変化に対する不安を払拭するために。丁寧なフォローで信頼を積み重ねる
山口が所属する地域まちづくりDXグループでは、業務のデジタル化を進めたいと考える自治体や民間企業に対して、DXソリューションを提案し、導入を支援しています。
「昨今多くの自治体では、住民サービスや移住定住促進、観光促進などのために、国の補助金なども使ってデジタルを導入していこうという機運が高まっています。ところが、とくに小さな自治体では人口減少にともなって職員の数も減少傾向にあり、せっかくデジタルソリューションを導入しても、1人当たりの業務量が多すぎて運営に手が回りきっていないのが現状です。
そこで、地域まちづくりDXグループのメンバーが派遣者として自治体に入り込み、DX推進の旗手に。派遣任期が終わった後も自力で運営ができるような仕組みを、自治体の方と一緒に作ることをめざしています」
2012年の入社以来、SEとして主に会計システムの導入を担当してきた山口。これまで支援対象となるのは民間企業で、自治体の仕事に携わったことはありませんでした。
「自治体の仕事自体は初めてでしたが、自治体でも民需でも、業務になんらかの課題があり、そこに新しいシステムを入れることで解決していくという点では同じです。また、その変化に対して現場には不安や不信、不満などがともなうことも、どこであれ変わりません。
導入をスムーズに進めるためには、そうした負の感情を少しでも早く払拭し、信頼を得ることが大切──これは、会計システムの導入SEを務めていたときからずっと心がけていたことです。
私は2021年から群馬県嬬恋村のDXプロジェクトに参加したのですが、そこでも会話やメールでの語りかけ方を工夫したり、十分に理解できていない人を丁寧にフォローしたり。少しずつ信頼を積み重ねることを意識しました。最終的に現地の方たちの協力を得て、大きな成果をあげることができたのも、こうした小さな努力が実を結んだのだと思っています」
公募を知ってすぐさまDX推進プロジェクトへの参加を決意。求めたのは「新しい経験」
そもそも、山口が嬬恋村のDX推進プロジェクト(嬬恋村スマートシティプロジェクト)に携わることになったきっかけは、2021年1月に本部長から本部員全員に届いた1通のメールでした。
「メールの内容は、『嬬恋村からDXを推進できる人材を1人派遣してほしいと要請があったから、興味がある人は直接連絡をください』というものでした。当時、私は富士通に入社して10年目を迎えていましたが、そんな唐突なメールが本部長から送られてきたのは初めてのこと。部内もちょっとザワザワしたのを覚えています(笑)」
メールを読んだ直後から心が揺らいでいたと話す山口。当時の想いをこう振り返ります。
「会計システムの導入SEの仕事に何か不満があったわけではありません。ただ、10年間ずっと同じ分野で仕事をしていたので、違う種類の仕事も経験してキャリアの幅を広げたいという気持ちが募っていたんです。そんなタイミングだったので、ぜひ挑戦してみたいなと」
この仕事を引き受けるためには、嬬恋村に生活の拠点を移すことがマスト。家族会議を何度も重ねた結果、山口は一家で嬬恋村に行くことを決意します。
「心を決めて本部長に意志を伝えてからは、トントン拍子で話が進んでいきました。2月には嬬恋村を訪れて、村長をはじめとする役場の人たちと面談を実施。3月中にSEの仕事の引き継ぎを済ませて、4月1日から現地に赴任しました」
嬬恋村では、スマートシティプロジェクトの一環として、2020年度に防災減災の分野にデジタルを導入していました。しかし、それ以外の分野へとデジタルを拡張しようにも思うように方向性を定められず、役場内のペーパーレス化とあわせて、丸ごと山口に任せたいというのが依頼内容でした。
何度も顔を合わせて話し、課題を深掘り。嬬恋村ならではの観光課題に着手
嬬恋村でのミッションを確認した山口がまず着手したのが、役場の職員に自分を知ってもらうことでした。
「私はデジタル推進室長として役場に出向しましたが、いきなり入っていって『DXを推進しよう』と叫んでも、変化や見知らぬ人間に対する不安感・不信感を煽るだけ。そこでまずは、役場の皆さんに課ごとに集まってもらい、アイスブレイクを実施してお互いを深く知る機会を設けることにしました」
何度も顔を合わせて話をする中で、DXにつながりそうな課題が各課にないか徐々に探り出していったと言う山口。ここで、SE時代の業務経験が大いに役に立ちました。
