自己成長を求めて飛び込んだ法人営業。「ミニ日立」関東支社で地域経済の未来を支える
大学時代、社会心理学を学ぶゼミでの勉強はもちろん、軽音部や英語劇などのサークル活動、アメリカ留学など、さまざまなことに貪欲に取り組んだ目黒。その原動力は意外にも、「自分自身への危機感」にあったと語ります。
「人前に立つのが苦手で緊張しやすいなど、元々は本当に内気な性格で、我ながら大丈夫かと心配で。将来、社会に出ることを考えたときに危機感を覚え、学生のうちに経験を積んで苦手を克服しようと、あえていろいろな活動に飛び込んでいました。
とくに、約1年間のミネソタ留学は心に残っています。言葉の壁でなかなかコミュニケーションが思うように取れない中でも、温かく応えてくれる友人ができたことがありがたくて。そうやって、すぐには結果が出なくても、もう1回、もう1回と繰り返すうちに、徐々に前向きに行動できるようになっていきました」
就職活動では、3つの明確な軸を掲げていました。
「1つめは社内の風通しの良さや社風。2つめは暮らしを支える社会インフラに携われること。3つめが法人営業という職種です。人見知りや口下手というのもありましたが、営業の現場で若いうちに人に揉まれることで乗り越えられないかと考えました。
金融機関や鉄道会社などの選考も受ける中で、最終的に日立の皆さんの『人柄』に惹かれて入社を決めました。緊張しやすい私の長所を前向きに引き出そうとしてくれる優しさがすごく印象的だったんです。ここで働いてみたいなと素直に思いました」
2015年の入社以来、目黒は一貫して関東支社に所属し、金融分野の営業としてキャリアを重ねてきました。
「支社はよく『ミニ日立』と表現されます。日立はビジネスユニットごとに部門が分かれているのですが、支社の中に複数のビジネスユニットが存在しており、私は金融システム営業部に所属しています。ソリューションとして取り扱うシステムは金融ビジネスユニットと同じですが、例えば金融ビジネスユニットがメガバンクのお客さまを担当するのに対し、私たち支社は各地域の金融機関さまを担当します。目の前のお客さまを通じて、その先の地域経済や人々の暮らしに貢献することがミッションです。
また、担当にかかわらず、ビジネスユニットを横断して全体を俯瞰することも求められ、まさに『お客さま付きの営業』という感覚が強いですね。金融だけでなく、例えば、公共・産業部門のソリューションと組み合わせて何か新しいビジネスができないか、と意識して活動しています」
視点の整理でチームを導く。地域・全国を結ぶ大規模プロジェクトで得た成長の手応え
入社後の5年間は、目黒にとってまさに修行の日々でした。持ち前の粘り強さを発揮し、金融×ITという領域で、一歩ずつ階段を上っていきます。
「最初の2年間は上長の指導のもとで業務の基本を覚え、3年目からはお客さま先へ1人で商談に向かうようになりました。ビジネスマナーはもちろん、金融やITの知識も十分でない頃はお客さまの意図を汲み取ることさえ難しく、最初は文字通り四苦八苦していましたね。
毎日『できたこと』より『できなかったこと』の方が多く、悔しい想いもたくさん経験しました。でもそれが、『どうしたらできるか』を考えるきっかけになったんです。先輩にもらった資料を読み込み、自ら主導して仕事を回せるように、自分なりにかみ砕きながら、金融の業務やシステムの知識を身につけていきました」
業務を通してさまざまな課題に向き合い続ける中、目黒にとってとくに大きな経験となったのが、入社5~6年目のこと。銀行間でやり取りされる手形や小切手を、紙からデジタルデータへと移行させる「電子手形交換サービス」プロジェクトへの参画でした。
「日本全国の銀行を結ぶ中央システムの構築を日立が担う一方で、個別の銀行がそのシステムにスムーズに接続するためのASPサービスを、ある地方銀行さまと共同で構想することになりました。さらにそのサービスは、数多くの地方銀行や信用金庫などでも導入されます。
当時はまだ導入も正式決定しておらず、意見交換を行っているフェーズでした。私は、複数のお客さまや社内の多様な技術部門の間に立ち、現場をスムーズに進行する調整役を担いました。社内外関係者の数は非常に多く、それぞれの部署も多岐にわたります。
そこで意識したのは情報の『視点』を整理することでした。多くの関係者にいただいたご協力を最大限活かすには、状況を正しく理解し、連携することが不可欠です。これは誰の視点の話なのか、事実なのか意見なのかを明確にすることで、対応の優先順位や方針を決め、混乱を防ぐことを徹底しました。
