「最強のクルマ」は未来を創る。ゼロから始めたソーラーEV開発
日産自動車のR&D部門で、先行車両開発部に所属する井上。現在は、社内コンペティション「New Value Co-Creation」で最優秀賞を受賞したAo-Solar Extender(あおぞらエクステンダー)の開発に専念しています。
「Ao-Solar Extenderは、駐車時にパネルが伸びて発電面積を広げる、EV向けの電動スライド式のソーラーシステムで、年間3,000km走行分の発電をめざしています。
2025年のJapan Mobility Showに試作車を出展し、現在は量産開発に向けた技術課題の洗い出しや目標設定をしている先行開発を進めています」
このプロジェクトについて、「私が行きたい場所を示して、みんなで進む。やりたいことを、やりたい人が、やりたいように進めるチームをめざしている」と言う井上。その原動力となっているのが、「未来」への強いこだわりです。
「誰もやっていないことや前例がないことを否定するのは、すごく簡単です。でも、そこに引きずられることなく、私たちが本当に創りたい未来の生活や社会を常に忘れずにいたい。過去はリスペクトしつつ、現在に向き合いながら、常に未来のことを考えています」
井上が描く未来。それは、「最強のクルマを創りたい」という子どものような純粋な探究心がベースになっています。
「私はEV開発がしたくて日産に入りましたが、日本では充電インフラがハードルとなり、なかなか爆発的に普及しない。じゃあ充電のいらないソーラーEVが究極の自動車なんじゃないか、と思ったんです。
日本はエネルギーを輸入に頼っていますが、ソーラーEVなら屋外に駐車しておくだけで走れるのでガソリンも充電もいらないし、CO2を出さない。クリーンなだけでなく、災害時にはエアコンも使える小さな発電所、小さな避難所にもなります。
地球全体にも、日本という国にも、社会にも、お客さま個人にとっても嬉しいクルマであり、これが普及すればみんなにとって良い未来が来るんじゃないかなと思っています」
限りある時間の中でやりたい仕事を楽しむ。休職を経て自分だけの人生を生きようと決意
2010年に入社して以来、電動車用のモーターやインバータの部品開発から、e-POWERのシステム開発、バッテリーのリユース/リサイクル技術開発まで、電動化の第一線で多様なキャリアを歩んできた井上。しかし、若い頃は今とはまったく違う仕事観を持っていたと振り返ります。
「若いころの私は、『仕事をこなす』というスタンスでした。いち早く仕事を終わらせて週末に遊ぶことを一生懸命考えていました。会社の同期とEVのレーシングカートをつくる部活動のようなこともしていて、全国大会で3位になったこともあります。でも、仕事においては『これがやりたい!』という強い想いはとくになかったですね 」
そんな井上の転機となったのが、2016年の休職でした。プライベートで深く思い悩む出来事が重なったことをきっかけに心身のバランスを崩し、うつ病と診断され、約半年間仕事を離れることになります。
「深く落ち込み、自分自身を見つめ直す中で、『人間はいつか必ず終わりを迎える』という、当たり前の事実にあらためて気づきました。それまではどこか他人事だった『限りある時間』を自分事として強く意識した時に、『これからどう生きようかな。限りある人生だからこそ、ちゃんと生きよう』って思ったんですよね」
復職後は、仕事への向き合い方が一変します。「こなす仕事」ではなく、すべて「やりたい仕事」として主体的に判断し、自らの考えやアイデアを提案するようになりました。今では「その方が、めちゃめちゃ楽しい」と井上は笑います。
「さまざまなアイデアを提案できるようになったのは、それまでいろんな部署を経験させてもらったことも大きな要因だと思います。1つの部品だけに関わっているとなかなか新しいアイデアは出てきませんが、多様な部品やシステムを経験したことで、『これとそれを組み合わせたら、もっといいものをつくれるんじゃないか』という発想ができるようになりました」
そのアイデアは、「New Value Co-Creation」への挑戦にもつながります。井上はAo-Solar Extender以外にも、過去には「お客さま自身がクルマをつくる」という、注文住宅や組立家具のようなコンセプトを提案したことがあります 。
「自分で組み立てたクルマが動き出す瞬間って、鳥肌が立つほどの感動があるんです。これまでは自動車メーカーのエンジニアしか味わえなかったその体験を、お客さまにも味わってほしいと思って考えたアイデアでした。子どもと一緒にクルマを組み立てたり、家族で内装を選んだりできたら、みんなもっとクルマに愛着が湧くと思うんですよね。
残念ながらコンペでは落選してしまったのですが、この夢を私はまだ諦めていません。ソーラーEVの次にやりたいテーマです」
2度目の休職と2年の停滞。それでも「やりたい」と声を上げ続け、仲間が集まった
Ao-Solar Extenderのアイデアが生まれたのは、本当に偶然だったという井上。
「Webのニュース記事で、車体全体を覆って雨風や直射日光から守る、畳み傘のような電動開閉式のカーアンブレラの存在をたまたま見つけて、『これだ!』と。ビビッときましたね。
