信頼に応えて、世界に届ける。グローバルマーケティングのやりがい
私が現在所属しているのは、グローバルニュートリション事業本部 乳幼児・フェムニケアマーケティング部。主に、赤ちゃん用の粉ミルクを海外で販売する仕事をしています。
国ごとに担当者が分かれていて、私はカンボジアの担当。現地で暮らすお客さまにいかに商品の良さを伝えるかを、グローバルマーケティングの目線で試行錯誤を重ねています。業務で使用する言語は、大半が英語。メールや電話、Web会議などで、海外の販売代理店さんと頻繁にやりとりをします。
カンボジアには、クメール語というローカル言語があるため、通訳の方に英語訳してもらうこともしばしば。販促用の広告物もクメール語で表記されるため、求めるニュアンスと方向性が合っているかなど細かに確認をしています。
仕事をしている中では、文化の壁を感じることもあります。粉ミルクを扱っているため、現地で子育てをしている方に商品の魅力を訴求したいのですが、日本とカンボジアでは子育ての常識が異なります。現地の感覚を汲んだアプローチをしなければうまく伝わらないので、日本の常識を当たり前だと思わないような心がけが必要です。2022年に担当を始めたばかりということもあり、文化についてはまだまだ勉強中ですね。
ただ、カンボジアは日本商品への信頼がとても厚い国なんです。日本商品に興味を持ち、受け入れたいと思ってくださる方がほとんど。国の経済状況も後押しし、高価格帯の商品を求める方も増え、市場は活気づいています。こうした状況でお仕事ができることにやりがいを感じています。
仕事の原動力となっているのは、やはり「明治の商品をもっと世界中に広めたい」という想い。明治は日本では知名度がとても高いですが、海外に出ると「明治って?」という方がまだまだいらっしゃいます。そんな中、グローバル市場でも買っていただくにはどうしたらいいか。お菓子だけでなく、粉ミルクなど幅広いジャンルで信頼していただけるように、認知を広げたいと思っています。
きっかけは憧れ。留学を経て成長し、日本のブランドを広める仕事へ
私が海外に興味を抱いたのは、音楽がきっかけです。小さいころから、世界的ポップスターと呼ばれるアーティストの大ファンで、歌詞やスピーチをすんなり理解できるようになりたいと思っていました。留学を意識するようになったのは中学のころですね。英語教室に通うようになったのですが、そこではかつてプロの翻訳者として活躍されていた先生がいました。国際的な経歴の持ち主で、もちろん英語も堪能で、当時の私は大きな憧れを抱きました。その先生に「留学に行ってみたら」とおすすめされ、海外に出ようと思ったんです。身近な憧れと、遠い憧れ、2つの存在が背中を押してくれました。
そして高校2年のとき、1年間単身でオーストラリアへ行き、ホームステイをしました。海外には家族旅行で何度も行っていたのですが、家族から離れて長期間を海外で過ごすのは初めて。留学中は家族に一度も連絡を取らないと決めていたので、日本語はほとんど話しませんでした。当時の私からすると、かなり衝撃的な経験です。
英語が全然話せない中で高熱が出た時も「熱がある」と伝えられず、朦朧としながら辞書を見せて説明し、病院へ連れて行ってもらったことも(笑)。ホストファミリーからはたくさんの愛情をかけていただきましたが、家族がいない中で語学を磨いて、学校に行って友だちも作るというのは、かなりのプレッシャーでした。
学校に通う中で、「海外の方から見た日本人」を良くも悪くも知った、刺激的な思い出もありました。また、異文化に身を置いたことで、自立について考えさせられる機会も多かったです。オーストラリアでは、高校生から運転免許を取って車で通学をしている人がたくさんいます。授業も、日本の大学のように好きなコマのみを受講することが可能など、皆が主体的に動いていました。
高校生という感度の高い時期に、日本とは何もかもが違う環境に身を置き、人生観が変わるくらいの驚きを感じましたね。荒波に揉まれながらも、帰国するころには、独り言も英語、夢も英語で見られるまでに成長。たくましくなって日本に戻ってこられたと思います。
その後、大学に進学し、英語で授業が行われる学部に在籍しました。3年生からの1年間は、ロンドンに留学。高校時代の経験があったため、ロンドンではスムーズに過ごすことができました。近隣のヨーロッパ諸国を旅したり、父とカンボジアやタイに行ったりしたこともありました。見識が大きく広がった大学時代だったと思います。
