知識は宝物、30年前の学びは今でも役に立つ──モデラーの仕事の遷移
名古屋の工業高校を卒業した近藤が、三菱自動車デザイン本部に入社したのは約30年前。
近藤 「工業高校で身につけたアーク溶接やガス溶接、旋盤、フライス盤といった技術は今でも役に立っていますし、NC(クレイモデル切削)にも関連するところがあると思います。また、クレイモデラーはモデルの骨格(粘土以外の部分)を作るなど木工的な仕事もします。高校ではドラフターで三面図を書くなど図面の勉強をしていたので、そういう部分は今も仕事に活かされていると思います」
近藤は、モデラーという仕事の変化をこう話します。
近藤 「20年以上前だと、モデラーは製図通りに作ることが鉄則でした。たとえば、カタログの後ろに書いてある車の全長全幅の三面図のような情報でモデルを作ると、デフォルメしているケースもあるため、辻褄が合わないところがあったりしました。
その後変換期があって、スケッチから起こして、感性でクリエイティブにモノを作っていく方法に変わってきました。今のモデラーの仕事は、デザイナーが描いたスケッチをカタチにすること。デザイナーは絵で表現し、モデラーは三次元にする過程で辻褄の合わないところも表現していきます。
ただ、それだけではありません。モデルを作る上ではいろいろなものを計画する必要があり、日程を調整し、それに間に合うようにスピード感を持たせないといけないんです。たとえば塗装の仕上がりなども含め、たくさんのものを集大成させ、着地させるのが最終的なフィジカルモデラーの役割かな。
言われたこと以外も考えながら作っていく、より良いものを作って具現化することが、今のフィジカルモデラーには求められていると思います」
反省点は必ず次に活かしたい。その気持ちがモチベーション維持に
三菱自動車に入社して30年以上。近藤に、印象的な出来事について聞いてみました。
近藤 「苦労した仕事といえば、パジェロのモデルチェンジです。パジェロはパーツが多く、背負いタイヤやルーフレールもあるし、車高が高いので下回りにデザインされたスキッドプレートやサイドステップもある。フェンダーの前に、当時はキノコって呼ばれていたミラーもありました。そこで、各パーツをデザインモデルにつけようと考えました。モデルは粘土で作られていて(軟らかく)、ミラーなど加飾のハードパーツをつけるには材質が違うモデルを組み立てる必要があり、計画しながらやっていくことが大変でした。
プラモデルみたいに説明書はないので、当時はいろいろな条件を考えてクレイモデルを作っていましたね。ミリ単位の『合わせ』をちゃんと見るために、デジタルソフトウェアを触るきっかけにもなりました。モノを作る上での『合わせ』には、デジタルの力が必要だとその頃に思いました」
また、若手ならではの勢いが実績につながったエピソードもありました。
近藤 「先輩と若手のペアで実車の1/4サイズのモデルを作っていた入社当時のこと。今思えばかなり無理な変更を担当デザイナーから注文されて、日程も何も考えずそのまま引き受けて作りました。
結果、私が作った1/4モデルのベースが実際に販売される車(ギャラン)のデザインにつながり、『カー・オブ・ザ・イヤー』(過去1年間で最も優秀な自動車に与えられる賞)を獲得しました。
一緒に仕事をしていた先輩には『直前の変更を引き受けて、取り返しがつかなくなったらどうするんだ』と指摘も受けましたが、勢いで引き受けた結果、成功したので良い思い出です。
周りから怒られたこともあるけれど、そういった経験があるから今は若手をサポートしたいと思うようになりました。それが私のケースのようなターニングポイントにつながると嬉しいし、お互いに楽しいですよね」
若手時代を振り返りながら、近藤は仕事を継続できた理由とカーデザインについて自分の思いを語ります。
近藤 「デザインは答えがない世界なので、百点満点は絶対出ません。自分ひとりでは完全ではなかった仕事が、周りの人の努力の結果で製品になっていくこともあります。成功と反省を繰り返して継続しています。大変だけど、続けられるのは作ることが好きだから。自動車メーカーのデザインはただ作って終わりではなく、クルマというカタチにした結果、お客さんが乗ってくれることに喜びがあります。
また私たちの仕事は作ってすぐに商品になるわけではなく、4年以上のサイクルをかけるので、商品になると反省するところもいっぱいあります。反省点を次に活かしたいと思うことで、自分のモチベーションがずっと持続している感じがありますね」
三菱で培った技術は財産。そのスキルを若手にも継承していきたい
若手時代、実務以外にもカーモデラーのイベントに携わっていたという近藤。時代の流れによるイベントの減少で、今の若手は同じような機会が少なくなっていると話します。
