事故を経験しても変わらなかった建設への思い
幼いころから、家業である建設会社で働く父や兄の姿に憧れ、工業高校に進学しました。高校時代は、バレーボール部に所属してほぼ毎日練習に明け暮れる日々を送っていました。仲間たちと汗を流し、チームワークの大切さを学びながら過ごした青春時代は、今でも私の心の中に残っています。高校を卒業してからは、大型重機土木の会社で重機オペレーターとして働き始めました。建設現場で重機を操る仕事は、自分の技術で大きなものを動かし、形あるものを作り上げていく達成感に満ちていました。建設業に携わることが好きで、毎日が充実していたのを覚えています。
しかし、入社5年後の23歳の時、私の人生は大きく変わりました。地下タンク解体・新設工事で掘削作業中、重機の足場となっていたタンク頂版コンクリートが崩落し、その時操縦していたバックホウとともに約8メートル落下しました。落下する際のスローモーションのように移り変わっていく景色は今でも鮮明に覚えています。落下の衝撃で腰の骨が折れ、腰から足にかけて感覚が鈍くなっていきました。意識を失うことは無かったので、腰は今まで体験したことがない激痛で気が狂いそうになったことや、地上から聞こえる同僚の声、遠くから聞こえてくるサイレンの音など、とにかく大事になってしまったのは自覚していました。レスキュー隊に救出され病院に運ばれて、処置の合間に先生に「体は元に戻りますか」と問いかけ、「難しいかも…」と答えを聞いたことも覚えています。
そこから車いすを使う生活となってしまったのです。突然の出来事に戸惑い、これからどうやって生活していけばいいのか先が見えない日々が続きました。それでも不思議なことに、事故を経験してもなお、建設業が好きという気持ちは変わりませんでした。むしろ、もう一度建設業に関わりたい、この業界で働き続けたいという思いが日に日に強くなっていきました。
就職活動を始めた当時、車いすユーザーということで普通の企業で働けるのかという根本的な不安がありましたが、高校を卒業してからずっと建設業に携わってきた私にとって、他の業界で働くという選択肢は考えられませんでした。そこで、障がい者の中途採用を積極的に行っている企業、そして建設業の内勤で働ける企業を探し続けました。
清水建設のことは、スーパーゼネコンの一つとして認識していましたが、障がいを持つ者を本当に受け入れてもらえるのか、半信半疑な部分もありました。しかし、「労災事故を経験した自分だからこそ建設現場における安全について伝えられることがあるのでは」という思いを履歴書にしたため、思い切って応募しました。その後、選考が進む中で、障がいのある私に対する配慮の仕方や、障がいの有無に関わらず一人ひとりの能力を正当に評価し、それぞれが活躍できる環境を整えようとする姿勢を感じ、不安が徐々に期待へと変わっていきました。
慣れないスーツ姿でのオフィスワークの日々~突然の転機をきっかけに新たな挑戦へ~
2014年7月、29歳の時に契約社員として清水建設に入社しました。最初は重機オペレーターの経験しかない私にはできる仕事の想像も付かず、簡単な事務でも建設に関われれば、と思っていました。配属されたのは土木部で、事務職としてのスタートでした。前職では、重機オペレーターとして建設現場で身体を動かして働いましていたので、スーツを着てオフィスで、一日中パソコンと向き合う業務に戸惑いました。
分からないことだらけの日々でしたが、ルールを一つ決めていました。それは「10分考えてわからないことは聞く」ということです。先輩方の温かいサポートに支えられながら、少しずつオフィスワークに慣れていきました。
そんな中、転機が訪れました。採用試験の時の面接官だった副支店長から「現場経験もあり施工管理の資格も持っているなら、技術職として働いてみてもいいのでは」と言っていただいていたのです。私自身も技術職を希望していたこともあり、土木生産計画部の仕事を兼務するようになりました。土木生産計画部では「積算」という業務に携わることになりました。積算とは、工事にかかる費用を細かく積み上げる専門的な仕事です。部署の方々が一から丁寧に教えてくださり、徐々に業務を覚えていきました。
重機オペレーターからオフィスワーカーへ、そして事務職から技術職へ。29歳で踏み出した一歩が、予想もしなかったキャリアを歩むことになりました。不安だらけのスタートでしたが、周囲の支えと自分なりの努力で、新しい世界に適応することができたと感じています。
再び工事現場へ~新しいキャリアを拓くために周囲が協力してくれたこと~
キャリアを積んでいく中で、さらに上をめざすためには何が必要か、を考えた時に、技術士の資格取得を思い立ちました。土木技術系資格の中でも最難関と言われています。この資格取得に挑戦しようと思ったのは、障がいがあるからといって、できないわけではない。そのことを自分自身で証明したいという思いが、私の原動力となったからです。
この資格を取得するためには現場で経験を積むことが必要でした。そんな時に新名神枚方トンネル建設所で現場事務所に常駐して積算業務に携わってほしい、というオファーがありました。
枚方トンネルの工事現場事務所は元々、正面玄関にスロープがあり多目的トイレも設置されているなど、バリアフリーが進んでいる環境でした。しかし、業務を行う執務スペースは2階にあるものの、トイレは1階にあったため、1日に何回も昇り降りが発生します。私は、同僚に背負ってもらい、車いすも運んでもらっていましたが、気心の知れた仲間とはいえ、やはりお互いに気を使ってしまう部分がありました。常駐が正式に決まってからは、建設所長の指示で、現場事務所の階段に昇降機を設置していただき、とても快適に業務を行えるようになりました。この現場事務所のバリアフリー化を、社内のチャレンジフォーラムで好事例として発表する機会もいただき、そこから障がいのある社員向けの現場見学会の開催へとつながっていきました。
私自身も現場見学会の企画、運営に携わりました。全国から24名の障がいのある社員が参加した見学会では私が携わった業務内容を説明し、実際には見ることができないシールドマシンの内部を見学できるVRや、AIアバターに質問を投げかけるなど、普段はできない貴重な体験もしてもらうことができました。また、障がい別のチームに分かれて現場内を見学し、現場の規模感を体感してもらい、見学会後は懇親会も行い、参加された皆さんからとても高い評価をいただくことができました。
参加者からのアンケートでは、「車いすユーザーでは現場は無理とあきらめるのではなく、どうしたらできるのかを対話し、良い解決策を見つけるということを学んだ」、「車いすユーザーで現場勤務というイメージをつかむことができた。将来的には現場の事務として働いていきたいと思った」といった声が寄せられました。
見学会実施に協力してくれた枚方トンネル建設所の皆さんの理解とサポートに本当に感謝しています。
結果を恐れず挑戦し続け、自分にしかできない仕事を見つけていきたい
中長期的な目標としては、まずは管理職になり、仕事の幅を広げ、後継者育成に貢献したいです。自身の知識や経験を次の世代に伝えていくことが、組織にとって重要なことだと思っています。加えて、自分にしかできない仕事を見つけたいと日々模索しています。一人ひとりに向き合い、個々人の能力を最大限引き出すようなマネジメントができたらと思っています。
学生や求職者の皆さんにお伝えしたいのは、当社は何か困ったときに助けてくれる人がたくさんいる会社だということです。結果を恐れずに、自分で考えて業務に取り組めることが、当社の魅力だと思います。
周りの人たちがサポートしてくれる環境がある中で、自分から積極的に動き、学び、成長していける人であれば、必ずこの会社で活躍できると確信しています。私自身、これからも挑戦を続けながら、自分にしかできない仕事を見つけていきたいと思っています。
※記載内容は2026年1月時点のものです