「ヒアリングを通じて課題を聞き出していくことは、民需向け会計システムの導入SEとしても長年やってきたこと。これまでに積み重ねてきた経験があったので、自信を持って進めることができました。
ただ、SE時代のようなベンダー/お客様という関係性ではなく、嬬恋村未来創造課のデジタル推進室長として、皆さんと対等に話せる関係を築きたいと考えていたんです。最初の1~2カ月はどうしても『よそ者感』が拭えませんでしたが、廊下ですれ違うときなどに積極的に声をかけたり、いろいろな人と雑談を交わしたりしながら距離を縮めていきました。家族ぐるみで村の行事に参加したこともあります」
アイスブレイクや課題のヒアリングを経て、山口が最初に取り掛かったのが観光分野でした。
「嬬恋村は、全国的にも有名な長野県軽井沢町と群馬県草津町の間に位置するため、観光客に嬬恋の魅力をうまく伝えられないという長年の課題がありました。そこで嬬恋村にも興味を持ってもらおうと、土日には観光商工課のメンバーが東京や横浜に繰り出し、イベントを開催して積極的に観光をPRしていたんです。
しかし、コロナ禍になってからはイベントが開催できず、観光商工課は時間を持て余している状態。その話を耳にしたときに、観光はDXのテーマとしては難しいけれど、村としての成果は大きいに違いないと思ったんです」
デジタル施策の実装によって旅行者数が前年の2倍に。「Digi田甲子園」で優勝も
観光分野から着手することを決めた山口。ただ観光単体での仕組み構築ではなく、すでに導入していた仕組みを活用することを決めます。
「嬬恋村では、2020年に防災分野のデジタル化に着手し、LINEを通じて防災規制情報や避難所の情報、火山の状況などを住民に発信できるようにしていました。そこに肉付けをするようなかたちで、LINEに登録すれば防災情報とあわせて観光情報も取得できるような仕組みを構築しました」
このサービスをリリースした翌年(2022年度)のゴールデンウィークには、旅行者数が前年比200%を記録したと言います。
「『LINEの情報を見て来た』という声が多く、手応えを感じた瞬間でしたね。また、全国の市町村の優れたデジタル施策を表彰する『夏のDigi田甲子園』(※)にエントリーし、実装部門で優勝にあたる内閣総理大臣賞を受賞できました」
そして赴任2年目。山口は行政の分野のDXに乗り出します。
「行政の分野では住民向けのアプリを構築し、行政サービスの申請や施設の予約、イベントの予約などをオンラインでできるようにしました。また、スマホネイティブの世代が行政情報をすぐに調べられるよう、検索エンジンも搭載しています。
加えて、アプリをインストールしてくれた方を属性ごとに分け、たとえば子育てに関する情報は子育て層だけに送るなど、情報を届けたい層を狙ってピンポイントで発信できる仕組みもつくりました」
住民向けアプリの開発は、役場全体の行政のあり方を変える大きな取り組み。それまで山口がラポールを築こうと懸命に努力してきたからこそ、成し得たことでした。
「大きな抵抗を感じることなく住民向けアプリの開発に至ったのは、1年目で信頼関係を築けたからこそ。また、40歳以下の住民で構成された若妻会という自治会の方々から、『こんなアプリがほしい』と要望があったことも、開発を推進する大きな力になりました」
「新しい経験をしたい」と考えていた山口にとって、嬬恋村での2年間はキャリアの貴重な転換点。さらに、自分自身だけでなく家族にとっても大切な時間になったと言います。
「赴任を決める家族会議では、奥さんにひどく泣かれました。でも、嬬恋村の方々はよそ者であるわれわれを快く受け入れてくれて、ママ友もたくさんできたらしく、2年間の任期を終えて東京に帰ることが決まったとき、今度は『東京に帰りたくない』と泣かれました(笑)。子どもたちにとっても都会とは違う環境で過ごした経験はかけがいのないものですし、帰任後の今でも嬬恋にはよく足を運んでいます」
嬬恋村から帰任した現在、山口はDX推進を担うメンバーの後方支援を行っています。現場の当事者たちの声を大事に、大きな成果と持続可能な仕組みをもたらすための挑戦は続きます。
※ Digi田甲子園(内閣官房主催)…地方公共団体、民間企業・団体などさまざまな主体がデジタルの力を活用して、地域課題の解決等に取り組む事例を幅広く募集し、とくに優れた取り組みを内閣総理大臣賞として表彰する取り組み
※ 記載内容は2023年10月時点のものです
