コンサルティング業界に入ったのは、本当に偶然でした
小さい頃から日本の歴史が好きで、伝記・漫画・雑学本・小説……授業中もニヤニヤしながら日本史の資料集を読むような学生でした。そのような背景から、大学入学後、何の迷いもなく日本史学を専攻し、大学院へと進学、大好きな日本史の研究をなりわいにして生きていきたい、そうなれると信じていました。
しかし、そう思い通りに進むわけはなく、家族の事情等もあり、当時は大学院への進学を断念、就職することにしました。就職活動も出遅れ、事前の情報収集も熱心にせず、友人から勧められる企業に応募してはESや1次、2次で落ちる日々……そんななか、唯一内定をもらえたのがコンサルティングファームでした。つまり、私がコンサルタントになったのは“偶然”だったのです。
でも、意外と性に合っていたのかもしれません。私は、一番過酷と前評判を聞いていた金融機関(FS)の戦略グループに配属されましたが、「入社したからには頑張ってみるか!」という気持ちのもと、昼夜を問わず働きました。仕事では厳しく、その分プライベートでは優しくしてくれる先輩方のおかげで、辛くも充実感はありました。
そんななか、ある程度の実力をつけたタイミングでふと立ち止まってしまいました。仕事のやりがいや先輩からの期待は感じる、経済的にも十分な報酬をもらっている。しかし、職位が上がっていくにつれ、何とも形容し難いのですが、「コンサルティング」という仕事に対する周囲と私の“熱量”の差をなんとなく感じ始めていました。
また、子どもが産まれ、家庭環境も変わりました。子どものことは妻に頼り、自分は仕事やゴルフ・飲み会に行く日々。当たり前のように思っていたのですが、なぜか突然、違和感を覚えるようになりました。自分がこの先もその会社でコンサルティングをしている未来が描けなくなったのです。
そして、私は自分の夢であった研究職を再度目指してみることにしました。大学院へ進学するために改めて勉強して知識を補い、少しでも合格率を上げるために社会人枠がある大学院を探し、受験して見事合格。7年越しの夢への一歩でした。
新たな夢を探す場を与えてくれた、Ridgelinez
大学院の修士から博士課程には4年間通いました。生来、喘息持ちで身体が弱いにもかかわらず、大学院在籍中は体調を崩すことはほぼなく、また家族からも若々しくなったと言われるほど、心身ともに幸せに満ち溢れた時期でした。
しかし、子どもはすでに小学生になり、家計の余裕もなくなっていました。青臭く夢を追うことができる期限は迫っていました。その当時の私には4つの選択肢がありました。
新卒で入社したコンサルティングファームに戻ること、研究の延長線で紹介いただいた地方自治体で働くこと、コンサル時代の友人がいる事業会社に行くこと、そしてコンサル時代の先輩が誘ってくれたRidgelinezに入社することでした。
振り返ると、この転職の判断において私は3つのポイントを重要視していました。1つめはもちろん経済的な観点です。子どもも大きくなっており、一定のお金がかかることは自明であったので、そのような中、コンサル時代より給与水準を下げることは少し抵抗がありました。
2つめはビジネス的な観点です。前述のとおり、コンサルティングビジネスには不満は一切なく、また経験者として第一線に戻ることも比較的容易であろうと思っていました。
そして最後が持続可能性の観点です。定年まで長くという考えは一切ありませんが、これまでアカデミア中心のキャリア形成であったこともあり、今回の転職では一定期間の在籍・今後のキャリアに生かせる選択をしたいと思っていました。
1つめと2つめでコンサルティング優位、3つめで事業会社優位と拮抗するなか、バランスよく両立しているポジションだったのがRidgelinezでした。
加えて、「もちろんコンサルティングはなりわいになってくる、ただそれ以外のことにも期待している」とRidgelinezのパートナーから言われました。「それ以外のこと」とは、採用、後進の育成、対外発信、組織運営でした。他のコンサルティングファームでも、マネージャー以上であれば求められるということは理解していますし、経験もあります。しかし、それは一定の枠組みや型を前提にした管理職ゆえの業務でした。
ですが「Ridgelinezはまだ創業間もなく枠組みや型があるようでない。大手ファームでの実績、別の畑である大学院での経験、そして直近学生に触れてきた生の体験もあるだろう、それらを駆使して是非これからのメンバーにとっての新しい会社の枠組みに挑戦してほしい」と示唆されたことは、転職先を決める大きな理由となりました。
ハイテクから金融、コンサルティングから育成からフットサル大会まで幅広く
Ridgelinez入社後、私を誘ってくれたパートナーが管掌するハイテク業界の専門組織に入り、大手総合電機メーカーの全社DXプログラムや大手製造業のサステナビリティ変革支援に参画しました。また私のバックボーンでもある金融業界にも携わり、損保会社のサービスデザインプロジェクトや金融持株会社の成長戦略立案案件にも参画しています。これらの案件は提案活動から自身がリードし、プロジェクトでは責任者としてカウンターに立って活動をしています。
コンサルティングプロジェクトだけではありません。採用活動はもちろんのこと、人事の方と一緒に新卒や中途社員向けトレーニングカリキュラムの検討や講師としての登壇、フォローアップ等。若手スタッフのメンターとなり、キャリア座談会からフットサル大会の企画まで、プライベートを含めたコミュニケーションの場の形成。ハイテク、金融、サステナビリティ、それぞれのパートナーとともに組織のプランニングや運営……。
「Tさんはどこにでもいるね」と最近よく言われます(笑)。
Ridgelinezでは、肩書きや役職に関わらず、意思のある者が「やりましょうか!」と言えば本当にいろいろなことができます。もちろんそのためには我々の本業であるコンサルティングでしっかりとした実績と信頼を得なければいけませんし、やると言ったからにはやり切ることが不可欠になってきます。身体的にも精神的にも楽ではありませんが、誇張なしで、大学院時代と同等の多幸感は得られているように感じています。
キャリアプランが模索中だからこその振る舞い
ここまで読んでいただいてお分かりかもしれませんが、私は自慢できるようなかっこいいキャリアを歩んできたわけではありません。コンサルタントとしてはいまだに“熱量”が足りないのかもしれません。それはつまり、私個人としてやりたいことはいまだ定まっていないということなのだと思います。
しかし、メンバーが成長できる場=仕事が創出できるよう意識してコンサルティングをしていますし、補強するための社内トレーニング、そしてRidgelinezに所属することに少しでも意義や価値を感じてもらえるような組織運営を心掛けています。
Ridgelinezにはいろいろな人がいます。明確にビジネスアスピレーションを持っている人もいれば、自身の成長を掲げている人もいれば、私と同じように明確なキャリアプランが描けていない人もいるのだと思います。確固たる枠組みや型がないからこその緩い紐帯でつながり続ける、だからこそ個性が融合する自由度がある。私の勝手な考えかもしれませんが、そういうRidgelinezが私は好きです。
※ 記載内容は2024年4月時点のものです
