安定を捨て、未知の厳しい環境へ飛び込んだ理由
メーカー特化の人材紹介会社として関西で地盤を固めてきたタイズが、関東進出に動いたのは2023年のことだ。その立ち上げメンバーに名乗りを上げたのが、当時入社3年目の秋田だった。
「当時のタイズは、関西でメーカー特化型エージェントとしての地位が固まりつつあり、コロナ禍からの回復でメーカー採用市場は活況を取り戻してきていたことも相まって、非常に成果が出しやすい環境でした。ただ、このままこの環境でやり続けることが自分の成長につながるのか自問自答したんです。出した答えは、厳しい環境に身を置いて挑戦したいという強い渇望でした」
関東に来て直面したのは、想像以上の競合の壁だった。タイズの名前を知らない人事担当者がほとんどで、少しでも対応が遅れれば次の機会はない。
「関東の人事の方は最新情報への感度が高く、エージェントを見る目も厳しい。市場情報をしっかり持っているので、それ以上に詳しくなければ対等に話せません。スピードと情報収集の基準を、関西にいた頃の数段階上に引き上げなければ生き残れない。毎日が真剣勝負でしたが、そのヒリヒリする感覚こそが自分が求めていたものでした」
ゼロから積み上げる日々の中で、秋田は1件1件の求人と徹底的に向き合った。企業が求める人物像を深く理解し、担当する人事と対等に渡り合えるだけの専門性を磨き続けた先に、ある確信が生まれた。
「よく『惰性で仕事をするのは停滞ではなく衰退だ』と言われますが、逆に挑戦し続けていれば成長し続けられるという当たり前のことを身に染みて実感できました。常に次のステージを見据えることが癖づいたのも、この頃です」
「自分基準」の罠と、代表との対話が変えた視座
2022年末に関東立ち上げへの参加を決めた時点では、秋田はまだ役職のないメンバーだった。翌年7月の拠点本格立ち上げを経て、10月にはマネージャーへ。わずか1年足らずで急速に役割が広がる中、最初にぶつかったのが「自分基準」という罠だった。
「マネージャーになりたての頃は、自分がやったことを、他の人も同じようにすれば同じように成長できるはずだと思っていました。なので『なんでこれができないの?』とメンバーに押しつけてしまったこともありました。自分の成功パターンを同じように指導することが、正解だとは限らない。そのことに気づき、自分を変化させるまでに、随分と時間がかかりましたね」
そこから試行錯誤が始まった。
「本を読んで考え方やサポートの仕方を変えてみたり、社内外の先輩方に話を聞きに行ったり。関東メンバーにマッチしそうなマネジメントのやり方を取り入れ、都度アップデートし続けました。今でこそスマートに見られることもあるようですが、実際はずっと壁にぶつかりながら変化させ続けてきました。それは今も変わりません」
視座が変わるもう一つのきっかけになったのが、代表との距離の近さだった。立場に関係なく提案・問題提起ができるタイズの風土が、秋田の成長角度を一気に引き上げていく。
「関東の将来構想や経営に関わる提案を直接代表に伝え、リアルタイムでフィードバックをもらえる環境がありました。提案が通らないこともありましたが、そのたびに質の高いフィードバックで考えをアップデートし続けることができました。一般的な企業では何年もかかる経験を、ここでは非常に短期間で積めたと思います」
組織を俯瞰する視点を持つようになると、目の前の顧客との向き合い方も自ずと変わっていった。
「関東拠点の責任者になり、5〜6人のチームから一気に10人以上の組織へ拡大した際、事業を俯瞰する力が飛躍的に成長しました。その視点で逆算すると、お客さんと話すべき内容も自ずと長期的で本質的なものに変わっていきます。最近では、大手メーカーの人事の方に対し、その会社が過去の市場変化をどう乗り越えてきたかという背景を踏まえた上で、採用方針や戦略を一緒に議論することも増えました。自社の利益に直結しないツールの導入を提案することもあります。『求人の話だけでなく、人事として本当に知りたい情報をくれる』と信頼をいただけるようになったのは、組織を創る視点を持てたからこそだと思っています」
入社数年で経営視点を持ち、代表と直接議論できる環境はそう多くない。秋田自身、その速さを実感している。
