今や重要な社会インフラのひとつとなった通信インフラを支えるために
トライアローはIT、通信、建設など幅広いインフラ領域にてエンジニアリングビジネスを行っていますが、中でも通信インフラの領域を得意としてきました。大川氏は、その主力事業で長く現場を引っ張っています。
「主に、無線や通信機器メーカーに常駐しており、そこで現場マネージャーを務めています。無線機器と聞いても、すぐにピンと来る人は少ないかもしれません。スマートフォンなどを不便なく使えるために、街のいたるところにアンテナや機械を搭載した『基地局』と呼ばれる装置が設置されているのですが、その基地局の中核となるのが無線機器。そうした無線機器のメーカーにて基地局に無線機器を設置する業務を行っています」
今や、水道や電気、ガスなどと同様のレベルで重要な生活インフラとなった通信。その基盤を整備しているのです。
「無線機は、基地局に取り付ければそれで終了という簡単なものではなく、電波を発射できる状態にするための設定や調整を行う必要があります。確実に無線機が稼働するかどうかのチェックやテストなども行っています」
私たちが日々スマートフォンなどを問題なく使っているその裏には、着実に業務を遂行している大川氏のような通信エンジニアたちの存在があり、私たちの快適な生活を支えています。
若かりしころは全国を転々──鉄塔建設の現場監督を経験し、通信業界の門を叩く
通信業界の現場で活躍する大川氏ですが、これまでは全国を転々としながらキャリアを積んできたと言います。
「私のこれまでのキャリアですが、若いころは住む場所も仕事も転々としていました。
工業高校の電気科を卒業し、すぐ大手電気設備工事会社の子会社に入社して電線工場の電気設備メンテナンスや工事を3年ほど行っていました。その後は、送電関係の仕事を経て、一度故郷の北海道に戻って知り合いの紹介で建設会社に転職し、そこで現場監督をやっていました。
それから、再び故郷を離れ兵庫県にある半導体関連の工場で働くように。そこは、半導体の基盤材料として使われるシリコンウエハーを製造する工場で、素材の塊をカッターでスライスしていく工程などの仕事をしていました」
半導体工場での仕事のあと、通信業界と出会うことになります。
「半導体工場を辞め、再び北海道に帰って仕事を探していたところ、土木工事と電気工事経験者の求人が出ていたので、電気工事会社かと思い面接を受けてみると、通信工事の会社でした。そこで、再び現場監督の仕事をするようになり、北海道で基地局を建てたのが通信業界に携わるきっかけとなりました」
さまざまなエンジニアリングの現場を経て、通信業界へと足を踏み入れた大川氏。トライアローとの出会いは、その直後だったと言います。
「トライアローを知ったのは、ちょうど前述の通信工事会社に在籍していた時で、2005年のことでした。一緒に仕事をしていた現場代理人がトライアローの方で、その方を通じて最初の2~3年は業務委託という形で関わることになりました。
その後、トライアローの一員として雇用されることになり、現在に至るまで当社で無線の仕事をしています。若い時は比較的さまざまな仕事を経験してきましたが、通信業界、およびトライアローが一番長く続いていますね」
スマホが当たり前になる社会の到来──通信業界はこれまでの経験が活かせると確信
トライアローでの通信業界の仕事にはやりがいがある反面、2000年代後半という時代背景もあって、当時はいろいろと苦労もあったと語ります。
「2000年代の後半は、大手キャリアが携帯電話回線の高速化にしのぎを削っていた時代です。携帯電話の高性能化に合わせて3G回線の高速化が一気に進んだのが2006年ごろで、その後2008年には『iPhone』が日本に上陸します。
つまり、スマートフォン黎明期という、もっとも忙しくなる時期に通信業界に入っていったことになります。今以上に、大手キャリアが回線の高速化をわれ先にと競争していて、次から次へ立ち上がるプロジェクトをいかに早く完了させるかが大変でしたね」
いよいよ、通信業界の中に飛び込んで行った大川氏ですが、そこではかつての工事会社での経験が生きたと言います。
「当時、クライアントであるベンダーさんに工事系の出身者が少なかったこともあり、私が施工技術担当となりました。具体的には、無線機を交換するための手順書の作成や品質管理のディレクション、完成図や工事写真をまとめた竣工図書という書類の確認をし、時には現場にて工事の指導もしていました。工事会社での経験があったからこそ現場で皆さんが行う作業を把握でき、決められた業務にとらわれず横断的に業務を見ることができました」
また、激しい競争の時代に通信業界に携われたからこそ体験できたこともあったと言います。
「キャリア各社がエリアカバー率にしのぎを削っていた時代、工期を少しでも圧縮するのが現場での最大の課題でした。そのためには、仕事の『やり方』を変える必要があった。
具体的に言うと、属人化された業務を標準化し、すべての関連会社に同じ品質の作業をしてもらう必要がありました。こうしたことを考えていく作業は、とても楽しかったです。
たとえば、基地局に設置する通信機器は外国製のものが多いのですが、その説明書も一応日本語訳はされているもののほぼ直訳のものが多かったり、専門的な技術用語が多用されていたりして、誰が見てもすぐ理解できるものになっていないことが多いんです。ですので、現場経験もある私が、そうした文章を『再翻訳』して皆さんに配布することで一気に業務の標準化が進んだことがありました。
このように、自分のアイデアや創意工夫でいかに現場の手間や労力を最小化させ、同じクオリティの作業を担保していけるかを考えるのは、すごくやりがいがあり楽しかったです」
エンジニアが業務に集中できる「エンジニアファースト」の環境
業界がもっとも激しい競争を繰り広げていた時代に、通信業界の世界に飛び込んで行った大川氏ですが、トライアローだからこそ続けて来られたと言います。
「一言で言うと、トライアローは本当に『エンジニアファースト』な会社だと思います。具体的には、エンジニアが自分にしかできない仕事に集中できる環境を作ってくれる会社だと思います。
以前、ある会社の大阪エリアの無線機を一気に交換する案件があったのですが、その時に必要な資材を素早く全部手配してくれました。当社は、営業の他に各支店に営業事務の皆さんがいるのですが、営業と営業事務の連携がよく取れているのも特徴のひとつでして、その時も普段からの連携があってこそ素早い手配ができたと感じました。
おかげで、私は自身の専門業務に集中することができました。その様子を見て、ベンダーさんがうらやましがっていたくらいです(笑)」
トライアローで通信エンジニアとして長く現場を引っ張ってきた大川氏ですが、今後の目標についてこう語ります。
「やはり、なんと言ってもプロジェクトの立ち上げですね。営業とエンジニアと一緒に案件を獲得し、立ち上げから軌道に乗せるまでを見届けてみたい。
当社は、メーカーでもなければ商社でもない。その独自の視点を持って、技術の現場で立場を確立していきたいです!」
現場経験があるからこその創意工夫で業界に貢献してきた大川氏。今後も、急速な技術革新と成長が続く通信業界において、その挑戦は続きます。
※ 記載内容は2024年3月時点のものです