アイデア探しのコツは、義務的にインプットするのではなく、まず課題を自分の中の棚に入れておくこと。そして、気になった情報はすぐに見に行く、足を運ぶ。そうやって『リアル』を知ることが大事だと思っています」
カーアンブレラをヒントに生まれた「自動開閉するソーラーパネルを搭載したEV」というアイデアは、2021年の「New Value Co-Creation」で最優秀賞を受賞。しかし、実際に製品として開発するプロジェクトは、順風満帆とはいきませんでした。
「当時私はバッテリー開発の仕事をしていたので、Ao-Solar Extenderの開発には手が回らず、かといってどこかの部署で引き取ってもらうこともできず、開発は完全に止まってしまいました。優勝まで走り抜けた私は燃え尽きてしまい、自分で開発できないという状況にふてくされていたんです(笑)。
それから半年後、『New Value Co-Creation』の事務局から、次のコンペの参加者に向けて講演してくれないかと頼まれて。講演の資料を作りながら、『優勝したのに何も進んでないなんてかっこ悪いな。こんないいアイデアがあるんだから、ふてくされている場合じゃない!』と、再始動を決意したんです」
Ao-Solar Extenderを先行車として完成させるために、役員やさまざまな部署の部長に想いを伝えて回った井上。ようやく現所属の先行車両開発部署が引き受けてくれることになり、井上も同チームへ異動することになったものの、直後に新型コロナウイルスに罹患。後遺症により再び約半年間の休職を余儀なくされます。
「結局、優勝から自分の本業として開発を始められるまで、2年かかりました。コンペ用の試作品をつくった時はもちろん、先行車としての開発が始まってからも困難の連続でしたが、たくさんの仲間に助けられましたね。
昔一緒にレーシングカートをつくった仲間や、構造設計を手掛けるベテランの先輩など、直感で『この人に頼めば間違いない!』と思う人に声をかけて仲間を集めていきました。
日産には、『こんなことがやりたい!』という熱意を伝えると、『おもしろそうだね』と言って協力してくれるプロフェッショナルな人材がたくさんいます。気軽に相談できるし、愛ある厳しい指導もしてくれる──これは、日産という会社の魅力だと思います」
あなたの人生の主人公はあなた。挑戦する仲間とつながり、アイデアを新たな価値に
Japan Mobility Showへの出展も果たしたAo-Solar Extenderですが、井上は「まだまだロードマップの第2章が終わったくらい」と語ります。
「まずは量産化前のテスト販売に向けて、全国で実証実験をやりたいと思っています。たとえば冬の北海道や北陸は日照時間が短いし、火山灰が降る鹿児島や台風が多い沖縄で使えるのか、など各地で気象条件が大きく異なります。量産車として売り出すには、どんな場所でも安心して使えるクルマとして開発しなければなりません。
また、今は発電効率20%程度の安価な太陽電池を使っていますが、ニーズや市場があると確認できれば研究開発が進み、もっと高効率の電池がつくれるはず。すると製品価格も安くなり、普及が進む。さらにその先では、自動車にソーラーパネルをつけるのではなく、『ソーラーパネルに自動車がくっついている』という発電主体の考え方になり、自動車そのもののデザインも変わる──そんな流れを起こしたいと思っています。
最終的には、ソーラーEVが当たり前の世の中になり、アフリカなど発電所や充電インフラがない場所でも走れるクルマにしたいし、衛星通信システムや水を補給できるしくみをつくればベースキャンプ地にもなる──『最強のクルマ』になるまでの物語は何章構成になるのかわかりませんが、最後までやり抜きたいですね」
今後のキャリアについて尋ねると、「最強のクルマ」を普及させるという大きな目的のためなら、役職にはこだわりがないという井上。最後に、後輩たちや採用候補者に向けて熱いメッセージを贈ります。
「私は自分の人生の冒険者であり、私の人生そのものが作品となるアーティストでありたいと考えています。Ao-Solar Extenderを開発し、お客さまに届け、ソーラーEVを普及させるこの物語すべてが冒険であり、作品です。
日産の若手社員やこれから入社を希望する人に伝えたいのは、周りが何と言おうと、あなたの人生の主人公はあなただということ。どんな人生を歩むのかは、あなたが自分で決める。そこでもし困ったら、私のところへ相談に来てください。
『New Value Co-Creation』に毎年200件以上の応募があるように、日産には『挑戦する精神』を持った人がたくさんいます。そういう人同士がつながって協力し合えば、きっとこれまでにないアイデアが生まれ、新しい価値を生み出せるはずです。私がAo-Solar Extenderを必ず製品化して成功事例となるので、みんなももっともっと挑戦を楽しみましょう」
※ 記載内容は2025年10月時点のものです
▶ Ao-Solar Extenderを搭載した試作車の様子は、Instagramからもご覧いただけます!