「同世代の友人と話すと、自分がいかに恵まれた環境にいるかを実感します。経営に近い視点で考える機会をこんなに早くもらえているのは、タイズという環境のおかげだと思っています。この環境では、誰しもが成長のスピードが根本的に変わるのを感じられるでしょう」
「共闘」は仕組みでつくる。個の力を組織の熱量へ。
関東拠点には<挑戦・共闘・プロ意識>という独自のコアバリューがある。秋田がこだわるのは、それを言葉で終わらせないことだ。
「隔週で全メンバーが、3つのうち1つをピックアップして、それを体現したエピソードをチャットで共有する場を作っています。その投稿を見ていると、対顧客・対社内問わず、みんながどう向き合っているかが手に取るようにわかります。小さな意識の積み重ねが、強固な文化を作っていくんです」
「共闘」が組織に根付き始めた瞬間を、秋田は鮮明に覚えている。大手メーカーを中心に支援してきた関東拠点が、新たに準大手・中堅メーカーの開拓に力を入れ始めた頃のことだ。
「担当メンバーたちが自発的に集まって事例共有やロープレを始めたんです。アクションに行き詰まった時にも、私がアイデアベースで『こんなんやったらいいんちゃう?』と言ったら、その日のうちにミーティングが設定されていました。『はやっ!』と思いましたね(笑)。指示を待つのではなく、自分たちで動く。一人で悩まず、チームで知恵を出し合う姿勢こそ、今の関東メンバーが大切にしたい強みです」
若手の成長を促す「営業道場」も、秋田が主導する独自の仕組みだ。拠点長自らが直接対話することで、スキル以上に「自ら機会をつかみ取る主体性」をメンバーに伝えている。
「道場は、私が一方的に教える場所ではありません。メンバーには『自分たちが私を上手く使うんだという意識で臨んでほしい』と伝えています。日々課題を持って、自分から聞きに来る。その主体性こそが、成長の原動力になります」
壁にぶつかるメンバーには、こう語りかける。
「RPGと同じで、目の前に進み続けるだけでなく、1マス横にズレたら前に行けることもあります。過去の成功パターンに固執しているメンバーがいれば、『こんな方法はどう?』と私が背中を押してあげたい。失敗を恐れず、組織として常に変化し続ける集団でありたいと思っています」
「誰が担当でも大丈夫」と言われる組織へ。関東から拓く未来
現在、関東拠点は約25名。タイズ全体の中でも最大の市場を担う拠点として、拡大フェーズのただ中にある。一人ひとりの貢献が組織の成長として目に見えるこの環境を、秋田は、成長の場として率直に語る。
「今の規模感だからこそ、自分の価値提供が組織に還元されるのが見えやすいです。拠点が大きくなるほどポストもどんどん生まれますし、手を挙げれば機会は必ずある。コンサルタントとしての腕を磨くだけでなく、マネジメントや経営に近い経験も積んでいける。成長したい人にとって、これほど手応えのある環境はないと思っています」
一方で、秋田が長期的に目指すのは「個人の成長」にとどまらない。関東拠点全体が、品質で信頼を勝ち取るプロ集団であり続けることだ。
「メーカーの製品が誰の手で作られても同じ品質を保てなければ信頼は得られないように、人材紹介でも『タイズなら誰が担当でも大丈夫』と言ってもらえる、そして実績でそれを示し続けられるプロ集団でありたい。その品質へのこだわりこそが、私たちの誇りです」
タイズが掲げる「日本のメーカーの人事部になる」というビジョンに向け、関東拠点が果たすべき役割は大きい。
「まずはこれまで関西でもノウハウを積み重ねてきた電機/電子・機械・化学領域という土台を盤石にして、人を育て、徐々に他の領域へ横展開していくイメージです。今いるメンバー全員が、数人の部下を持つマネージャーになれば、100人規模の組織も見えてきます。それは遠い未来の話ではありません」
関東立ち上げも、拠点長への転換も、その都度ぶつかった壁も——秋田はすべてを「変化のための素材」として語った。停滞を衰退と捉え、1マス横にズレる勇気を持ち続ける。その姿勢が今の組織をつくり、これからの景色を決める。
「一人ひとりが惰性に甘えず、変化し続けた先にその景色はあります。そして私自身も、まだまだ変化し続けます」
※記載内容は2026年4月時点のものです
