音響振動と熱の領域でメタマテリアルを開発。互いの専門性を活かし、チームで密に連携
新技術で今までにない体験の実現をめざす日産の総合研究所。その中にある先端材料・プロセス研究所で主任研究員・エキスパートを務める三浦は、実験試作部の宮原と田中と共に新規材料の開発に取り組んでいます。
三浦:車内環境の快適性を追求する上で、音響振動(音振)、熱、光、空質の4つの特性分野があります。その中で私がチームリーダーとして取り組んでいるのは、音振と熱の分野におけるメタマテリアルの研究開発です。メタマテリアルとは、自然界では通常見られない特性を持つ人工物質で、従来の材料では実現できない快適性の向上が期待できます。
宮原:私は熱を専門分野として、新規材料の評価実験を担当しています。エネルギーを使わずに夏場の車内温度の上昇を防ぐ自己放射冷却塗装を中心として、さまざまな材料に関する熱の計測や分析に取り組んでいます。
田中:私が担当しているのは、音振に関する新規材料の実験です。遮音性と軽量化を両立する音響メタマテリアルをはじめ、制振や吸音などそれぞれの目的に合致する方法を考えながら実験を行っています。
三浦を中心として、新規材料の商用化に向けた実験に取り組んでいる宮原と田中。研究担当と実験担当で連携しながら業務を進めています。
三浦:実験に対する要望を宮原さんや田中さんへ伝えると、「こういう方法ならどうか」と、想像もしなかったような提案がもらえます。研究担当と実験担当で意見が異なる場合もありますが、お客さまに今までにない快適性をお届けするという最終ゴールは同じです。材料が持つ可能性を最大限に広げられるよう、互いにアイデアを出し合っています。
共通のゴールに向かい、各分野のスペシャリストとして挑戦を続ける3人。仕事をする上でそれぞれが大切にしている考えがあります。
三浦:私は新規材料の研究開発を通じてクルマに斬新な機能を付加することで、クルマ自体だけではなく社会全体を豊かにしたいと考えています。その実現に向けて最優先するべきは、安全と健康です。その2つを絶対条件とした上で、お客さまに今までにない感動体験を提供したいと考えています。
宮原:私が常に意識しているのは、新規材料がもたらす価値をいち早くお客さまにお届けするということです。そのためにも安全を第一に考えつつ、実験や評価のプロセスを迅速化できるように工夫しています。
具体的に実験計画を立てる際に心がけているのは、まず目的を確実に理解することです。そして目的の達成において不要な工程がないか、より効果的なアプローチができないかをメンバーで議論しながら、開発スピードを上げられるように努めています。
田中:私は「作業者にならない」ことを大切にしています。ただ依頼されたことをやるのではなく、宮原さんと同じく目的をしっかりとヒアリングした上で実験に取り組むようにしています。
もう1つ大切にしているのが、自分のやりたいことを提案する姿勢です。チームは非常に風通しが良く、自分のアイデアを提案しやすい雰囲気があります。その環境を活かしてチームに貢献するためにも、新たに挑戦したいことを積極的に発信しています。
「透明マント」をつくりたい──その夢から始まった音響メタマテリアルの実現追求
2013年から先端機能材料の研究開発に取り組んできた三浦。優れた遮音性と軽量化を実現する音響メタマテリアルの研究開発に、2015年から着手しました。
三浦:開発の発端は、メタマテリアルを使って光を制御して物体を見えなくする「透明マント」をつくることでした。運転席から死角をなくしたい。そう考えたのがもともとのきっかけでしたね。
今から約20年前にも、日産の先輩方が「透明マント」の実現をめざして研究に取り組みましたが、技術的な限界から断念したという過去がありました。しかし現代の技術なら実現できるのではないかと思い、再挑戦することにしたのです。
ところが道のりはとても険しかったですね。実用化どころか、成功している研究者もいまだに世界にいないことがわかりました。行き詰まって学会で助言を求めたところ、アメリカのある大学教授の言葉に新たなヒントを得ます。それは「光ではなく音の領域なら自然界に有り得ない現象がメタマテリアルで実現できるのではないか」ということです。
当時はちょうど電気自動車が普及し始めた時期で、エンジン音が解消された分、ロードノイズが課題となっていました。その課題を解決するため、音の領域における「透明マント」をつくろうと思い、音響メタマテリアルの研究開発を始めたのです。
「透明マント」が発端となった音響メタマテリアルの研究開発。まだ世の中にない材料の開発に挑戦することは、総合研究所の使命だと三浦は話します。
