人が育つしくみと風土をどうつくるか。大切なのは、主体性のある学び
イオンリテールの人材育成部長として、全社の人材育成方針の策定から教育プログラムの立案・推進まで幅広い業務を統括する越川。社員2万人、時間給社員9万人という大規模な組織で全国に多数の店舗を展開する同社では、求められるスキルや育成内容も多岐にわたります。
「人材育成の方針として掲げたのは、人が育つしくみや組織風土をつくっていくということです。これからの教育担当者は、研修運営や学習ツールの整備にとどまらず、一人ひとりが自ら成長できる環境を作っていくことが大切だと思っています」
その取り組みの一例となるのが、若手人材の育成。従来型の研修に加え、実践的な取り組みを重視しています。
「続けてきているのは、若手人材が萎縮せずに自分らしさをもっと出して、組織の中で影響力を発揮できるような施策です。実際に、業務の中で取り組んだことを店舗内で発表・共有し合い、本年度は各カンパニーの代表メンバーが社長も出席する全社会議で発表をしました。
この取り組みは、若手社員の経験値を上げるだけでなく先輩社員や幹部の気づきにもつながっています。これからは今まで以上に双方向を意識し、世代や立場をこえてお互いに学び合うというところをめざしていきたいと考えています」
また、さまざまなステークホルダーとの関りを通じて学ぶ場の創出にも努めています。
「地域の学校、行政や民間企業との連携によるいわゆる越境学習が、3年くらい前から少しずつ軌道に乗ってきています。各地に点在していたさまざまなスタイルの学びの場を、本年度はソーシャルエデュケーションプログラムとして立ち上げ、体系的なリーダー育成の場として次のステージに発展させています」
ほかにも、一人ひとりのキャリアオーナーシップを醸成するための学びと対話の場づくりに、イオングループ各社の人事教育担当者とともに着手している。人材育成部長として、自身の問題意識を大切にしながら組織の変革に取り組む越川。原動力となっているのは、経験から得た気づきです。
「自らの問題意識を起点にすることは、私自身の『自分らしさ』だと思っています。自らの経験から感じたことや学んだことに基づく視点から、課題を見出してチャレンジしていく。組織なので、まず全体の方針があることを大前提として、その中でも自分なりの視点を欠かさないよう心がけています」
自ら変わり、自ら変える。14年の労働組合専従を経て見えたこと
入社して1〜2年目の頃、店長や先輩からの声かけをきっかけに労働組合の活動に携わることになった越川。当時のイオンの小売の現場について、こう振り返ります。
「入社当初はこうしたキャリアを歩むことになるとは思っていませんでした。ただ、当時の店舗の現場は大変な状況で、同期で入社した仲間が過酷な日々を送っていました。『何かおかしい』という問題意識から、『何かできることはないだろうか』という思いが、自然と芽生えていきました」
現場の実態を伝えて問題提起をする中で、労働組合の専従としての道が開かれました。14年に及ぶ専従時代で最も印象に残っているのは、パートタイム社員の組合加入活動だと言います。
「当時は正社員だけの労働組合でしたが、社会的な問題意識の高まりもあり、6万人を超える時間給社員の方々を3年かけて組織に入っていただきました。信用を得ることは容易ではありませんでしたが、地域のリーダーとして仲間と共に各店舗を回り、説明会を開いたり一人ひとりと面談をしたりと働きかけ、信頼関係をつくっていきました。
わが社の従業員は、本当に多様なバックグラウンドを持つ方ばかり。そういう方々が自分なりのこだわりやお客さまに対する責任感を持って売場を守っているんです。その姿は、今でも私の中に強く残っています」
そんな中、イオンリテール、マイカル、イオンマルシェ3社の統合という大きな転機が訪れます。組織の再編に伴い、労働組合もイチから作り直すという経験を通じて、越川は自身のキャリアを深く見つめ直すことになりました。
「これまで作り上げてきたものをゼロベースにするという作業は、頭ではわかっていても本当に難しいことでした。当時の解散と結成に関わったすべてのメンバーが試行錯誤をし、組織としての答えをみつけていきました。
この2〜3年の経験を経て、自分自身のこれからについて出した結論は、今の役割は卒業しようということ。自分自身がもう一度職場の中に入って、自らいい会社を作っていくことにチャレンジしようと決意したのです」
こうして、14年ぶりに現場へ復帰することに。最初の役割は、店次長としてお客さま対応の責任者とショッピングセンター内の約50店舗のテナント管理でした。
「とくに同友店(テナント)さまの契約管理業務は苦労し、多くの方に助けていただきました。わからないことばかりの日々でしたが、きちんと約束を守って相手に敬意を払う。そういった基本的な信頼関係を築いていくことで、なんとか乗り越えることができました。信頼関係があれば、仕事は進めていけるという実感が得られました」
まずは会社としての期待を伝える──属性に関わらず、チャレンジできる組織へ
店次長から店長に着任した越川。当時を振り返り、最大の挫折経験があったと語ります。
