福島県いわき市の小名浜工場にて活躍中
──今日はよろしくお願いします。現在の仕事を教えてください。
製造技術を担当しており、量産ラインに使用される製造設備の準備に携わっています。その中でも製品の検査機器の構築を任されています。
検査機器というのは文字通り製造された製品に異常がないか、指定の性能基準を満たしているかといった調べる機器のことですが、当社の製品は自分たちで設計生産しているものなので、その検査設備の多くも自分たちで設計する必要があります。日々の業務としてはひたすらプログラムを書いたり、または設計業務をしていることが多いです。
たとえば、製品を検査機にセットしてスイッチを押すと、その製品の電流や電圧を計測し、異常値が出ていないか、変な動きをしていないかを測る計測器を完成させ、実際の製造ラインに組み込んで動かせるようにしています。加えて検査機の作成と付随して、製品のトレーサビリティの仕組みを構築していくことも求められています。
トレーサビリティ(Traceability)とは英語のtrace(追跡)とability(できること)を組み合わせたもの。私たち製造業では製品に欠陥や不具合などの品質問題が発生した場合に、すばやく有効な対策を打たないと消費者や取引先の不信感を高めてしまいます。
万が一そのような問題が起きた際に、いつ製造された製品でどんな部品が使われているものなのかといった情報をすぐに追跡できるようにすることが必要です。検査機の構築と合わせて、必要な情報データを得られるシステムを作ることも私のミッションの一つです。
入社の決め手はものづくりと東北への愛
──入社理由とそこまでに至るまでを教えてください。
父親が日曜大工を好きだったこともあり、子どものころから父親が作業する時には隣でよく一緒に何かを作っていました。その影響で、自然と私自身もものづくりが好きという感情が強く心の中にあったと思います。
地元の工業系の高校を出た後、大学で電気電子工学科を専攻し、音響工学という分野で識別の研究に取り組んでいました。研究テーマは人の足音と歩行者の識別性というものでした。しかし就職活動ではその研究分野にまったくこだわっていませんでしたね。
ただものづくりに携わっていたい気持ちは変わらず持っていたので、生まれ育った地方ですし東北が好きだったこともあり、統合前のアルプス電気に入社を決めました。東北を中心にものづくりに取り組める会社を探していた中で、大学に企業案内が来ていたことも入社するきっかけにつながったと思います。
入社後は製品設計として働いていくものと想定していたのですが、製造技術エンジニアとして、福島県いわき市の小名浜工場がキャリアのスタート地点となりました。配属発令をされたときのことは今でも覚えています。「製造技術って何……?小名浜ってどんな場所なのだろう……?」と。職種のことはもちろん知識がなかったですし、私の生まれは青森県のため、東北が好きという気持ちは本当なのですが、地元から遠く離れている小名浜のことはあまり詳しく知らなかったのですよね。
そんな若干の不安はありましたが、私は何をやったとしても、そこでおもしろみややりがいを感じて取り組めるタイプ。提示された選択肢を受け入れてきたことに、後悔はまったくありませんでした。むしろ今の環境や仕事との相性を考えると恵まれているなと思っています。
業務からは離れますが、有志の社内報編集部員として活動もしています。一時期は編集部長として外部の取材や、普段業務では関わる機会の少ない社長へのインタビューをしたこともありました。そこでの活動を通して得た横のつながりも貴重な関係ですね。
昔から私生活で誰かとスノーボードにいったり旅行をしたりと、複数人で行動することが好きでした。今の環境ではコミュニケーションを取る機会が多いため満足しています。
一人では製品は作れない。だからこそ、できあがったときのやりがいも大きい
──今までを振り返ってとくに思い出に残っている経験はありますか?
人の手で検査すると一つあたり何十分もかかるようなことを、数十秒の自動検査で終わらせることができる機器を作り上げられると非常にやりがいを感じられますね。「すごい!自分の考えた通りに機器が動いている!」と。また、別の誰かと協力してものづくりができていると感じられたときの喜びは私の働く原動力になっていると思います。
最初に配属された小名浜工場で数年が経過すると、それまで限られた製造工程における設備を担当していたのですが、より多岐に渡る製造工程での量産ライン設備を任されるようになりました。そうするとどうしても業務の難易度があがるため、壁にぶちあたるときがありました。もちろん1人で考えなくてはいけない部分はあるのですが、関連する多くの社員に助けてもらえたなと思います。
私の仕事は製品設計の方と一緒に仕事をする機会が非常に多く、やり取りの中で「お客様から要求事項があるため、こういう検査ができるようにしてほしい」といった要求をされることがあります。あるときそんな要求を設計担当者から受けたのですが、全部丸投げするのではなく、課題に対し長い時間一緒に頭を悩ませてくれたことがありました。この出来事が、今の自分の働く価値観に大きな影響を与えたと思います。
当時、その設計担当の方も相当忙しい状況だったとは思うのですが、まだそのときは現在のようにWeb会議が浸透する前だったこともあり、開発センターのある宮城県からわざわざ200km以上離れている小名浜工場にまで来てもらったんです。そんな対応されるとこっちも頑張らないわけにはいかないですよね。
自分だけではお客様に提供できる製品を製造することはできません。だからこそ私も別の社員が困っていたら、一緒になって課題解決に向けて尽力していくことを意識しています。入社当時は東北でものづくりに関われれば良いなと考えていた自分が、誰かと一緒に何かを作り上げていくことの喜びを知ることができてとても幸せですね。
ものづくりに向き合う仕事でも人とのつながりを大事に
──最後に、今後どういう存在になっていきたいかをお聞かせください。
当社の平均年齢は比較的高く、小名浜工場でも全体的にベテランの比率が高くなっています。経験豊富な方が多いため、働いていて困ったときの安心感はある一方で、これから先その頼りになる層が抜けたときのことを考えると不安はあります。その不安を払しょくするためにも、今の20代、30代の社員たちがより努力し、挑戦し続け仕事における能力の底上げをしていく必要があると考えています。
これまでたくさんの人に助けてもらいながら仕事をやり遂げて、スキルアップしてきました。お世話になった方には感謝しかありません。結果的に会社への貢献にもつながっていると思っています。
私も30代になり、周りをリードする必要があるポジションに配置されることも増えてきました。まだまだ製造現場の技術者として足りない知識や経験もありますが、今後はより多くの人に頼りにされるようにスキルアップに努めていかなければなりません。これまで受けてきた恩を他の社員へ還元していけるよう頑張っていきたいですね。
仕事の枠内を越えて、誰かが困っていたら助けてあげられる──そんな存在でありたいと思います。
※ 記載内容は2023年7月時点のものです