三浦:性能の向上や技術の改良であれば、社内のさまざまな部署がすでに取り組んでいます。そうした中で私たち総合研究所に求められているのは、ゲームチェンジを起こすような革新的な価値の創出です。「他がやらぬことをやる」のであれば、「透明マント」でも音響メタマテリアルでも、日産は全力でバックアップしてくれます。
この音響メタマテリアルの実験担当として、2020年にキャリア入社した田中。チームへの参加が決まった当時の心境をこう振り返ります。
田中:入社前に総合研究所の紹介動画を視聴していたときに、音響メタマテリアルについて知りました。私はこれまで音振の実験経験はありませんでしたが、とても興味深い内容だったため「担当できたらおもしろいだろうな」と思っていました。
そのためチームへの参加が決まったときには、ガッツポーズしたくなるほどうれしかったですね。入社後に、当初は「透明マント」を開発しようとしていたと知って驚きましたが、壮大な構想にワクワクしました。
田中が入社前から興味を持っていた音響メタマテリアル。従来の材料では実現が難しいとされた遮音性と軽量化の両立を、三浦は構造の工夫によって実現しました。
三浦:音響メタマテリアルは、従来のようにゴムや金属などに素材を変えるのではなく、構造の工夫によって音を制御することが特徴です。試行錯誤の末、構造は周期的なハニカムにたどりつきましたが、最適な周期構造の大きさを設計し、それを実際に形にするのは苦労の連続でした。異業種の工場の方々にも力を借りながら何度も試作しましたね。
田中も初めて音振実験を担当する中で、さまざまな壁にぶつかりながら自身の役割を果たしました。
田中:私の前任は三浦さんの実験を長年担当していたこともあり、後任として一刻も早くチームに貢献したいという想いがありました。ただ、私にとって音振を担当するのは今回が初めてです。そのため業務に慣れるまでが大変でした。
とくに苦労したのは、実験中に起きる現象について、根本のメカニズムを解明しなければならない点です。前職ではある程度メカニズムが判明している現象の実験を行っていたため、ゼロベースで現象の原因を考えるのに苦戦しました。でも三浦さんをはじめチームメンバーがフォローしてくれたおかげで、着実に知識を習得できました。
未経験から音振の実験に挑戦して6年目。経験を積む中で田中は成長を感じています。
田中:たとえば納期の問い合わせに対し、実験に要する日数と、得られる結果を提示するなど、三浦さんが意思決定しやすい提案ができるようになったと思います。
一方で、思ったより実験に時間がかかってしまうこともあるため、もっと経験を磨いていきたいですね。現在はある実験が大詰めを迎えているところですが、目的の達成に向けて三浦さんとしっかり連携を図っていきたいと思います。
塗るだけで夏場の車内を快適に。エネルギー不要の熱のメタマテリアル
音響メタマテリアルに続き、三浦は2018年に熱のメタマテリアルを採用した自己放射冷却塗装の研究開発に着手しました。
三浦:自己放射冷却塗装は、エネルギーを使わずに物体を冷却できることが最大の特徴です。メタマテリアル構造によって人工的に放射冷却を起こし、クルマの屋根やドアなどの塗装面から熱エネルギーを大気圏外の宇宙に向かって放出させることで、車内の温度上昇を抑えられます。
しかも気温が低いと放出するエネルギー量が減るため、冬場は冷えず夏場だけ冷えるという非常に都合の良い材料です。
自己放射冷却塗装の研究開発が始まった背景にも、「透明マント」への探求心がありました。
三浦:波長が短い光の領域では「透明マント」を実現できませんでしたが、光よりも波長が長く電波に近い赤外線、つまり熱の領域なら実現できるのではないかと考えました。そこで赤外線について調べていたところ、著名な科学雑誌であるサイエンス誌で人工的に放射冷却を起こすメタマテリアルについて書かれた論文に出会いました。
車内環境の快適性を追求する上で、夏場の温度上昇も重要な課題です。それを解決できるのが、この熱のメタマテリアルだと考え、発明者に直接コンタクトを取って調査を開始しました。
こうして始まった自己放射冷却塗装の研究開発に、2022年から実験担当として参加することになった宮原。青年技能者の技能レベルを競う技能五輪全国大会で優勝経験を持つ宮原は、その高いスキルを活かして車両での温熱評価を担当しました。
宮原:自己放射冷却塗装の技術が、いかに画期的であるかは前任から聞いていました。そのため実験を担当することが決まったときは、うれしかったです。またテストピースではなく車両で評価を行うと聞いたので、技能五輪や車両実験部で培ったスキルを発揮したいと思いました。
温熱評価では、通常の塗料を塗装した車両と自己放射冷却塗料を塗装した車両を2台並べて屋上に設置し、温度上昇の違いを計測しました。とくに苦労したのは、必要なデータを取得するために車内のどの部分をどのように計測すべきかを検討することです。最終的に内装部品を取り外した車両を実際に確認しながら、担当者と議論し取り付け位置を決めることで、冷却効果を実証するデータを取得することができました。
