引っ込み思案だけど、好奇心旺盛。まずは挑戦して、苦手を楽しみに変えていった幼少期
外に出るとおとなしく物静かなタイプでしたが、好奇心は旺盛なほうでした。友達と外で遊ぶこともある一方、映画が好きで家や映画館で夢中になって観ていたのを覚えています。
小学校に入ると、ピアノや水泳、そろばんなどに通うようになり、放課後は習い事で忙しかったです。高学年くらいからは剣道も始めました。中学校でも剣道部に所属しましたが、部活動よりも勉学を重視する学校に進んだため、どちらかというと勉強中心の生活に。高校に進学すると同時に吹奏楽部に入部。他の楽器も演奏できるようになりたいと思い、バリトンサックスを担当しました。
習い事の中でもとくに熱を入れていたのがピアノです。親から勧められて始めたものでした。最初は基礎練習が多かったのですが、続けていくうちにだんだん弾きたい曲も弾けるようになり、ピアノの面白さを実感できるようになっていきました。現在も続けており、更なる技術の習得を目標にしています。
当時、あまり活発な性格ではなかった自分にとって転機になる出来事がありました。高校2年生のときに、友人のひとりがイギリスへの短期留学を果たしました。留学中の話を聞き、海外に出てみたいと思うようになったんです。
それが実現したのが大学生のとき。語学の習得が主な目的でしたが、価値観が一変するような経験がしたいという思いから、マレーシアに留学しました。
マレーシアは多民族国家です。マレー系、中華系、インド系などいろいろな民族の方がいて、イスラム教やキリスト教、仏教など宗教もさまざま。文化や考え方が日本とはまるで違っていて、刺激的な体験ができました。
一方、大学では有機化学を専攻しました。化学は物理や生物なども網羅的に勉強する必要があるため、幅広く学ぶことでその後の選択肢が広がると考えたからです。中でも工業化学を選んだのは、より実用性の高い領域について学びを深めたいと思ったから。具体的には、芳香剤などに使われるラクトンという物質の効率的な合成方法について研究していました。
社員の方々のあたたかい雰囲気に惹かれて。製品の幅広さも入社の決め手に
大学卒業後は化学に関係する分野だけでなく自身の趣味や経験をもとにさまざまな分野で働きたいと思っていました。興味の幅が広く志望先を絞るのに苦労しました。そんな中、帝国繊維を知ったのは、企業から学生にオファーが届く、逆オファー型のサービスを通じて説明会に参加したのがきっかけです。
説明会に参加してまず興味を持ったのが、帝国繊維が防災事業を主軸としていること。災害が激甚化する中、社会貢献性の高い仕事ができる点に惹かれ、選考を受けることを決めました。
何度か受けた面接の中でいまも忘れられないのが、社長との最終面接です。とても威厳のある方で、それまでの面接の和やかな雰囲気とは打って変わって、最初から最後まで緊張しっぱなしでした。
緊張していて何を話したか覚えていませんが、「仕事が一人前にできるようになるまで20年ほどかかる。それまで君を育てるので、それに応えるよう努力してほしい」という主旨のお話があったのを記憶しています。社会人としてどう振る舞うべきかを教えていただきました。
最終的に入社の決め手となったことはふたつあります。ひとつは、社員の皆さんの雰囲気の良さです。とくに印象に残っているのが、面接で会社を訪れた際、ラウンジで社員の方々が談笑している風景。皆さんとても仲が良さそうで、あたたかい雰囲気があり、自分と波長が合いそうだと感じました。
ふたつめは、帝国繊維が手がける製品の幅広さです。ひとつの製品を長く扱うより、いろいろな製品を手広く扱うほうが自分には合っていると考えていました。多面的に部署を展開している点も魅力的な点です。自身の経験や大学で学んだ化学の知識を活かせる場面もあるのではないかと考え、入社を決めました。
自衛隊研修をはじめ、たくさんの貴重な経験を積む。学びと気づきに満ちた研修期間
入社後の研修では、まず役員の方から社会人としての心構えについて学びました。私たちの世代がこれからの時代を生き抜いていくためには、日ごろから常に考えること。そして学び続ける姿勢が大事であることを教えていただきました。
その後、各担当の先輩社員からすべての部署の業務内容について説明を受けましたが、中でも印象的だったのが、ハイドロサブシステムです。東日本大震災が発生した際、当社の大量送排水の仕組みが原子力発電所で大活躍したことを多くの先輩が熱く語っていて、社会貢献度の高い製品を扱っていることを誇りに感じましたね。
外部研修として2泊3日で自衛隊の大宮の駐屯地で訓練に参加したことも忘れられない出来事です。テントの設営やガスマスク体験など、初めて経験することばかり。天幕や検知器など当社の製品を使った訓練にも参加し、製品がどのように自衛隊で使用されているかを知る、貴重な経験ができました。
自衛隊は、国の安全を保つために設置された部隊であるため、当然ながら、すべての行動が秩序立っているんです。怠けたり不精したりするとすぐに指摘されます。ずいぶん鍛えられたことで社会人としての自覚が芽生え、気が引き締まりました。
5月には自社工場での研修に参加し、鹿沼工場で3週間、下野工場で1週間、実際の業務に就きました。とくに鹿沼工場では、消防用ホースの生産のラインに入って製造過程を体験できたことはとても有意義だったと思っています。
消防用ホースにはさまざまな種類があるのですが、中には巨大な口径のものも。ホース自体の重量も重く、製造にも取り扱いにも高い技術が求められます。生産を支えている方々には頭が下がる思いがしました。
入社してまだ数カ月ですが、充実した研修のおかげで、製品への理解が大いに深まったと感じています。営業の仕事を担当する上で、製品の知識はとても重要なもの。これからますます情報の拡充に努めなければと気持ちを新たにしているところです。
とにかくやってみる。持ち前の継続力を活かし、誰よりも自社製品を知る営業に
特に、自社製品に関する知識では誰にも負けたくないという気持ちがあります。なかでも検知器は、どんな原理で対象物を分析しているのか、範囲や精度はどの程度かなど、学生時代に学んだ化学の知識が活かせる分野です。いまはまだ空っぽの状態ですが、だからこそ詰め込み甲斐があると思っています。
そうやって知識を身につけた暁には、海外にでて活躍したいとも考えています。そのために語学の勉強も続けていくつもりです。
子どものころ、なかなか一歩を踏み出そうとしない私をみて、父は「やってもいないのに、なぜできないとわかる」とよく言い聞かせていました。そうやって繰り返し叱咤される中で思い切って挑戦することが習慣に。いろいろなことへの挑戦を繰り返すなかで、「実際にやってみれば意外となんとかなる」ということを学びました。
また、どんなことでも継続することに意味があると思っています。ピアノの練習がいまではルーティン化し、日常の一部になりました。ずっと弾けなかった曲が弾けるようになるなど、成長を実感できるのはうれしいもの。ピアノを通して、続けて取り組むうちに状況が一変することを学べたのは大きな収穫でした。実はいまも幼少期に教えてもらっていた先生のレッスンを変わらず受けていて、よりテクニックを要求される曲やジャンルにも挑戦しています。
どんなことでもとにかくやってみることを信条とし、全てのことに興味深い点が存在し、続けることで良さを理解してきました。たとえ興味のないことでも好きだと思えるまで続けられるのが私の強み。面接時に社長から言われたように、20年後に一人前になれると信じ、困難をいとわずどんな仕事にも積極的に挑戦しながら、業務のために勉強することが当たり前になるくらい学びを徹底していきたいですね。

