熱き使命感で地元経済を守る
本店地区本部で課長代理を務める内藤。行内唯一の政策店として、地元の有力企業への融資や難易度の高い案件を主に担当しています。
「私の仕事は、本部の各部署と連携して進めることが多いですね。例えば、コンサルティング営業部ストラクチャードファイナンス室のコンサルタントと一緒にお客さまを担当するケースもあります。また、融資審査部とも連携して、この企業にはどんな融資が最適かなどの相談をすることもありますね。
支店では対応し切れない、ハードルの高い案件が多いので難しさはありますが、その分責任ややりがいも大きいと感じています」
地方では、一つの企業の存続が地域経済に大きな影響を与えることがあります。山梨の活気や利便性を守るべく、さまざまな手法を駆使して大切な企業の伴走支援というかたちでサポートするのが内藤たちのミッションです。
「私が仕事をする上で大事にしているのは、とにかくお客さまの声に耳を傾けること。何を求めているか、どんなふうに進めたいと考えているのかなど、ご意見を親身に聞いた上で、提案するよう心がけています」
お客さまの気持ちに寄り添う重要性を意識したのは、かつて東京で営業をしていたときのことでした。
「当時の私は、契約していただきたいという気持ちが先走るあまりに、商品の説明を一方的にするばかりで『お客さまが何に困っているのか』『私たちにどんなサポートを求めているのか』という部分をしっかり把握できていませんでした。
お客さまの悩みや課題をじっくりと聴き、『どうしたら喜んでくださるのか』を深く考えてから提案しなければ何も響かないのだと気づいてからは、お客さま目線でのコミュニケーションを意識しています」
一つ一つの融資を通してたくさんの会社を応援する。それが多くの人の幸せにつながる
山梨で生まれ育ち、祖父や父も金融機関に勤めていたという内藤。「地元に貢献したい」という想いから、東京の大学を卒業後、2008年に山梨中央銀行へ入行しました。2か店を経て、2014年には東京の支店に配属。山梨の支店から、初めて東京の支店で働くことになった当初は、試練の連続だったと振り返ります。
「東京と山梨では、山梨中央銀行の知名度がまったく違うので、お客さまとのコミュニケーションの取り方も大きく変える必要がありました。
しかも、私が支店で任されたのは新規開拓営業。それまではずっと融資係として事務系の仕事をしていたため、営業職は初めての経験でした。土地勘もなく、どこに行って何をしたらいいのか分からないまま、とりあえずは外回りを続けました。当然うまくいくはずがなく、門前払いされるケースも多々あり……。『今の自分には存在意義がないな』と落ち込む日々を過ごしました」
折れかけた心を立て直してくれたのは、直属の上司の言葉でした。
「ある日、上司に言われたんです。『新規開拓は一番数を回っているやつが最後は勝つ。必ず結果が出るから、腐らず回れ』と。その言葉に救われて積極的に訪問を続けていくと、徐々に実績をあげられるようになったんです。その上司とは今の部署でも一緒に働いており、日々刺激を受けています。
とりわけ印象的だったのは、とある病院に飛び込みで営業したときのこと。過去に別の担当者が訪問していて、けんもほろろだったと聞いていました。しかし、私が訪問したのがちょうど事務長が変わるタイミングで、応対してくれた方が私と同世代だったという幸運もあり、何度も通ううちにフランクな会話ができるようになりました。
その結果、信頼関係を築くことができ、数ある金融機関の中から当行を選んでくださったんです」
上司の言葉で気持ちを奮い立たせ、大きな成果をあげた内藤。周囲の仲間の言葉に感銘を受けた経験は、他にもあると言います。
「支店に入ったばかりで営業がうまくいっていなかったとき、後輩が言っていた言葉も印象的ですね。『大きな額を1社に融資したとしても、幸せにできるのはその1社だけ。たとえ小さな額でも、多くの企業に融資できた方がたくさんの会社を幸せにできる』と彼は言ったんです。確かにそうだなと思いました。
東京の融資の案件は、山梨とは桁が一つ違うくらいの規模感なので、大きな融資を一つ担当すれば、効率よく営業目標を達成できるかもしれません。しかし銀行は、事業の継続を左右し、その先にいる従業員やその家族の人生にも影響を与えるような機関です。自分の仕事の重みを理解して、多くの方を幸せにできるような仕事をしようと決意した瞬間でした」