今回の自己放射冷却塗料に限らず、新規材料の実験を担当する醍醐味は、見たことのない現象に遭遇できることです。そのワクワク感が、私にとって難易度の高い実験に挑戦し続けるモチベーションになっています。
冷却効果の実証に加え、もう1つクリアしなければならなかったのが塗膜の課題です。自動車塗装に適した膜厚にするべく、三浦は100以上のサンプルを作製。3年がかりでエアスプレーでの塗布に成功し、2023年11月から1年間の実証走行実験を羽田空港で行いました。
三浦:エアスプレーでの塗装に成功したとき、私も宮原さんも自己放射冷却塗装の革新的な効果や耐久性に手ごたえを感じていました。しかし問題は、どうすればその真価を市場にアピールできるかということです。そこで羽田空港で1年間、塗装した車両を通常業務として走行する実証実験を行い、メディア発表を行う計画を立てました。
結果として実証走行実験は成功し、自己放射冷却塗装の冷却効果と耐久性を公表することができました。こうした活動は、私たちのすばらしい発明を世に出すためにも非常に重要だと私は考えています。
今後も論文の執筆や日産の公式YouTubeでの配信、記者発表などを積極的に行い、自己放射冷却塗装の認知を高めていく意気込みです。そして未来のクルマに搭載できるよう、チーム一体となって商用化をめざしていきます。
「お客さまのため」を揺るがぬ軸として。メタマテリアルで究極の快適さを探索し続ける
常識を変える新規材料の開発に取り組んでいる3人。今後の展望について、それぞれの想いを語ります。
三浦:研究開発には時間がかかり、最終的に失敗に終わってしまうケースもあります。そのため音と熱のメタマテリアルにとどまらず、次のテーマを見つけて同時進行で研究開発に取り組むことが重要です。まだ詳細は明かせませんが、電力の消費がほぼゼロなのに快適性を高める新たな研究を始めています。
一般的に車内の適温や静穏性を保つには、エアコンやノイズキャンセリングなど多くのエネルギーとコストが必要です。そこで私たちは、従来と比較して圧倒的に少ない電力量で快適性を実現する新規材料の開発ができないかと考えています。最終的にはエネルギーを一切使わず、お客さまがびっくりするような快適なクルマを実現することが目標です。
宮原:三浦さんが挑戦しようとしている新たなテーマの実験に対応するためにも、知識やスキルを日々更新していくことが必要不可欠です。とくに分析のスキルを磨き、自分で対応できる範囲を広げていきたいと考えています。
そして「分析のことなら宮原に聞け」と言ってもらえる存在をめざしたいですね。それと同時に熱の専門性を深め、熱に関するすべてに精通したエキスパートになれるように成長を重ねていきたいと思います。
田中:私が挑戦したいのは、新しい実験手法を積極的に取り入れることです。一例として音の発生源を可視化する技術について情報を収集し、他部署と連携しながら業務への適応を進めています。私が作成したデータによって研究が進展するなど実際の成果も表れ始めているので、さらに活動を強化していきたいと思います。
今はとにかく挑戦したいことがたくさんあるので、時間を有効活用するためにDX(デジタル化)の推進も重要なテーマです。社内外のセミナーや研修を利用し、積極的に知識を取り入れて業務に適応していきたいと思います。
日産には最新の技術やスキルを学べる環境が充実しているのが魅力だと話す田中。キャリア入社したことで、ほかにもさまざまな良さを感じていると言います。
田中:入社してとくに印象的だったのは、誰もが積極的に発言する文化です。前職でも意見交換は活発に行われていましたが、日産ではみんなが自分の意見を持っているため、議論の熱量が高いと感じます。だからこそ意見がぶつかることで互いの良いところを認め合おうとする姿勢がありますね。
宮原:みんなが自分の意見を言えるのは、コミュニケーションが取りやすい風土があるからだと思います。難題にぶつかったり思い通りにいかないことがあったりしても、みんな笑顔を絶やさないことが、私が感じている日産の魅力です。
「このやり方のほうが良いのではないか」など、別の角度から提案ができるのも、チームの安心感や信頼感が強いからだと思います。
三浦:私から依頼したことをただこなすのであれば、チームの信頼感は生まれないと思っています。宮原さんも田中さんも必ず目的を理解しようと努めてくださり、自分の意見を言ってくれるから信頼して任せることができます。
そして私たちが熱く議論を交わすのは、すべて「お客さまのため」です。どんなときもその軸はぶらさず、お客さまが感動するようなクルマを、新規材料の開発を通じて実現していきたいと思います。
※ 記載内容は2025年4月時点のものです