海外経験を積んできたからこそ、就職活動では「海外に携われること」を軸に据えました。ただもうひとつ、「日本のメーカーに勤めること」も大切なポイントでした。大学時代に専攻していた文化人類学の影響で、現地の文化を理解しながらも日本文化の良さを伝えたいという気持ちが育っていたんです。日本のすばらしいブランドを世界に広げたいという気持ちで、国内メーカーを志望し、明治へと入社しました。
月の半分をインドで過ごした若手時代。慣れない文化の中で磨かれていく
入社後から2022年までは、海外事業の中でもお菓子に関わる部門に携わってきました。
とくに印象に残っているのは、入社数年で担当したインドとの仕事です。事業の立ち上げのタイミングで入り、2年間程ずっと月1回1~2週間のペースで現地に出張していました。
仕事をしていて一番驚いたのは、現地の皆さんのパワーです。インドは日本と違って、主張が強く求められる世界。聞けば、小学校は1クラス100人という大規模で、先生に名前を呼んでもらうために必死で毎回手を挙げなくてはならないそう。思ったことをしっかり声にしていく文化が根付いた国なんです。
この文化で、日本人がどうやって戦っていくべきかを考えさせられました。悩むことも多かったですが、つらいと思ったことはほとんどありません。むしろ、こうした環境の中で働くことで、自分のタフさや適応能力に気づいたりして「実は私ってここまでやれるんだ」という自信が得られました。
その後、産休・育休を経験したのですが、復帰してからはがらりと環境が変わりました。時短勤務となり、海外事業本部の中の事務系の部門へ異動したんです。周囲には出産後もバリバリと海外出張をしている方もいたのですが、私としては子どもが小さいころは家庭を優先したいという思いがあり、8年ほど国内での業務が続きました。自身の決定とはいえ、その時期はやはりモヤモヤした気持ちを抱えていました。英語を使う機会もなく、海外にも行けない。でも子どもたちとの時間を大切にしたいという気持ちとで、板挟み状態だったんです。
葛藤を抜けられたのは、2022年になってから。上の子が小学生になり子どもたちが少し大きくなったことを機に、時短勤務を終えてフレックスで働くことにし、出張も再開したんです。カンボジア担当として、久々に出張をしたときの喜びはひとしおでしたね。子どもたちが笑顔で「いってらっしゃい」と言ってくれたことも嬉しくて。家族の理解があることにも感謝しています。「ママはどこの国に行くの?」などと海外へ興味も示すようになってくれました。
また、担当商品がお菓子から粉ミルクとなり、自身の子育ての経験がとても役立っていると感じています。新米ママだったころ、私はユーザーとして、キューブの粉ミルクというものの利便性に感動していましたし、母乳以外の力も借りることで、乳児期の育児の大変さを乗り越えられた実感がありました。このような商品の良さを海外の方々にも届けたい。そんな気持ちが、今の大きなエネルギーになっています。
関係性を大切にする温かい雰囲気こそ、明治という会社の大きな魅力
子どもたちは大きくなりましたが、まだまだ家庭と仕事の両立が必要な時期ではあるため、働き方の面で、コロナが落ち着いた今でもフレックス制度や在宅勤務制度が用意されているのは、本当にありがたいです。
また、明治には温かい人間関係があるので、そこに救われている点も多いです。ビジネス上の付き合いではなく、人と人として、心の通った付き合いをしてくれる方が多いです。忙しいときは自然に声をかけて助け合う風土があります。異動で部署を離れても、かつての仲間と交流が続く文化です。海外駐在でずっと日本を離れていた人がいても、帰ってきたタイミングで連絡を取り合って集まります。お付き合いを大事にする温かい雰囲気が、社内全体にあるんですよ。これはブランドの知名度以上に、明治という会社の魅力だと思っています。
上司や同僚に支えられてきたからこそ、これからは自分も、誰かを支えられるようになりたいと思います。子育てが落ち着いてきた今、困っている育児期の仲間がいたら声をかけて助けたいし、応援してあげたいです。
とくに育休から復帰したばかりだと、その後のキャリアをどう考えればいいのかわからず不安になるもの。私自身がそうだったからこそ、「子どもが手を離れていく時期は必ずくるよ。そのときのために、今はできることを準備する期間だよ」と伝えたいです。会社に貢献できる優秀な女性たちが、復帰しても働き続けてくれるような会社であるために、貢献できたらいいなと思います。
※ 記載内容は2023年12月時点のものです

