明治の価値に向き合い続けて。全事業の背景にある想いや技術を深く理解
1989年に明治乳業(現・明治)へ入社してから、私は、本社宣伝部や商品開発部、デザイン企画部など、一貫して明治のブランド価値を伝える業務に関わってきました。中でも2002年から約6年間、コーポレートブランド価値向上推進業務に身を置いた経験は、私の仕事観を形作る大きな転機となりました。
当時、食品の品質に対する厳しい目が業界全体へ向けられる中、私たちはあらためて、社内外からの明治への期待・信頼を確固たるものにするため、「明治の価値とは何か」という問いに向き合う必要があったのです。
社員・OBの方々への膨大なインタビューを重ねる中で、私は1つの確信に近い想いが芽生えました。多くの方が「牛乳やヨーグルトの会社」というイメージを持っていましたが、それは一部のカテゴリーを表現しているにすぎず、全事業に共通する価値を言い当ててはいなかったのです。そこで見出したスローガンが「自然のちからを、未来のチカラへ。」という言葉でした。搾りたてのおいしさを追求した牛乳、母乳に学ぶコナミルク、自然が育んだ乳酸菌のチカラを活かすヨーグルト、スズメバチの栄養交換からの学び。明治の価値とは、自然界にある力を明治の技術と発想を通して新しい形でお客さまに届けることにあるのだと確信しました。
このプロジェクトを通じて、私は全事業の背景にある想いや技術を深く理解することができました。とくに、当時はまだ注目度の低かった流動食・介護食事業に携わる方々が、「人間が持っている咀嚼や消化の機能を最後まで活かす」という尊い使命を持って働いている姿に感銘を受けましたね。会社を丸ごと理解し、その良さを信じられたからこそ、私は明治という会社を好きになることができたのだと思います。
長年、デザイン企画の仕事では外部のデザイン会社や印刷会社の方々と協働して歩んできました。私は、彼らを一度も「業者」と呼んだことはありません。なくてはならないパートナーとして、常に敬意を持って接してきました。しかし、現場ではタイトなスケジュールでの発注や急な変更など、無理を強いてしまう場面も少なくありませんでした。そうした現場の葛藤を30年以上見続けてきたことが、現在の私の新しい挑戦へとつながっています。
定年を前に選んだ越境。感性の世界から、論理で守る法務の道へ
60歳の定年を見据えた際、私の中には明確な意思がありました。それは「住み慣れたデザインの世界から一歩外へ出る」ということです。長年同じ部署に身を置くと、周囲よりも経験や知識を持つ存在となりますが、一人のプロフェッショナルとして、上下関係ではなく、フラットな環境で自分の力を発揮したい。その想いが、今回の決断の後押しとなりました。
まったく未経験の部署で新人としてゼロから学ぶ環境に身を置くほうが謙虚にもなれ、人として成長できるのではないか。そう考えた私が選んだのが、法務部への異動でした。幸い、デザイン戦略のグループ長を務めていた経験から、「下請法(現取適法)」への理解と遵守について法務部と密に連携していた縁があり、「法務で一緒に働かないか」と声をかけてくれました。
美大のデザイン学科を卒業し、感性で描くクリエイティブの道を歩んできた人間が、論理で守る法務の世界へ。周囲も驚いていましたが、私自身は不安よりも、新しい世界を知ることへの期待の方が大きかったのです。
法務という仕事は、感覚や主観が許されない世界であると感じています。すべての見解に法的な根拠を求め、論理を組み立てる。この転換は想像以上に戸惑いがありました。初めは言葉遣い1つとっても、「推測で言ってはいけない」「根拠となる文献はどこにあるのか」と厳しく指導を受ける日々でした。
しかし、ロジカルに物事を考えること自体は嫌いではありませんでしたし、広告契約書やデザイン会社との業務委託契約書の確認など、かつての業務で触れていた断片的な知識が、点と線でつながっていく感覚には喜びを感じましたね。
現在は、法務部で取適法の啓発や遵守に向けた業務を担当しています。法務部で取適法の推進を担う中で、私が大切にしているのは、法を事業のブレーキにしないということ。時にリスク回避を優先するあまり、事業の勢いを削いでしまうことがあります。現場の苦労も熱量も肌で知っているため、事業の勢いを止めることなく、守るべき一線を伝えるための「伝え方」を提示できるかもしれません。法務と事業部、その両者をつなぐ架け橋のような役割を担っていければと考えています。