「前任者は現場経験が豊富で実績をあげてきた方、いろいろ配慮して丁寧な引き継ぎをしてくださいました。しかし、着任後、あとわずかで売上がとどかない日が続くようになり、翌月から予算が取れなくなりました。現場のリーダーが変わるとはこういうことなのかと、身をもって実感しました」
その頃、越川には店舗の活性化計画という中長期的なミッションも課せられていました。新米店長として両者のバランスを取ることに苦心したと言います。
「経営会議に上程する仕事に傾注してしまい、パソコンに向かって数字と格闘し、活性化計画書を作ることに追われていました。あらためて基本に立ち返ることができたのは、その業務が一段落してからでした。すべての売場を回って挨拶すること、毎日メンバーに声をかけてそれぞれの売場のメンバーと対話を重ねていきました。
みんなに関心を持って働きかけていくと、自然とメンバーから『店長、じつはお客さまからこういう声があって』『来週、このようにしたいと思っている』といった情報や提案が集まるようになりました。そうなり始めた頃から自然と数字も変わっていき、半年ほどで予算も達成できるようになったのです」
その後、越川は教育担当部長に任命されます。当初は経営に携わりたいという思いがありましたが、始めてみるとさまざまな発見があり、自らの役割を認識したと言います。
「メンバーのこれまでの努力と成果を尊重しながら新しい視点を加えていくことの必要性に気づきました。とくに印象に残っているのは、次世代の人材育成というコンセプトで幹部や店長から若手の推薦を募った時。9割以上が男性だったことに大きな衝撃を受けました。
当時は、今どきダイバーシティは女性活躍に限定すべきでないと考えていたのですが、この現実を目の当たりにしてまだ何も進んでいなかったのだということを認識したんです。その後、自分なりに原因分析を行いながら人材の発掘や次の世代のメンバーの背中を押す取り組みを直接的に進めていきました」
取り組みの中で、環境を変えていくことが大切だと確信した越川は、独自の視点で女性活躍を推進していきます。
「よく女性は管理職になりたくないと言われます。でも、新入社員を迎えて8年目になりますが、入社時は、『できる』『やりたい』と入ってきた人材が、数年後に自信を失っていくのはなぜなのか。ここにわが社の課題があると思っています。
女性活躍という言葉が出ると『女性自身の意識を変える』といったワードが出てくることがありますが、私はそうではないと思うんです。さまざまな環境要因によってあきらめてしまったり、声を挙げにくくなっていることにもっと目を向けなくてはならない。だからこそ私は、会社として期待を示すこと、チャレンジの機会を提供することを続けてきました。
グループ全体から個社までさまざまな取り組みが進み、いま、若手からベテランまで多くの女性リーダーが影響力を発揮し、活躍をされています。これらの活動は属性に関わらず誰もが力を発揮できる組織に向けて、まだまだ継続すべきものです。一人ひとりのキャリアの可能性を拓き、伴走をできるような組織にしていきたいですね」
自分らしさは、他者との関係の中で育つ──人材育成の新たなステージでの挑戦
人に向き合い続けるキャリアを歩みながらも、自身の方向性について悩んだこともあるという越川。イオングループの経営幹部とのメンター面談で言われたひと言が、今でも心に残っていると言います。
「教育担当部長も6年目を迎えていた頃だったのですが、『重要な仕事なんだから、ずっとやってもらわないと困る』『次のポジションのことなんて考えるな』という言葉をかけられたんです。キャリアについて相談する中で、そうした回答をもらうとは思わず、本当に驚きました。
でも、『あなたの仕事は、組織文化をつくる仕事だ』と言われ、あらためて自分の役割を考えさせられました。教育担当という仕事にもう一度力を尽くしてみようという決意が生まれた瞬間です」
そして2025年3月、全社の人材育成部長として新たなステージへと進んだ越川。今後に向けた思いについて語ります。
「人材開発や人事の戦略が、イオンの経営戦略として有効に働くところまで行かなければなりません。そのためには、研修内容を改善したり回数を増やすだけでは不十分であり、人が育っていく広い意味での環境づくりが欠かせません。人材開発だけでなく、組織開発まで含む取り組みが私にとって大きなテーマになっています」
理想とする組織の姿について、越川は力を込めて語ります。
「私がめざすのは、一人ひとりが自律的に動ける組織です。そのためには、メンバー全員に必要な情報がきちんと届き、成長できる場づくりが大切です。そして何より、組織の中でメンバーが相互に影響しあい、お互いが相乗効果を生み出せる関係性を築いていくこと。これこそが、本当の意味で機能する組織だと考えています」
最後に、読者へのメッセージを求めると、越川は自分らしさの大切さを強調します。
「そのままの自分を怖がらずに出していくことが大事だと思います。誰かになろうとするのではなく、自分自身であることを一番大事にすることです。ただし、それは自分1人ではできません。相手との関係性があって初めて成り立つことなのです。
そのためには、相手に対して思いやりを持つこと。そして、相手の立場に立つ努力をすること。周囲への思いやりが、結果的に自分らしさの発揮にもつながっていくと信じています」
※ 記載内容は2025年6月時点のものです

