事業企画本部をつなぐパイプラインとして、部署を超えて連携・業務改善をめざす
アルティウスリンクは、2023年9月にKDDIエボルバとりらいあコミュニケーションズが経営統合して発足した会社です。法人ビジネス統括本部は、2社の統合を受け、KDDI以外の法人企業様へBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)サービスを提供する部門となります。その中で、私が所属する事業企画本部 事業推進部は、2024年4月に新設された部署です。
事業推進部は、とくにオペレーションサービスを提供する運用部門に対して、人員調整や採算の改善、DX推進に向けた人財育成を担ったり、他の本部とも連携しながら効率的に事業を進めたりと、本部内で横の連携をはかる重要な役割を果たしています。
また、法人ビジネス統括本部における人員確保も重要なミッションであり、私自身は中途採用を主に担当しています。人事部門との打ち合わせやエージェントとの要件すり合わせ、採用目標達成に向けたパイプラインの確認、さらには入社後の人財育成フレームの作成なども手がけています。
私は2008年に初めてユニット長(当時はグループリーダー)に任用され、以来、出産や育児を経ながら3つのチームでリーダーを務めてきました。その経験を通じてとくに心がけているのは、現場への配慮です。運用の人たちも営業の人たちも、本来の業務で多忙を極めています。そのため、新しい施策を導入する際には、現場から「なぜこれをやらなければならないのか」「なぜ今このタイミングなのか」という疑問が出ないよう、十分な配慮を心がけています。
具体的には、業務過多を避けるためのスケジュール調整や、どうしても繁忙期に実施が必要な場合は、その意義をしっかりと説明するなど、段取りの部分を最も意識しています。この心がけは、昨年9月に会社が統合されたことでより重要性を増しています。考え方や仕事の進め方などの文化が異なる会社が1つになったことで、これまで当たり前と思っていたことでも、丁寧な説明と理解を得る必要性を実感しています。
現場を支える立場として、皆さんに施策の意図が腹落ちするような内容や進め方を心がける──これは4月から新設部署に配属され、日々の業務を通じて肌で感じ、学んだことです。
音楽業界からの転職、正社員登用を経て、大規模センター立ち上げを牽引するリーダーに
もともと音楽系の専門学校に通っていた私は、卒業後、音楽制作会社に就職しました。CDの制作や音楽イベントの運営など、やりたかった仕事ではあったものの、働き方や待遇面などとのギャップが大きく、退職を決意しました。
次の仕事を探していた私に友人が紹介してくれたのが、KDDIグループの通販系コンタクトセンターのアルバイト(時給制契約社員)。当初は一時的に勤めるつもりでしたが、フルタイムで働くスタッフとして重宝され、すぐにリーダーを任されるように。その後、SV(スーパーバイザー)に昇格してお客様企業内での研修を担当するなど、少しずつこの仕事にやりがいを感じるようになりました。
ちょうどその頃、会社から総合職の登用試験を勧められ、合格。2004年からは総合職の正社員となり、通信系のデスクの立ち上げに携わりました。
今振り返ると、時給制契約社員として働いていた時期に学んだことが、私の基盤となっています。当時は服装や化粧にも気を使わない状態でしたが、上司から社会人としての基本を徹底的に教えてもらいました。
お客様企業の方との話し方、アポイントの取り方、メールの送り方など、細かなことまで指導してもらい、それが後のキャリアの糧となっています。また、「SVをやってほしい」「○○のプロジェクトに参加してほしい」など、周囲から求められた役割を断らず、少し背伸びした挑戦を続けたことで成長できたと感じますね。
2008年には初めてグループリーダーに任用され、事務系の申し込み処理センターを担当。その後もさまざまなグループやプロジェクトを渡り歩き、多くのお客様企業を支援してきましたが、大きな転機となったのは2013年にケーブルテレビ系の新規お客様企業のコンタクトセンターを立ち上げたことです。
ケーブルテレビ系のセンターはそれまで当社になかったのですが、お客様企業のニーズを丁寧に引き出しながら提案を重ね、最終的に100席以上の規模のセンターを立ち上げることができました。新規領域の開拓から事業拡大まで携わることができ、自分の成長を実感できる貴重な経験でしたね。
