音や振動を最小限に。一定の条件の中でベストな答えを導き出す
パワートレイン・EV先進開発部で、基盤技術の開発グループに所属する古賀。主な業務は、目下で開発されている車の改善と、これからの開発に向けた新しい計画の策定です。
古賀 「車の開発が始まってから実際にお客さまに届くまでには、およそ3年という時間がかかるんです。私たちの部署ではその3年の間、プロジェクトの課題を解決していきます。同時に近い将来新しいプロジェクトに使うための最先端技術も仕込んでいきます。
数ある業務の中で、私がとくに注力しているのは音振基盤技術です。車を動かすと、車内と車外の双方から音が出ますが、私は車内の音を担当。エンジンやモータなどの車を動かす部品を搭載したユニット『パワートレイン』にアプローチし、音が低減するよう試行錯誤を重ねています」
音の世界は繊細。パワートレインに使用されているエンジンマウントはゴムの部品位置が何センチかずれるだけで、音の大きさがかなり変わります。古賀は、一番音や振動(音振)が小さくなる位置を解析し、最適な配置でパワートレインが作られるように提案します。
古賀 「エンジンやモーターから出てくる音、振動がお客さまに伝わると、不快な思いをさせてしまうことがあります。最近のお客さまはとくに静かな車内を望んでいることもあり、いかに静粛性を保てるかが部署の大きな課題なんです」
音という観点から車両の進化に貢献できるのは、古賀にとってやりがいのある仕事なのだと語ります。
古賀 「音や振動が出たとき 『なぜそれが起きてるのか?』というところを突き詰めていく作業は非常に楽しいです。また、車作りにはいろんな条件や制約がある中で、ベストな答えを導き出すのがおもしろい。
たとえばお金をかければ音振を低減させることは可能ですが、車両価格が跳ね上がってしまったり、音を小さくすると加速性能が損なわれてしまったり。そうしたトレードオフの解決策ではなく、いずれも向上する最善策を見つけて車の価値を向上させることにやりがいを感じますね」
大学院ではギアノイズをテーマに研究。知識を活かすべく日産自動車へ
古賀が音や振動という分野に興味を持ったのは、大学生のころでした。
古賀 「大学時代は建築学科で構造工学を専攻しました。建物だけでなく、船舶、飛行機、車などの構造・耐久性を学ぶうちに機械工学にも興味を持つようになり、風車の開発やモーターの振動抑制などを扱う研究室に入ったんです」
中でも古賀が研究対象に選んだのは、自動車の部品である歯車。自動車業界では歯と歯が当たったことによって音が出る「ギアノイズ」という現象がよく指摘されます。古賀はこのギアノイズをテーマに、学部4年から修士にかけて、研究を続けました。
古賀 「音や振動の研究に没頭し、次第に魅了されていきました。そこで就活では、研究内容を活かせる仕事という意味で自動車メーカーにエントリーしました。自分の研究の内容が実際の自動車メーカーの現場でどういう位置づけにあって、どんなふうに車の開発に影響しているのかに、非常に興味があったんです。
数ある自動車メーカーの中でも日産自動車に入社を決めたのは、愛着があったから。親族一同、日産車に乗っていたため、私にとって身近な存在だったのです」
こうして2015年に入社した古賀は、パワートレインの音振性能に関する実験・計画を行うグループに配属。まさに大学での研究テーマそのものではあったものの、「机上」と「現場」のギャップに最初はとまどったと振り返ります。
古賀 「研究してきた内容が実際に仕事となったので、音についてのノウハウは、自動車メーカーでも本当に求められているのだなと感じました。
実験計画グループの役割は、開発開始~完成までに何度かユニットが更新されるタイミングで、ギアノイズの目標値をクリアしているかなどについて台上実験や実証実験を計画、実行していくこと。
学生時代はパソコンでシミュレーションする研究がメインだったので、実際の部品と計測器を使った実験には難しさを感じました。機器の特徴や使い方を知らなければうまく計測できないし、計測すべきポイントを考えながら進めることに、最初は苦労しましたね。
また、正しい実験を計画するには、現場の方から設計に関する見解をもらう必要がありますし、期限に間に合うようにスムーズに進める必要もある。そのため、実験を実行してくれるグループとしっかりコミュニケーションを取り、調整することも求められました。現場にはベテラン社員が多いのですが、経験豊富な年上の方たちとも臆せず話し合わなければなりません。最初は緊張もしましたが、皆さんわからないことは丁寧に教えてくれますし、若手でも自分の意見を言いやすい雰囲気なので、仕事を覚えやすかったですね」
入社3年目で、「雲の上の存在」と協働。制御という分野に挑戦
2017年から低周波設計グループに異動した古賀は、電動車両の低周波車両挙動の低振動化に向けた性能設計を担当。低振動化に向けては車両全体の動かし方を理解する必要がありますが、異動当時は従来のガソリン駆動車の車両挙動を机上で予測するモデルはあったものの、電動化ならではのモータ制御を考慮した車両予測モデルは存在しませんでした。