地元の老舗企業の再生支援を担当。山梨の経済と働く人たちを守るために
東京の支店で営業を経験した後、2022年10月から現部署に異動した内藤。仕事の中でも特に印象に残っているのは、地元の老舗企業の事業再生に携わったことだと話します。
「昔から当行と取引があった地元の大きな老舗企業なのですが、業績が落ち、いよいよ事業継続が困難になりそうというところで、経営者の方と真剣に事業継続の可否について話し合いをしました。
その企業は、地域経済においても特に重要な役割を担っていました。つぶれてしまうと地元の経済活動への影響が大きいため、絶対に守りたい──そんな想いでさまざまな調整を重ねた結果、事業を継続することができるパートナー企業を見つけることにつながりました」
最も苦労したのは、限られた時間の中で解決策を見つけ、関係各所と調整を進めなければならなかったことだと、内藤は振り返ります。
「具体的な支援策を決め、実際に動きだすまでの2カ月ほどの間でパートナー企業を探しました。その間に資金繰りがショートしてしまっては元も子もないので、注意深く調整しながら、資金繰りをつなぎました。また、当行だけでなく他の金融機関も関わっていたので、各所とやりとりして同意を得ていくことにも苦労しましたね。
そんな困難な状況でもやり切ることができたのは、この仕事の責任の重さを実感していたからだと思います。大きな企業なので従業員数も多く、もしもつぶれてしまったら、従業員とその家族が路頭に迷ってしまう。地方銀行として、地元の雇用をどうにか維持しようと必死でした」
「地元を支える」という使命感が内藤の原動力。そして、このとき気持ちを奮い立たせてくれたのもまた、先輩からの言葉でした。
「支店時代の先輩から、『順調な会社に融資をすることは、新入行員でも見よう見まねでできる。でも、業績が悪化している会社を支えることは、誰にでもできることではない。そういう仕事ができる行員を目指しなさい』と言われたことがありました。
再生支援は大変な業務だけれど、だからこそ自分が、当行がやる意味があると思うんです。困難も多いですが、いつもこの言葉を胸に取り組んでいます」
地元経済に貢献するとともに、もう一度東京で営業にトライしたい
2024年で入行から16年目を迎える内藤。山梨中央銀行で働く上で、どのような点に魅力を感じているのでしょうか。
「当行は待遇や福利厚生がしっかりしていて、男性の育児休業など今の時代に沿った制度も整っているので、長く安定的に働ける環境だと思います。
でも何よりの魅力は、山梨の経済を動かすようなダイナミックな仕事ができること。最近で言うと、地元の物流会社が大規模な倉庫を建てる際に当行が融資させていただきました。県内の物流や運送業務が活性化されるような、影響力の大きい案件に携われるのは、モチベーションになると思います」
働きやすい環境とやりがいのある仕事を得て、銀行員として着実に成長してきた内藤は、今後のビジョンを次のように語ります。
「短期的なビジョンとしては、現在担当している再生支援の業務について、もっと勉強し、たくさんの案件に携わって経験を増やしたいと思っています。引き続き、地域経済に大きく貢献できたらうれしいですね。
そしてもう一つ、いつかまた東京に戻って営業をしたいという目標を持っています。東京はメガバンクも地方銀行も数多くあり、競合がひしめくエリア。金利やサービス面ではなかなか勝負できないからこそ、自分を売り込み、私個人にメリットを感じてもらうしかないと思っているんです。
『当行と取引するメリットは、私が担当になることです』『私が担当になったら、お困りの際にすぐ駆けつけます』とアピールして、いかに爪痕を残せるかが大事。そうやって案件を獲得してきた東京時代は、かなりやりがいを感じていたのでまたぜひトライしたいと思っています」
さらに中長期的にイメージするのは、支店長として活躍することだと力強く宣言します。
「支店長になると、人員の配置を考えたり、数字の管理をしたり、分析して対策を打ったり。一企業の社長のような裁量を持てるのと同時に、責任も重大になります。銀行員として、そうした経験を一度はしてみたいですし、いつか任せてもらえるように努力を続けていきたいと思います」
※ 記載内容は2024年1月時点のものです