近藤 「JCMA(日本カーモデラー協会)のイベントをサポートしたとき、学生がカースケッチを描き、企業のモデラーと一緒にスケッチをモデルにするという造形体験をしました。お互いにアイデアを出し合うことで、学生から学ぶこともいっぱいありましたね。
また、三菱自動車を愛するすべての方と交流を深めるファンミーティング『MMF(Mitsubishi Motors Fan)』では、参加者に楽しんでもらった一方、自分自身も学びがありました。イベントに向けてモデルを作るという仕事は、誰の指導もなく、自分で計画を立てなきゃいけないし、自分で考えて行動することが求められるんです。
最近はそういうイベントへの参加も少なくなってきたし、今の若手は作る機会がだんだんと減っていますね。このようなイベントは、自分で考えてものを作る良い機会になると思います」
さらに近藤は、若手に対するサポート・教育に対しての想いを話します。
近藤 「ひと旗揚げてやろうという気持ちがある若手って、やっぱり感じるところがあるので、その気持ちをカタチにしてあげたいですね。若手には成長してほしいし、彼らのスキルアップは私も嬉しいです。技術は三菱で育ててもらったことがたくさんあり、その財産をつないでいきたいという気持ちが根本にあるので、どんどん教えていきたい。
“クリエイティブ”というのは教育が難しく、言葉に落とし込めないですし、永遠の課題ですね。今の時代に合わないかもしれませんが、『背中を見て育ってくれ』と思っています。先輩がどんどん挑戦する姿、貢献する姿を見せて、学んでもらう世界じゃないかなぁと思います。
たとえば、ゲージで断面を形成するという昔のやり方であれば、確実に教えることができます。しかし、今の自由創生的な表現となると、いろんな感情が出てきたり、人の想いをカタチにしていかないといけないので、ひと言で片付けられない部分がありますよね。
ですから、まずは最低限の工具の使い方は若手に継承すべきスキルかなぁと思っています。デジタルモデルに置き換えると、モデリングツールの使い方ですね。ソフトウェアのコマンドの使い方などは、具体的にコツを伝えていきたいですね。あとはデザインの仕事を実際にやっていくと、相通ずるものがあると思っています」
いろんな個性・意見を束ねて一台のクルマを作り上げる楽しさ
近藤は、30年以上の自分の経験をもとに、モデリングの仕事で大事なことについてこう話します。
近藤 「自分のなかで、かっこいいとかおしゃれという価値基準を持ち、普段の生活でも意識することが大事かなと思っています。ただ単に言われたものを作るのではなく、作り手はそういう感性を持たなければいけない。そうすることで、お客さんにかっこいいクルマ、おしゃれなクルマを提供できると思います。
また、モデラーはまずはデザイナーが喜ぶようなカタチ作りのスキルを身につけることが第一かなと思います。デザイナーはスケッチを描いて『かっこいいだろう』っていう表現をしてくるんで、デジタルはソフトウェアで、フィジカルはクレイで、そのかっこいいスケッチよりさらにかっこいいものを表現できれば最高ですね。そうすることで、より良い製品ができると思っています」
最後に、今後の仕事で追求していきたいことについて、近藤はこう語ります。
近藤 「本当に時間が必要ですけど、根気良く今の三菱に合う造形を追求できたらいいなと。いつもデザイナー発信の“クリエイティブ”ではなく、サーフェースクリエーション(モデラー)発信での造形の提案ができたらなと思います。
あとは、デジタル化時代でVRも発達しているので、昔のやり方を切り捨てるのではなくて、いろんな表現をコンペしながら良いものを伸ばしていく。そこを追求していきたいと思います」
クレイモデラーとして入社し、経験を積んできた近藤から、モデラーやデザイナーを目指す人たちへメッセージがあります。
近藤 「会社にはいろんな個性の人たちがいます。そういう人たちと一緒に仕事をすると、影響を受けることも多々あります。
入社当時はF1ブームで、それに興味があって自動車会社に入ったんです。四駆好きではなかったのですが、先輩に誘われて四駆のイベントへ行ったことがきっかけで、ジープってかっこいいなと。その先輩の影響で、今でもジープが本当に好きで乗っています。
いろんな個性の人がいるから、いろんな意見も出てきます。でも、最終的には皆の力で車一台を仕立て上げていく仕事って楽しいなと思います。モノ作りが好き・楽しいという気持ちが、この仕事を続ける原動力になっていますね」
これまでの経験を武器に、デザイナー・若手との共同作業や仕事の変化を楽しみながら、近藤はこれからも多くのクルマをカタチにしていきます。