現場の想いと法を繋ぐ。美大出身の法務担当がパートナーを救う理由
法務部に異動して強く感じているのは、法律という「実効力」です。デザインやマーケティングの提案は、最終的な決定権が事業部にあるため、時には想いが届かないこともありました。一方で、法務による指摘は組織を動かす強い規律となります。その影響力の大きさを自覚し、事業の目的を汲み取った上で法的整合性を確保する工夫を大切にしています。
私が現在の業務でモチベーションを感じているのは、「パートナーを救いたい」という想い。デザイン企画時代、無理な要求によって、小さなデザイン会社の方々が疲弊していく姿を何度も見てきました。デザイナーは感性で仕事をするクリエイターであり、モチベーションが低下すれば、アウトプットの質も下がってしまいます。取適法を正しく浸透させることは、クリエイターを不当な扱いから守り、最高のパフォーマンスを発揮できる環境を整えることに直結します。
「美大出身の法務担当」はきわめて稀な存在かもしれません。しかし、私だからこそできることがあると自負しています。たとえば事業部から相談を受けた際、単に法律違反を指摘するのではなく、そのプロジェクトがめざすビジョンを理解した上で、法を守るための代替案を提示します。「このやり方なら法律を守りつつ、業務の合理性も損なわれませんよ」といったアドバイスができるのは、長年マーケティングの現場で苦楽を共にしてきたからこそだと感じています。
また、周囲のメンバーからも「斎藤さんに聞けば、過去の経緯や商品の背景がすぐにわかる」と頼りにされることが増えてきました。法務畑中心に歩んできた若手社員にとって、私の過去の話は、現在の法解釈をより豊かにするための貴重な情報になる可能性があるようです。自分の培ってきたスキルが、まったく別のフィールドで誰かの役に立ち、より良くするための力に変わっていく。その手応えが、今の私を支える大きな力となっています。
定年後こそが、これまでやり残したことに挑戦できるラストチャンス
将来の目標として、入社以来大切に温め続けてきた夢がありました。それは、明治が保有するさまざまな「プロダクトブランド」を組織の壁を超えて横断的にマネジメントすること。当社は各事業本部の縦のつながりが強く、それぞれの領域での深い専門性が大きな強みである一方で、それらを会社の共有資産として「横串」でつなぐ視点が加われば、より最適なリソース配分やブランド育成がきっと可能になります。
これまで私は、この想いをキャリアデザインシートに書き続けながらも、実現できないもどかしさを感じてきました。また、会社を代表する数多くのプロダクトブランドの開発・成長に貢献しながらも評価されなかったことに対する悔しさがあります。もしかすると、私の原動力はこれらの反骨心や悔しさをバネにしたリベンジの気持ちなのかもしれません。しかし、そのエネルギーがあったからこそ、定年後も足を止めることなく、新しい分野へ挑戦することができているのだと感じています。
定年後のキャリアを考えている皆さんに伝えたいのは、「定年後こそが、これまでやり残したことに挑戦できるラストチャンスかもしれない」ということ。即戦力として貢献することも素晴らしい選択ですが、一歩踏み出して、ずっと抱いていた「こう変えたい」という引っかかりを解消するために新しい扉を叩いてみる。それは、自分自身のキャリアを再定義する時間になるはずです。
もちろん、すべての希望が通るわけではありません。また未経験の地では相応の努力と学習が必要です。しかし諦めずに「自分はこれがやりたい」と発信し続けることで、思わぬところからチャンスが舞い込んでくることがあります。
私自身、法務への異動のお話をもらった時、迷ったのは「いつ行くか」という時期だけで、挑戦すること自体に躊躇はまったくありませんでした。これまでの私の姿勢を見ていてくれた数少ない方が声をかけてくれたことは、幸運なことだったと感じています。その好機を逃さずつかめたのも、常に想いを発信し続けてきたからこそだと思いますね。
私は株式会社明治に対して、感謝の気持ちもあれば不満や悔しさも抱いています。それらすべてを含め、入社以来これまで多くのことを経験し培ってきたことは紛れもない事実です。この事実を、私が明治での勤めを終える残された時間の中で、次の世代にどこでどのように伝えていくか自分でも楽しみです。楽しみだからこそ、私はこれからも情熱を持って挑戦を続けていくつもりです。
※ 記載内容は2026年2月時点のものです