そのため、制御の勉強を行い、車両予測モデルに制御モデルの組込みなどの経験を通して、新しい制御による低振動化技術開発を担うことに。当時はちょうど初代の「ノートe-POWER」を世に出したばかりのタイミングでした。
古賀 「電動車の音振を扱う場合には、モーターを緻密に制御することが重要です。当時当社は、これから電動化に積極的にチャレンジしていこうとしていた時期。音振の知見がある若手の私が制御について学ぶことで、将来的により良い電動車を作れるように──私が実験グループから設計に異動した背景には、そうした期待が込められていたのだと思います。
当時の私は入社3年目。制御についてはまったくの無知で、同じ課にも詳しい人はいないという状況だったため、基本的な部分から必死で学んでいきました」
ガソリン車はアクセルを踏んだときにエンジンがかかるのに対し、e-POWERはモーターのバッテリーがなくなったタイミングでもエンジンが始動。ドライバーの操作とは関係なく音や振動が発生するため、ガソリン車以上に低音・低振動化が求められます。高度な制御を実現するために古賀が頼りにしたのが、パワートレイン開発部の「エキスパートリーダー」たちでした。
古賀 「エキスパートリーダーとは、NV、エンジン制御、モータコントローラーなど、パワートレインに関わる各部門のトップ技術を持つリーダーたち。私にとっては雲の上の存在でしたが、日産の将来を支える『e-POWER』をより良くするために集結し、一緒に設計に取り組んでいました。
エキスパートリーダーたちは、私が『技術的にこういうことをやりたい』と相談すると、『若手が何言ってんの』ではなく、その技術にどんな価値があるか、どうすれば実現できるかを一緒に考えてくれる方ばかり。年齢問わず、部署問わず、良い車を一緒に作っていこうという思考の方たちなので、非常に勉強になりましたし、仕事がしやすかったですね。
もちろん、フィードバックされたことを1~2週間単位で対応していくのは重圧もあり、大変でした。でも、社内のトップ技術を持つ方たちとつながりを持てたことは大きな財産ですし、いろんな人たちと技術論議できたことも楽しかったですね」
精鋭たちとともに2年に渡り「e-POWER」の改善に取り組んだ古賀。実際にエンジンが始動しても振動を感じないまでに進化させた制御技術は、シルフィ、エクストレイルe-POWERだけでなく今後のe-POWERにも搭載される予定です。さらにこの間、古賀は開発車両の性能実験システムの設計や台上実験効率化の基盤技術開発も担当し、重要な成果を上げています。
古賀 「後者については、台上実験と実車実験では少し違った結果が出てしまう、かつ実車実験を待つと開発が遅れてしまうという課題を解決するために開発しました。これにより、台上実験中に解析モデルを介して、車両にどんな振動が出るかリアルタイムで予測できるようになったことで、実車実験前に課題の抽出や性能限界の見極めなど大きく貢献できています。この技術は学会でも発表され、社内外からいろんな反応をいただいたので、今後の大きな励みになると感じています」
EV時代。日産自動車ならではの“音”を作っていきたい
新たな技術やシステムを確立し、日産自動車のものづくりに大きく貢献してきた古賀。次世代に向けての課題と展望を次のように語ります。
古賀 「『e-POWER』のプロジェクトに関わったことで、新しいものを作るという楽しさを学びました。でも同時に、新しいものを取り入れることによって、既存の領域から跳ね返りが出てくることも実感しました。
実際、音振を良くしようとすると、燃費性能、排気性能や動力性能がある意味犠牲になるケースがあります。低音・低振動化はお客さまから求められている技術なのでとことん追求しますが、他のものを犠牲にせずに、トータルですべてを改善できないか──そこに今後は注力していきたいですね。
また、コスト削減や効率化をさらに進めることも重要。台上実験の効率化を進めることはできましたが、そもそも机上で全部予測できないかという観点で、基盤技術の開発に取り組んでいきたいと考えています」
EVの時代、車の“音”の感じ方も変わってきていると古賀は言います。だからこそ彼は、近い未来、日産車がどんな“音”を出していくのかについて考え始めています。
古賀 「今まではエンジンサウンドといって、メーカー各社それぞれのエンジン音に個性がありましたが、EVだとそれが出しにくい。
また、EVでは従来エンジン音がかき消していた他の音が聞こえやすくなるという特徴も。音の好みは年齢や感性によって変わるのでなかなか難しいですが、そのメーカーらしい“音”を作るという考え方は、将来的には必要なのではないでしょうか。『日産のEV車らしい音』がお客さまに愛される日をめざして、音振領域を極めていきたいですね」
※ 記載内容は2023年6月時点のものです