2度の産休・育休や時短勤務を支えてくれる周囲と家族に感謝
入社からこれまで多くの仕事に携わってきましたが、2009年と2019年には産休・育休を取得しています。1人目の出産時は、現場での仕事が中心だったため、つわりがきつくても休まず通勤していました。当時はテレワークという選択肢もなく、子どもの体調が悪ければ完全に出社できない状況となり、「他の人に申し訳ないな」という気持ちを抱えながら働いていました。
しかし、2人目の出産時には状況が大きく変化。コロナ禍の前でしたが当社はすでにテレワーク環境が整っていて、会社やお客様企業の理解もあり、柔軟な働き方ができました。妊娠中に残業をしていると、お客様企業の方から「体調を崩さないように早く帰りなさい」と言っていただいたほどで、時代の変化を感じましたね。
1人目の育休から復帰した時は、同じ会社で働く夫が途中から時短勤務を選択してくれて、私の仕事が忙しい時期を支えてくれました。2人目の出産の時も、夫は1カ月間の育休を取り、家事や上の子のお世話を担当してくれました。当社の男性育休取得の走りでしたが、周りの人たちからは「ぜひ取った方がいいよ」と背中を押されたそうです。家族の協力と周囲の理解があって仕事や子育てができていると、本当に感謝しています。
2人目の育休からの復職時には、私自身も子どもたちとの時間をもっと大切にしたいと考え、時短勤務を選択しました。「自分が一番優先したいこと」は、人によっても状況によっても変わるはず。その時に一番大切なことに重きをおいた働き方を選択でき、子育てと仕事のバランスをとれる環境はとてもありがたいですね。
働きながらライフステージの変化を迎えて痛感したのは、育休や時短勤務は、周囲の人の支えがあってこそ成り立っているということ。もちろん制度としては誰もが使う権利を持っているのですが、自分の抜けた穴をフォローしてくれる人たちに感謝の気持ちを忘れてはいけないし、マネジメントの立場としては誰が抜けても業務が滞らないしくみをつくる必要があると感じます。
子育てと仕事の両立は決して楽ではありませんが、家庭と会社で楽しいと思える場所が2つあるのは、とても幸せなことだと感じますね。
若い頃の挑戦がのちのキャリアを広げる。多くの人と関わりながらこれからも生き生きと
当社が提供するデジタルBPOというサービスには、お客様企業がコア業務に専念できるようにサポートする役割があります。これまでさまざまなお客様企業と接してきましたが、各社の事業やポリシーを知るほどにどの企業にも魅力を感じ、支援したいという想いが自然と湧いてきました。もともと音楽制作会社でも、アマチュアバンドの発掘からCDデビューまでを裏方として支えていましたし、誰かの成功や業務拡大、売上向上に貢献できることが、私自身のやりがいやモチベーションですね。
この会社で20年以上働き続けられた理由の1つは、人と接する仕事が好きだからだと思います。第1子の産休に入った直後は、日中誰とも話さず過ごしていたので、3日で仕事に戻りたくなりましたから(笑)。生活や子育てにはもちろん収入も必要ですが、単にお金のためだけでなく、私がいろんな人と一緒に生き生きと働いていることは、家庭生活にも良い影響を与えると考えています。
今後の目標は、新設された事業推進部の役割と存在意義を高められるよう、コンタクトセンターマネジメントや営業部門のサポートをしっかりと行いたいと考えています。困った時に「事業推進部に相談しよう」と言ってもらえる部署、そして私個人としても「鳥越さんに相談すれば安心」と言ってもらえるような存在になりたいですね。
これから入社する方には、「早いうちからできる限りさまざまな仕事に挑戦してほしい」と思っています。私が今子育てをしながら責任あるポジションを務められているのは、若い頃にさまざまな経験をさせてもらったことが大きいからです。
仕事は、自分の経験値やタイミングに合わせて都合よく回ってくるわけではありません。だからこそ、若い方たちには「自分には荷が重いかな?」という仕事にもチャレンジして、たくさんの経験を積んでほしいですね。その経験こそが、のちのキャリアの幅を広げることにつながるはずです。
※ 記載内容は2024年11月時点のものです