とにかくできることはなんでもやる、と夢中で取り組んだ結果、『ぜひ日立さんにお願いします』とシステム導入を正式に決定いただけた時は、日立が積み重ねてきた対応が認められたんだと本当に嬉しかったです。決済業務という失敗が許されない重圧の中、リリース期日に向かって、日立・お客さま・関係者一丸となって取り組めた経験は大きな財産になりました」
その後、異動に伴い、お客さまは変わるも現在も関東の地方銀行さまを担当し、ATMや行員向けの事務システムなど幅広い領域を担当している目黒。2024年末には、関東支社が実施する若手海外短期派遣研修にも参加し、仕事への向き合い方に新たな刺激を受けました。
「派遣先のニューヨークでは、さまざまな国から人が集まる中で、自分の意思表示をきちんとする重要性を痛感しました。現地で働く方々の『この場所で成功したい』という野心は、日本での仕事でも忘れてはいけないものだと教えられた気がします」
日立だからこそのダイナミズム。社会の「当たり前」を更新する醍醐味
日立で働く魅力について、目黒は「技術によって社会に貢献する喜び」を挙げます。
「大規模な案件が多いことで仕事のダイナミズムを感じられますし、そこに携わるスキルも身につくことがこの仕事の醍醐味です。例えばATMや、他ビジネスユニットでは浄水施設など身近なソリューションを通して、自分の仕事が社会の一助になっていると確かめられます。
また、技術を強みとする会社で、世の中の『当たり前』を更新していくワクワク感も大きな魅力です。常に新しい知識をキャッチアップし続ける必要はありますが、それ自体が大きな刺激になっています」
さらに支社営業では、若手のうちから裁量を持って成長できると強調します。
「若手の頃から担当するシステムや分野が幅広く、お客さま担当として求められることは多いです。横断的な案件や行事まで把握し、スピーディーな対処が求められる環境は、今でも日々学ぶことの連続です。しかし、試行錯誤を経て、できなかったことができるようになった時、お客さまと会社双方のためにまっすぐ取り組めた時に、やりがいを感じます。
また、支社長や副支社長など経営層との距離が近く、社内外に影響の大きい案件や、日頃の業務を通じた課題意識について相談する機会があるといった風通しの良さも支社ならでは。部署を超えた交流も増えていて、担当者同士や主任同士など、業務や部下の育成について話せる交流の場も積極的に設けられています」
どんな壁にぶつかっても成長に変えてきた目黒。日立に根付く「人」の温かさとカルチャーにも支えられてきました。
「周りの人に恵まれ、育ててもらったおかげで、今の私があります。年次や職種を問わず、困り事には『こうしたらいいよ』と前向きに助けてくれる文化があるんです。会社全体に企業理念や創業の精神が浸透していて、ふとした会話に『基本と正道』『損得より善悪』という言葉が自然と出てくることにも、皆の中に共通の気持ちがあるんだなと感じられます。お客さまも尊敬できる方ばかりですが、それも歴代の先輩たちが誠実に積み上げてきた信頼関係があるからこそですよね」
ライフスタイルに合わせて仕事のスケジュールを組めることも働きやすさにつながっています。
「普段は朝8時頃に業務を開始し、18~19時頃には終業するリズムを大切にしています。そのために移動時間をメール連絡や事務作業に充てるなどの工夫も。リモートワークも活用し、現在は週2日ほどがお客さま先への訪問、週1日ほどがオフィス、残りは在宅で働いています」
粘り強さで成長を加速させ、金融の枠を超えて地域ビジネスの新たな仕組みを創りたい
入社12年目を迎える今。日立の精神を胸に、目黒はさらなる高みをめざしています。
「周囲から『目黒がいればなんとかなる』と信頼してもらえるビジネスパーソンになることが目標です。『基本と正道』を大切に、必要な知識や引き出しをさらにコツコツと増やしていきたいです。
最近は金融の枠に閉じず、公共や産業など部門をまたいだ地域ビジネスの仕組みづくりにも関心があります。分野を横断した幅広い知識が求められる中で、現場の担当者として何ができるか、どう貢献できるかを常に考えていきたい。ゆくゆくは新しいビジネスを自らの手で形にできたら嬉しいですね。そのために、日々できることにきちんと取り組んでいくつもりです」
自らの経験を糧に歩み続けながら、ともに働く仲間にも「素直さと前向きさ」を期待します。
「大規模なプロジェクトが多い日立の仕事には、チームでの協調性が欠かせません。素直な姿勢で周りと協力し学びながら、経験を力に変えていける人財が向いていると思います。
とくに支社では、幅広い業務を経験できる分、それぞれ最後までやり抜く粘り強さも必要です。少し負けず嫌いなくらいのほうが、成長のスピードは上がるかもしれません。たとえ失敗して落ち込むことがあっても、それをバネにして進める方と、ぜひ一緒に働きたいですね」
※ 記載内容は2026年3月時点のものです
