りの業務しか見えていませんでしたが、秘書として役員のスケジュール調整をする中で、金庫のさまざまな側面を垣間見ることができたのはとても良い経験になりました。
別の部店がどんな仕事をしているのか、実際にそこに行かないとなかなかわからないもの。他本部の仕事が少しずつ理解できるようになってきたのも、秘書という立場になったからこそだと思います」
また、秘書と並行して担当している総務の仕事のやりがいについては、次のように話します。
「総務は目立つ仕事ではありませんが、日ごろの業務を支えるインフラの立場なので、皆さんに感謝してもらえる場面もあります。感謝の言葉をいただいたり、『あのときはお世話になりました』と声をかけてもらえたりすると、やりがいを感じますね。
事務では正確性を重視し、ルールに則った対応することが多かったのですが、いまの総務の仕事では、それに加えて業務の見直しも期待されていると思っています。全体の効率を意識しながら、『もっとこうしたらいいんじゃないか』『これはなぜやってるんだろう』という意識を持つようになりました」
人柄の良さをダイレクトに感じられるのは、農林中央金庫の規模感だからこそ
今後のキャリアについて、小松はこのように展望します。
「ビジネスエキスパート職の業務は、事務と総務の大きくふたつありますが私はどちらも経験することができました。双方のやりがいと難しさを体感したいま、これからどちらの道を突き詰めていくのか、あらためて考えているところです。
農林中央金庫を選んで良かったと感じるのは、定期的に異動があること。おかげでいろいろな視点を持てるし、自分の適性に合った業務を探していけるのではないかと思います」
さまざまな業務を経験する中で、自分が成長できる仕事を模索してきた小松。これまでを振り返り、農林中央金庫で働く魅力をあらためて感じていると言います。
「私が農林中央金庫を選んだポイントのひとつに、『規模が大きすぎないこと』が挙げられます。あまりに組織が大きすぎるとまわりに馴染めるか自信がなくて。アットホームというとありきたりですが、全体が見渡せるくらいの規模感で、かつ人柄の良い方が多い環境はとても心地良いと感じています。
困ったことがあったら皆さん助けてくれますし、この規模だからこそ、前の部店でお世話になった方には必ずまたお世話になる機会があります。自分が異動した後に困ったことがあっても、『そういえばあの部署にあの先輩がいるからちょっと話を聞いてみよう』と助けを求めやすいんです」
入庫後、自分の可能性に蓋をすることなく、臆せずチャレンジを続けてきた小松。自分らしいキャリアを描くため、道のりはこれからも続きます。
※ 記載内容は2023年7月時点のものです

